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作品名:4 weeks love story 作者:月原 翔

第6回   3週目木曜日
 木曜日。「happy line days」放送後、スタッフみんなとの打ち合わせが終わると、手塚が私と二人で話があるといって、会議室に残された。
「何か用?」
 私はわざとぶっきらぼうな言い方をしてみた。
「今週の日曜日、取材前の下見に行こうとしてるところがあるんですけど、いっしょにどうですか」
 お店などをラジオで紹介するとき、事前に相手には知らせずに下見して、自分たちがリスナーに自信持って紹介できるようなところかどうか判断することもある。なるほど、そういう名目で誘ってきたか。さて、肝心の行き先は……
「いいけど、どこ?」
「ああ、えっと……水族館……ですけど……」
 はあ、と思わず大きなため息をついてしまった。私の中で最悪の展開だった。私はもう投げやりな感じで言葉に出す。
「プラネタリウムじゃないんだ。私はプラネタリウムに行きたいって言ったんだけど」
「いや、それなんですけど……」
「もういい!」
 私はイスから立ち上がり、手塚から少し距離を置いたところに立った。
「全部わかってるの。手塚さんが今月の『4 weeks love story』の相談者本人なんでしょ?それでリスナーの意見を聞いて、私をデートに誘ってたんでしょ?」
「……」
 手塚はテーブルに目をやるように顔を伏せてしまった。結局そうだった。やはり相談者の「マルーン」イコール手塚だったんだ。
「確かにリスナーのみんなは水族館がいいって書いてあった。でも私言ったよね、プラネタリウムに行きたいって。目の前の相手が行きたいって言ってるところに誘うのが普通じゃないの?」
「確かにそうです。ただ……」
「ただ何?それじゃ『4 weeks love story』のルール破っちゃうから?だいたいこれってラジオの私物化だよ。自分のデートの誘い方を決めるために、自分の番組を利用するなんて」
「確かに、リスナーアンケートの結果を参考にしたのは事実です。ただそれは……」
「その結果が今よ。目の前の相手をしっかり見ないで、リスナーの意見だからって無難な選択肢だと思って……」
 一通り言い終わったところで、私はひとつ深呼吸をして落ち着こうとした。けれどやはり、この興奮というのか怒りというのか、なんとも表現できない感情を簡単に抑え込められそうになかった。
「それと『4 weeks love story』、今月で終わりにしましょ」
「え?」
 手塚が驚いたように顔を上げた。
「わかったの、今回のことで。リスナーの意見は確かに重要だけど、それは言ってしまえば一般論でしかないんだから。恋愛は多数決じゃなくて、目の前の相手をどこまで真剣に見つめることができるかってことだと思うの。だから多数決の意見を押し付けるのはやめようってこと」
 会議室の中に沈黙が流れた。しばらくして、手塚がわざとらしく息を天井にはいて、こう言った。
「瑞希さんの考えはわかりました。『4 weeks love story』を続けるかどうかは、今週の答えが来てから決めましょう。それからでも間に合いますから」
「何言ってるの?相談者は手塚さんなんでしょ?今週の結果はダメでした、これで終わりでしょ?」
 手塚はゆっくりとイスから立ち上がった。
「確かに誤解されかねないことを僕はしました。でもこれだけははっきりと言います。僕は相談者の『マルーン』さんじゃないです。それに気付いていない瑞希さんこそ、目の前の相手と向き合っていないんじゃないですか」
「え?」
 私が、目の前の相手、手塚と向き合ってない?気付いていない?何に?
「な、何言ってるの?私はちゃんと先週までいっしょに……」
「とにかく『マルーン』さんからの返事を待ちましょう。来たらすぐに教えますから」
 そう言って手塚は部屋から出ていった。取り残された私はイスに座って、頭を抱えてしまった。「マルーン」は手塚じゃない?それに気付いていない?どういうことだろう。

 会議室に一人残っていても何も解決しないし、自分の仕事も残っているので事務所に戻ろうとすると、夜から番組がある咲とばったり出会った。
「あー瑞希さんお疲れさまです。……大丈夫ですか?なんか元気なさそうですけど」
「ううん、なんでもない、大丈夫」
 いや、あまり大丈夫じゃないかもしれない。少し混乱している。こういうときは声に出して考えを整理するのが一番だ。
「咲ちゃんちょっと来て」
「え、な、な、なんですか、また」
 私はさっきの会議室に咲を連れ込んで、先ほどの手塚とのやりとりを、自分を落ち着かせながら話した。私の望んだことよりも、リスナーアンケートの答えを優先したこと、相談者は手塚ではないと言ったこと。一通り話すと、咲は慎重に話を始めた。
「うーん、ということは、相談者は手塚さんじゃなかった、と。でも少なくとも『4 weeks love story』のアンケート結果を利用していたのは間違いないってことになるんじゃないですか」
「そう、アンケート結果を参考にして、私を食事や映画に誘ったのは間違いないの。今日の水族館にしたって」
「でも一応今日の誘いの名目は取材の下調べなんですよね。もともとそういう取材の話があったとか」
「それにしたって、私がわざわざプラネタリウムがいいって言ったんだよ。まあ手塚さんの反応見ようとしたウソなんだけど」
「プラネタリウムに行こう、て言って欲しかったんですか?」
 そう、言って欲しかった。それなら、ちゃんと私を向き合っていると思ったから。リスナーからの一般論ではなくて、手塚自身の思いとして、私は受け止める覚悟でいた。
「でも水族館のデートで告白ってのもいいじゃないですか。イルカのストラップをいっしょにつけたりとか」
「何それ?なんでイルカのストラップなの?」
「えー瑞希さん、『1リットルの涙』知らないんですか」
 なんか聞いたことある。確か難病の女の子の話だ。数年前にドラマでやってたけど、私はあまり主人公や恋人が難病という設定の話は好きではないから見てなかった。
「なんでもいいけど、とにかく私が行きたいと言ったところに誘わなかった時点でもうだめなの、以上!」
 いいドラマなんだけどなぁ、と咲がつぶやく声が聞こえた。

 事務仕事が少し時間がかかってしまい、家に帰るのが少し遅くなってしまった。家の電気をつけてから、咲の番組を聴くためにラジオの電源を入れる。スピーカーから咲の声と、曲のイントロが流れてくる。
「二週間くらい前かな、この番組に出てくださったときに映画のチケットをいただきまして私も見に行ったんだけどいい映画でしたよねー。まだの人はぜひ見に行って下さいね。お送りするのは、去年発売のアルバムから、私が密かに大好きな曲です。moumoonで『PINKY RING』」
 エレキギターとドラムがしっかりと鳴って、女性ボーカルもそれに負けないような強い芯がある。でもよく歌詞を聴くと失恋の曲だ。なんて最悪のタイミングだ。一瞬そんな選曲をした咲を恨んでしまった。もちろん彼女は何も悪いことしてないんだけれども。


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