そして日曜日。 気分が乗っているのか乗っていないのか、なんとも言えない奇妙な感覚で、私は映画館で手塚の隣に座っていた。 映画は原作が小説、沖縄が舞台のラブストーリーだ。でも少しミステリ要素も入っていて、なかなか楽しめる内容のものだ。なにより主題歌がいい。エンドロールに流れるのだが映像美と非常に合っている。moumoonの「EVERGREEN」か……明日自分の番組で流してみよう。
映画を見終わって、近くのコーヒーショップでふたりともキャラメルマキアートを飲んでいた。 「けっこういい映画でしたよね。最後まで謎解きが残ってるというか」 「でもあれ小説読んじゃってたからなぁ」 「あ、そうなんですか」 「そ、だからだいたいわかっちゃうの。もちろんそれなりに工夫はしてあったけどね」 私はキャラメルマキアートを一口飲んだ。甘いキャラメルの香りが口の中に広がる。 「原作付きの映画とかドラマ見ると、なんかセンスないなーって思わない?」 「センスというか……ディレクターとしての立場で言うと、自由なことができないってのはつらいですね」 「ん?どういうこと?」 手塚もキャラメルマキアートを一口飲んでから答えた。 「オリジナル作品なら自分の好きな演出ができるんですよ。だれも先入観というか、固定されたイメージがないから。でも原作があると、原作を知っている人は小説でもマンガでも各自の中にイメージが出来上がっている。やっかいなのは、みんながみんな同じイメージじゃないというところなんですよ」 私もそう思う。友達と話していても、同じ小説の登場人物でもイメージした人が違うというのはよくある。 「だから無難なところで、多数決のイメージを描いた演出をしないといけない。なんだかんだで視聴率とか興行収入が重要であって、そうすると原作知ってる人は、とりあえずの収入源になりますから。原作知ってる人にとりあえず受け入れてもらえるようにいろいろ考える。そうなるとありふれた、つまらない演出になってしまうんですよ。それが瑞希さんの言う『センスないなー』だと思うんですけど」 多数決……なにか引っかかる単語だった。 「もちろん中にはいい作品もありますよ。原作ありでも、むしろそれを超えるものとか」 「へぇー。例えば?」 「例えば……最近なら『流星の絆』ですかね。あの原作をよくあそこまでいじったなぁと感心しましたよ」 「『白夜行』はヒドかったけどね」 「あれは映像化すべきものじゃないですよ。小説だからこそできる雰囲気ですから」 「『4 weeks love story』は?」 「え?」 手塚は虚をつかれたような表情をした。 「『4 weeks love story』。あれは映像化できるのかなぁって」 手塚はうーん、と腕を組んで考え込んでしまった。さすがに意地悪な質問だったかな。 「あ、別に深く考え込まなくていいよ。なんとなくふと思っただけだから」 「アハハ、そうですか……」 手塚は少し笑いながらキャラメルマキアートを飲んでいた。
そのあとはいろいろなお店をぶらぶらと回った。特に何か買うわけでもなく、2人でいろいろおしゃべりしながら時間を過ごす……はたから見れば、ごくありふれたカップルの、ありふれたデートだろう。 私は別に悪い気分ではない。むしろ手塚とこうしたデートを積み重ねていきたいと思っている。だけど何かがずっと引っかかっている。彼が嫌いではない。彼も、私のことを好意的に考えているのは感じ取れる。でも……何かが引っかかる。その何かがおぼろげながら見えたのは、夕方になってオムライス店で食事をしていたときだった。
そのお店は「happy line days」でも紹介したことがあって、店長は私たちのことを覚えていてくれた。今日はプライベートで来たと言うと、じゃあ取材のときにはお出しできなかったものをサービスしますよ、とシャンパンを持ってきてくれた。 私は梅ととろろが乗った和風オムライスを、手塚はデミグラスソースがかかったヨーロッパオムライスを食べていた。最初にこのお店に取材に来た時、とろろと半熟卵の絶妙な組み合わせに感動したものだった。 「大学の近くにもこんなオムライスの美味しいお店があってね……よくサークルの友達と行ってたのよ」 「サークルって、たしかラジオやってましたよね」 「そう、地元の小さなラジオ局で番組枠もらってて……みんなでいろいろやったんですよ」 「へぇ。例えばどんな?」 私は梅の果肉を潰しながら、昔のことを思い出していた。