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作品名:4 weeks love story 作者:月原 翔

第7回   4週目水曜日・昼
 週が明け、月曜、火曜と難なく仕事と番組は終わらせることができた。手塚との関係はぎこちないのは仕方ないけれども、番組にそれを持ち込むのは社会人としてやってはいけないことだし、それくらいの分別はついている。
 火曜日の夜になっても、「マルーン」からの返事は来てないという。私も番組宛のメールは受信することはできるが、確かに今のところ返事はない。このまま返事がないとすれば、企画が成り立たなくなってしまう。そうなればなんにせよ、「4 weeks love story」は終了となる。
ところが水曜日の朝になって、「マルーン」からメールが届いた。そして……

「みなさんこんにちはー!気持ちいい青空の下、今日の午後もハッピーに向かって一直線に駆け抜けていきましょう!『happy line days』お相手は星村瑞希です」
 番組始まりのオープニングトークを無難な話題でこなしていく。
「そして二時からは、ついに『4 weeks love story』完結編!先週のアドバイス通り、水族館デートで告白できたのか?その返事は?いよいよ最終週ですが……なんと、意外な展開になっていました。果たしてラブストーリーはどうなるのか。衝撃の『4 weeks love story』は2時からです」
 そう、あのメールの内容にはスタッフ全員が驚いた。手塚もどうすべきか悩んでいたのは放送前の打ち合わせの様子からよくわかった。だがどのような内容にせよ、それが相談者「マルーン」さんのとった行動であり、結果だとということで、そのまま番組で紹介することにしたのだ。

 そして午後二時。いよいよコーナーの始まりだ。
「毎月私、星村瑞希と、そしてラジオを聴いているみなさんで、恋に悩める方にアドバイスをして、いっしょにラブストーリーを作っていく『4 weeks love story』。今月の主人公は『マルーン』さん」
 これまでのあらすじを書いたメモ書きに目をやりながら、先週までの話をまとめていく。
「気になる同じ職場の女性をデートに誘いたい、という相談から、1週目は食事に、2週目は映画へのデートにと、着実に成功している今回のラブストーリー。いよいよ先週では自分の気持ちを伝えよう、告白しよう、ということで2つのデートコースでアンケートをとったわけです。そのデートコースとは……」
 ここでひとつ間を置く。リスナーの耳を引き寄せるためのテクニックのひとつだ。今回では、ここの2つの選択肢が最も重要となってしまったからだ。
「ひとつは水族館、もうひとつはプラネタリウム。どちらもなかなかいい雰囲気なわけですが……アンケート結果は僅差で水族館、となりまして、『マルーン』さんには水族館デートで告白してもらう、ということになったわけです」
 ここまでが、前回までのあらすじ。メモ書きをテーブルに置いて、「マルーン」さんからのメールが印刷された紙を手に取る。
「そして!『マルーン』さんからの結果報告が今日、来たわけですが……ちょっととんでもないことになってます!みなさん、よーく聞いてあげてくださいよ。ちょっと私もドキドキしていますが……では、読みます」
 マイクが拾わないように小さく息を吐き、そしてメールを読み始めた。


  瑞希さん、そしてリスナーのみなさま、こんにちは。
  先週のみなさんの意見では、今回は水族館に誘って、そこで告白しよう……と考えていました。
  ところが放送後、彼女と少し話をしていましたら、近所のプラネタリウムに行ってみたいという話になってしまいました。
  ルール上、リスナーのみなさんの意見に従って水族館に誘わなければいけないのでしょうが、
  彼女が行きたいと言っているところに行くのが、本来の恋愛なんだろうと思い、
  今回はプラネタリウムに言ってきました。
  結果を言いますと、プラネタリウムを見た後、外のベンチで告白をして、相手からもオッケーの返事をいただきました。
  今回、リスナーのみなさん、そして瑞希さんの貴重な意見を無視してしまったわけですが、
  僕がこうして彼女と付き合えるようになったのはみなさんのおかげだと思っています。
  みなさん、本当にありがとうございました。


「ということで、ですね……なんと『マルーン』さんは、先週のアンケート結果である水族館ではなく、相手の彼女が行きたいと言ったプラネタリウムのデートに誘っていた、ということなんですね……いやーこれは私も驚きました!でも、これが一番だったと思いますよ。相手の声を聞いて、相手とちゃんと向き合う、これが恋愛の大鉄則ですよ。なにも謝ることはありません。『マルーン』さんの恋愛が上手くいけば、それで私は満足です。リスナーのみなさんもきっとわかっていただけると思いますよ」
手塚のほうに目をやると、曲を流す合図があった。
「さあ今月もまた新しいラブストーリーが完成しました!『マルーン』さんと、その彼女さんに向かって、この曲をお贈りします。絢香×コブクロで『WINDING ROAD』」

 番組終了後、反省会とそのまま明日の放送の打ち合わせが終わると、私と手塚だけ会議室に残った。
「本当に、手塚さんが『マルーン』さんじゃなかったの?」
「あのメールの通りです。彼は彼女が行きたいところにデートに誘って成功した。僕とは全然違いますよ」
 手塚は「マルーン」さんのメールが書かれた紙を手にとって言っていた。
「彼は『4 weeks love story』のルールを破ったことをかなり心配していたようですね。報告がギリギリになったのも、それでかなり悩んでそうですから」
 放送でのメールの読み上げではカットしたが、報告が遅れたことを詫びる文面があった。
「あと……水族館の下見、本当だったんだ?」
 先週私を誘う名目だった、水族館の取材の下見。私をデートに誘うためのウソだと思っていたが、手塚は本当に取材をするつもりで行ったらしく、そして実際、明日その水族館の中継が入るようになっている。
「ええ、さすがに男一人の水族館は恥ずかしかったですね」
 手塚は少し笑いながら答えた。だがすぐに書類を整理し始めた。
「あ、すいません瑞希さん、このあとすぐに別の打ち合わせが入っているので、僕はこれで」
 雑に書類をまとめると、手塚はそそくさと部屋を出て行った。
「ちょ、ちょっと待って!私が……」
 手塚は走って廊下を駆けて行ってしまった。
 先週、彼は私に、自分は「マルーン」ではないと言っていた。そして、それに気付いていない私こそ、相手と向き合っていない、と……。なぜそう言われたのか、結局まだ私は理解できていなかった。


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