局から5分ほど歩いたところにあるパスタのお店で、私はカルボナーラを、手塚はほうれん草とあさりのスープパスタを食べていた。店内は水曜日の割にはそこそこ賑わっていて、明るい雰囲気を感じ取ることができた。天井のスピーカーからはBackstreet Boysの「I Want It That Way」が流れていた。 「瑞希さんが考えた『4 weeks love story』、リスナーからの評判すごくいいんですよ」 手塚はスプーンにスープをすくいながら話していた。 「でも集計大変ですよね」 「そうなんですよ、あの時だけは他の人にも助っ人頼まないと無理なんですよ」 「ごめんなさいね、やっかいな企画作っちゃって」 「いえいえ、一週ごとに話が進んでいくので、こちらもワクワクしますよ。よくあんな企画思いつきましたね」 私はワイングラスに手を付けた。料理もワインも美味しいから、少し饒舌になってしまう。 「なんかね……もっとリスナー同士の結びつきができるようなことをしたかったの。ラジオってパーソナリティーとリスナーの結びつきはけっこう強い方だと思うんだけど、もっとリスナー同士で盛り上がれたら、自然と番組も盛り上がるのかな、と思って」 「それでアンケート方式、ですか。確かにパーソナリティーがアドバイスするのはけっこうありますけど、ちゃんとアンケートとる、というのはないですね」 店員が通りがかったので、私はワインをもう一杯追加注文した。手塚も別のワインを注文した。 「話変わりますけど、瑞希さんはどうしてラジオ局に入ったんですか。改めて聞いたことないのでふと思ったんですけど」 私はカルボナーラの半熟卵の黄身の部分を食べながら答えた。 「もともとしゃべるのが好きなんですよ。それに、自分の言葉が他の人に伝わって何かいい影響が出るって、素敵じゃない」 「でもそれならテレビでもよかったんじゃないですか。瑞希さんきれいだから、テレビ向きだと思うんですけどね」 「あれ、どうしたの。突然おだてて」 私は思わず吹き出してしまった。でもそこそこアルコールが回り始めたころからだろうか、気分はとてもいい。いや、むしろ恥ずかしいのかな。 「よく友達にも言われるんだけどね……テレビって一方向じゃない。出演者がしゃべって、それで終わり。もちろん感想とかで反応があるんだろうけど、ほとんど収録モノだからタイムラグができちゃう。だから自分の言葉が本当に画面の向こうに届いてるかどうかって、わかりにくいんだよね」 カルボナーラのパスタをフォークにくるくる絡めながら答えた。手塚は静かにワインを飲み干した。 「でもラジオは生放送が多いし、リスナーからの反応がメールとかFAXですぐに返ってくる。そこでまた新しい話題が出てきたりするし、あー私の言葉が伝わっているんだなあって実感できるの。それにリスナーと直接電話とかでやりとりできるし」 「たしかにテレビは出演者だけで盛り上がるのがほとんどですし、まあそれはそれでおもしろんだけど、おもしろかったってだけで終わることもありますからね」 「そうそう、だってさあテレビで視聴者が直接参加できる番組ってどれだけあるの、今の時代」 先ほど頼んだワインがテーブルに届いた。少ししゃべりすぎて喉が乾いたから、すぐに手をつける。 「バラエティーはありふれた芸人ばっかりですよね。クイズなら、昔は視聴者参加型も多かったんですけど、いまじゃあ『アタック25』くらいですか」 「ちょっと前まで『タイムショック』や『ミリオネア』も一般参加だったのにね」 「あれは普通の人が大金を手に入れるかも、という緊張感と戸惑いが売りだったんですけどね」 「そう、そう!一般の人にはそんなチャンスが滅多にないからこそ、そのやりとりがおもしろいし、自分だったらどうするんだろうという想像が生まれるの」 「あれがタレントだと、クリアするという名誉自体が目的になってますからね。その先にある幸福とか本当の感動が見えないんですよ」 「手塚さんわかってるじゃん。だからその『本当の感動』のために、今自分がどういう行動をとるべきか、そのやりとりをラジオでやってみたかったの」 「ああ、それで『4 weeks love story』なんですね」 そうなの、と私は言って残り少ないカルボナーラに手を付けた。手塚の方はほとんど食べ終わっていて、最後の残っていたあさりをフォークにさしていた。 しばらくはまた他愛もない話を続け、程よく酔った私たちは「じゃあまた明日」と言って帰り道についた。
家に帰っても気分がよかったので、スピーカーのスイッチを入れ、苦情が来ない程度のボリュームでLINKIN PARKの「QWERTY」を流した。こういうときには歌詞の意味を考えず、とにかく激しい曲をリズムで聴くと気分が乗る。 今夜の手塚の誘い方が「4 weeks love story」のアドバイスといっしょだったのは、きっと偶然だ。私にとっても手塚と二人で食事できていい雰囲気になったのはよかったし、やっぱり彼とは気が合うと改めて感じた。週末は他の用事が入っているけど、来週は私のほうからどこかに誘うのもアリかな、とも考えていた。そして、そういえば相談者の「マルーン」は上手くいくかな、と来週までの結果待ちにわくわくしていた。
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