店内には、私が大学のころによく聴いていたSheryl Crowの「Soak Up the Sun」が流れていた。 「大学の学食や売店の隠れ名物を紹介したり……あとはクリスマスの時期なんかはイルミネーションのスポットも紹介したりとか、ね」 「自由ですね……ある意味、今の僕らじゃできないですよ」 「逆にあのころは手探りだったからね……失敗もあったけど、楽しかったですよ。あ、今も楽しいですけど」 アハハ、と私は自分の言ったことに笑いながら、とろろと半熟卵を口の中に運んだ。 しばらくはお互いの大学時代の話を続けていたが、手塚が思い出したように声をかけてきた。 「そういえば、昼の話のことですけど」 「昼の話ってなんだっけ」 「ほら、『4 weeks love story』を映像化したらってやつ」 そうだ。私が適当に振った話だ。 「できそうなの、映像化」 「たぶんできますよ。似たような話が映画やドラマになったじゃないですか」 「あったっけ、そんな話」 「『電車男』ですよ。ご存知ないですか」 「電車男」は恋に不器用な、いわゆるオタク系の男が偶然知り合った美女との恋を成就するためにネットの掲示板に助けを求める、そしてそこにいろんな人がアドバイスを書き込んで、それを頼りに主人公がデートを重ねていくという話だ。 「知ってるよ。だって『4 weeks love story』の元ネタだからね」 「え、そうなんですか」 手塚はスプーンの手を止めた。そういえば手塚にはこの話をしたことがなかったかもしれない。 「『電車男』みたいに、いろんな人から意見を募って誰かが幸せになるって素敵じゃない。私一人の考えじゃなくて、みんなはこう思ってますよ、だからこうしたらいいんじゃないのって。それをラジオでやってみたかったの」 私はシャンパンに手を伸ばし、口を潤わせた。お店のスピーカーから聴こえるのは、最近私が気に入っているHey Mondayの「Homecoming」だ。お気に入りの曲がこうやって流れると、つい気分が乗ってしまう。 「企画考えたときに、参考としてオリジナルの書き込みをそのまま載せた本を読んだんだけどね、いろんな意見や、関係ないことまで書いてあってごちゃごちゃだったの。まぁネットじゃあよくある話だけどね」 「よくも悪くもネットの特徴ですからね」 「で、そういうごちゃごちゃした意見をまとめる役割の人がいたら、他の人にもわかりやすくできると思うし、ひとつの企画として成り立つんじゃないかなと思ったの。で、そのまとめ役が私たち」 私は自分と手塚を指差した。手塚は少し笑って、お皿に最後まで残っていたマッシュルームをフォークに刺して口の中に運んだ。 「『マルーン』さんは今週どうだったんでしょうね。明日にはメールが来ると思うんですけど」 「『マルーン』さんもそうでしょうけど、相手の女性はどうなんだろうなあ」 「え、どういうことですか」 「ううん、なんでもない」 私はグラスに少し残っていたシャンパンを飲み干した。
家に帰るとソファーに腰を預け、手塚と話していたことを思い出した。 確かに「4 weeks love story」の元となったのは「電車男」だ。あのネットでのやりとりをラジオでやったら絶対におもしろい、そう思って考えついた企画だ。リスナーの意見が反映されるように、多数決で次の行動を決めるようにした。 多数決。 今更ながら、その言葉がどうしても引っかかった。恋愛は多数決で決まるものだろうか。多数決の行動は相手のための行動なのだろうか。それとも自分が傷つかないための行動なのだろうか。みんながこれでいいと思っている行動は、相手にとっても嬉しいものだろうか。 それは少し違う気がしてきた。少なくとも私はそう思わない。例え少数派の意見だったとしても、私が嬉しいと思う行動を恋人にはしてもらいたい。確かに多数決の行動は無難かもしれない、だけどそれはドラマや映画の演出みたいに、ありふれた退屈なものになってしまう。一般人に向けた行動であって、私一人に向けた行動ではない気がする。 そして今日のことでまた疑問が再び湧いてきた。「マルーン」イコール手塚ではないか、ということだ。先週の食事の誘い方といい、「4 weeks love story」の内容と全く同じだ。もし同一人物だとしたら、私へのアプローチは多数決の無難な行動……私の中で、手塚に対する思いが少しずつ変わってきた。悪い方向に。
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