20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:4 weeks love story 作者:月原 翔

第3回   2週目水曜日
 翌週、水曜日。午後一時。私はいつものように、マイクに向かって話し始める。
「みなさんこんにちはー!さあ今日の午後もハッピーに向かって一直線に駆け抜けていきましょう!『happy line days』お相手は星村瑞希です」
 与えられた時間で、オープニングトークを行う。4分半話した後で、今日の番組内容の紹介に入る。
「そして2時からは、1週間おまたせしました『4 weeks love story』。先週の相談者から、ちゃーんと返事も来てます!そして次のステップへの相談も来ています。みなさんアンケートにご協力くださいね」
 手塚によると、相談者「マルーン」さんからは土曜日に報告のメールが来たという。そのことは月曜日に番組開始前の打ち合わせのときに既に聞いていた。もちろん、その結果も。
 そしてだからこそ、私は手塚をデートに誘うのを躊躇していた。先週の水曜日、手塚を食事してそこそこ酔った私は、次は私のほうから誘おうかと浮かれ立っていた。だが……

 「フォー・ウィークス・ラブ・ストーリー!」
 エコーの効いた私の声が響く。録音しておいた、いつものタイトルコールだ。気合いを入れ直す。
「毎月私、星村瑞希と、そしてラジオを聴いているみなさんで、恋に悩める方にアドバイスをして、いっしょにラブストーリーを作っていく『4 weeks love story』。今月の主人公は22歳の男性『マルーン』さん。同じ職場の女性を食事に誘うにはどうすればいいか、そしてリスナーからの回答はこちら!『みんなで食事に行こうと誘い、でも結局他の人は都合で行けなくなったことにして、二人で食事する』」
 改めて読むと、やはり私に対する手塚のアプローチと似ている。いや、完全にいっしょだ。そして……
「さぁそして『マルーン』さんからの返事が来ています!果たしてどうなったのでしょうか。では、読みますよ」


  瑞希さん、そしてリスナーのみなさま、こんにちは。
  みなさんの意見に従い、同僚2人に協力してもらいました。
  4人でご飯を食べに行こうと彼女には誘っておいて、
  同僚2人にはドタキャンしてもらうようにこっそり頼んでおきました。
  結果、見事に彼女と2人で食事することができました!ありがとうございます。
  職場ではあまりしゃべることもないような会話もできて、本当に楽しかったです。


「おお!大成功じゃないですか!なかなかいい関係にまでなってきたんじゃないですか、これは」
 そう、彼はうまく食事に誘うことに成功していた。手塚のように。
「しかしですね、まだまだ2週目です。ここからね、どんどんアプローチしていきましょうよ。ということでですね、メールには続きがあります。そして、今週のアンケートについても書いてるんですよ」


  さて、このあとについてなんですが……
  今週末にでもデートに誘ってみようと思ってるのですが、
  どこへ行くのが女性にはうれしいのでしょうか。
  映画館かショッピングモールかな……と考えているのですが、どうでしょう。
  これを次のアンケートにしてもらっていいでしょうか。


「……とあるのですが、いいでしょう!では今日リスナーのみんなに選んでもらう、『マルーン』さんの次のデートコースは次のふたつです。
 A、映画館
 B、ショッピングモール
 さあアンケートは午後四時まで。メールまたはFAXでお待ちしております。初デートとしてのオススメはどちらなんでしょうか。みなさんでいっしょにラブストーリーを作っていきましょう」
 手元にあるマイクのスイッチを切り、ふうと一息つく。ここからスタッフと助っ人総出の集計作業が始まる。
 CMに入ると、次のコーナーで読むメールの原稿を手渡しに、手塚がブースに入ってきた。二、三、簡単な指示を受けて私は「オーケー」と答える。彼が戻る間際に振り返った。
「今週はどっちになりますかね。映画館がショッピングか」
 私は手元のミネラルウォーターに一口つけてから答えた。
「私だったら映画かなぁ……映画みて、感想言いたいからそのまま食事とかもアリだし。ショッピングモールだとなんでもありで、逆に絞り込めないから一体感ができにくくなりそうな気がするなあ」
「なるほどね……」
 映画か……と手塚はつぶやきながらブースから出ていった。

 そして発表直前。手塚から集計結果が渡される。今回はたぶん映画だろうと予想はしているのだが、やはり毎回この瞬間はどきどきしてしまう。意外と自分は少数派だったりすることもあるので、リスナーの幅広い意見というのは貴重だ。その重みが、この1枚の集計結果の紙に込められている。
「さて、『4 weeks love story』の集計結果が出ました。今回もいろんな意見が寄せられましたが、気になる結果は……
 『A、映画館』87%
 『B、ショッピングモール』13%!
 おお、これは大差!やはり映画というのは初デートの定番なのでしょうか。ということで『マルーン』さん、週末のデートは映画、これを実行してください。そして来週の放送前までに必ず報告すること!大丈夫です、私と、そしてリスナーのみなさんがついていますから。そんな『マルーン』さんに送る今日の曲は、こちら」
 ヘッドフォンから、ドラムの音、そしてギターの音が奏でるイントロが流れてくる。
「駆け抜ける風のように、恋に向かって一直線!チャットモンチーで『風吹けば恋』」

 番組終了後の反省会と明日の打ち合わせが終わると、私は音響担当の吉岡に気になることがあるので聞いてみた。
「先週の水曜なんですけど、いっしょにご飯食べに行こうとしてたと思うんだけど……」
「ああ、すいません。ちょっと咲さんの打ち合わせが入っちゃって」
「咲ちゃんの?」
 東野咲はうちの局で番組を持っているパーソナリティーだ。ただしここの社員ではなくてタレント事務所所属で、ラジオのパーソナリティー以外にも司会のイベントやナレーションなどもやっている。私より5つ年下だが、去年までは私の番組でレポーターとしていっしょに仕事をしたこともあって、とても仲がいい。
「ええ、木曜の夜の番組の打ち合わせですよ。いつもは本番前にやるんですけど、急に咲さんの都合が悪くなって当日打ち合わせができなくなったんですよ。なので前の水曜日に」
「ふーん……」
 ADの藤田にも聞いてみたが、こちらも上司から仕事が舞い込んで来たという。やはり先週の食事のドタキャンは偶然なのか、それとも手塚があらかじめ根回ししたものなのか……なんとも確証が持てない。もし「マルーン」イコール手塚なら、今週中に映画のデートに誘ってくるはず。手塚は土曜日に咲が出演する番組を持っているから、デートするなら日曜だ。一応予定は空けてあるが……


 翌日木曜日。「happy line days」の放送と打ち合わせが終わり事務室へ戻ると咲がいた。彼女は木曜の夜に番組を持っているので、この後スタッフと打ち合わせして本番に臨む予定だ。私は挨拶もほどほどにして、彼女の手を引っ張った。
「ねえ咲ちゃんちょっと来て」
「え、な、な、なんですか」
 私は小さな打ち合わせ室に咲を連れてきて、「4 weeks love story」と手塚の行動の関係について話した。
「うーん、ということは、今回の相談者は手塚さん本人で、気になる女性ってのが瑞希さんだと」
「かもしれないって段階。偶然だと思うんだけど」
「偶然じゃないですか?急に仕事が入るなんてよくある話ですよね?私だって先週そうでしたし」
 そういえば、先週のドタキャン原因のひとつは、咲の都合が悪くなったからだ。
「で、瑞希さんは手塚さんのことどう思ってるんですか」
 咲は笑顔で質問してきた。恋愛話をするときの顔だ。
「どうって……まぁ、あの時も楽しかったし、いいかな……て思うけど」
「ならいいじゃないですか!相談者が手塚さん本人なら向こうも好きってことですよね。違ってたとしても、そうやって誘ってくるってことはそれなりに気になってるはずですよ」
「うーん……」
 もちろん理論上はそういうことになる。お互いが気にかけているんだから、どちらかがはっきり言えばちゃんと付き合うということになるはずだ。なるはずなのだが……何かが引っかかる。何かが違う気がする。

 放送前の打ち合わせがある咲とは別れ、私は自分の机に戻ると、手塚がやってきた。
「さっきの打ち合わせときに言い忘れたことがあるんですけどね……」
 手塚は来週の放送についての補足をしてくれた後「それと……」と話題を変えてきた。
「それと……今週の日曜って何か予定ありますか?」
「んー日曜日は……特に何もないけど」
 もともとは自分から誘おうとして空けていたものだ。でも思い出すような仕草を見せておいた。動揺を隠すために。
「実は少し前のゲストに出演映画の招待券もらってて……どうですか、いっしょに見に行きませんか?」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1952