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作品名:4 weeks love story 作者:月原 翔

第1回   1週目水曜日・昼
「フォー・ウィークス・ラブ・ストーリー!」
 エコーの効いた私の声が、ヘッドフォンの中で響いている。それからBGMが流れ、ディレクターの手塚了一がガラス越しに手を伸ばす。私が話し始める合図だ。
「今週から月が変わって、また新しいラブストーリーが始まります『4 weeks love story』。毎月私、星村瑞希と、そしてラジオを聴いているみなさんで、恋に悩める方にアドバイスをして、いっしょにラブストーリー作っていきましょう!」
 ここはラジオ局「FMグリーンウェーブ」のブースの一室。今は「happy line days」という番組の生放送中。毎週月曜から木曜、昼の一時から五時まで生放送しているこの番組のパーソナリティーを私は務めている。昼の時間帯に似合うように、明るい話題を紹介したり音楽を流しながら、リスナーとのやりとりを楽しむ番組。
 その中でも、「4 weeks love story」は3ヶ月前から始まった水曜日のコーナーのひとつ。リスナーとのやりとりにこだわった企画である。
「それでは改めて『4 weeks love story』のルールを紹介しますね。まずは最初の週、つまり今日ですね、恋に悩めるリスナーの相談を発表します。そしてその恋がうまく成就するために、相談者が次にとるべき行動をリスナーのみんなにアンケート。そして投票の多かった行動を、実際に相談者に実行してもらいます。そして次の週ではその結果報告、それを受けてまた次のアンケート、これを4週連続で行い、4週間で恋を成就させよう、というコーナーです」
 普通のラジオ番組では、せいぜいパーソナリティーとリスナーとの繋がりで終わってしまう。それをリスナー同士でも繋がりを持ってもらおうと思い、私が提案したコーナーだ。これまでも、4週目でプロポーズに成功したこともあり、リスナーからのメールが多いコーナーのひとつになっている。
「では、今月のラブストーリー1週目です。今回の主人公は22歳男性の『マルーン』さん」


  瑞希さんこんにちは。
  今回メールしたのは、恋愛相談についてです。
  今、同じ職場で気になる女性がいるのです。
  きっかけはみんなでご飯にいったときのことです。
  僕が嫌いなキノコを食べ残したときに、彼女が「じゃあ私が食べる!」といっておいしそうに食べていて、
  そのときの優しさというか笑顔が好きになりました。
  
  彼女とは仕事の話はよくするのですが、あまりプライベートな話題までは・・・というくらいの関係です。
  まずはデート一歩手前くらいの、2人だけ食事できるような流れにしたいのですが、
  何かいい方法はないでしょうか?
  瑞希さん、そしてリスナーのみなさま、よろしくお願いします。


「なんかこう、純情っぽい人でしょうかね、この『マルーン』さんは。でも嫌いな食べ物を食べてくれて、というのは私もわかるなぁ。頼もしい、て思えちゃうのかな。よーしわかりました『マルーン』さん。その悩み、私が引き受けました。そしてリスナーとのみんなで、両想いになるようにアドバイスしちゃいましょう」
 さて、ここからが本番だ。闇雲にアンケートをとってもごちゃごちゃするし、生放送中に集計しないといけないからスタッフも大変だ。「4 weeks love story」は二時から始まって四時までアンケートを募り、四時半に集計結果を発表する。もちろん番組「happy line days」の他のコーナーも進行しないといけないので、いかに迅速に意見をまとめるかが課題となる。またリスナーにとっても、自由な意見というのは逆に書きにくくなってしまう。
 そこでやや乱暴ではあるが、二択で意見を募ることにしている。どの行動にするかは私やディレクターの手塚、他スタッフや社員にも聞いて絞り込む。どちらの行動をとったとしても、概ね一般的には間違ってないようにする。そうすることでリスナーの意見交換も活発になるというメリットもある。
「では発表しましょう。今日リスナーのみんなに選んでもらう、『マルーン』さんの次の行動は次のふたつです。
 A、みんなで食事に行こうと誘い、でも結局他の人は都合で行けなくなったことにして、二人で食事する。
 B、仕事の課題を別室で話し合い、終わったらそのまま食事に誘う。
 さあアンケートは午後四時まで。メールまたはFAXでお待ちしております。体験談がある方はぜひ教えてください。それではみなさんでラブストーリーをいっしょに作っていきましょう」
 マイクのスイッチを切り、イスの背もたれに体を預けた。CMに入り、そのまま次のコーナーへ移っていく。
 このブースには目の前にパソコンがあり、メールなら自分でもそのまま見ることができる。ブース外ではFAXも含めて集計がなされている。もちろんその間にも番組は進み、何回かアンケートの募集も告知する。

 そして午後四時二十八分。CMが入って、ディレクターの手塚から集計結果が手渡される。この瞬間が、私の心が弾む瞬間だ。今回のリスナーの意見はどうだろうか、それは毎回わからない。だからこそおもしろい。渡されるのはたった一枚の紙だけど、そこにはリスナーの思いが詰まっている、非常に重量感のあるものだ。
「さて、『4 weeks love story』の集計結果が出ました。今回もいろんな意見が寄せられましたが、気になる結果は……
 『A、みんなで食事に行こうと誘い、でも結局他の人は都合で行けなくなったことにして、二人で食事する』72%
 『B、仕事の課題を別室で話し合い、終わったらそのまま食事に誘う』28%!
 ということで『マルーン』さん、気になる女性にはみんなで食事に行くと誘っておいて、結局は2人で食事するということ、これを実行してください。そして来週の放送前までに必ず報告すること!大丈夫です、私と、そしてリスナーのみなさんがついていますから。そんな『マルーン』さんに送る今日の曲は、こちら」
 音響担当に一瞬だけ目をやる。さきほどの文章は、曲を流すきっかけとなるフレーズだからだ。曲のイントロがヘッドフォンから流れる。
「この曲は、好きな人の前ではあと一歩が踏み出せない、そんな女の子のことを歌った曲ですが、こういうことは男性にも言えることではないでしょうか。まさに今そんな状態の『マルーン』さん、がんばって一歩踏み出してみてくださいね。aikoで『milk』」

 放送が終わると、スタッフで反省会と、明日の打ち合わせを行う。仕切るのはディレクターの手塚だ。彼は27歳で私よりひとつ年下だ。彼とは今の「happy line days」で組んで3ヶ月目だが、気があって話もしやすい。普段はとぼけてるところもあるが、仕事はしっかりと行う、いざというときには頼りがいのある人だ。そして、そういうところに少し惹かれている自分がいる。もちろん、彼が私のことをどう思っているのかはわからないけれど。
 打ち合わせが終わって、自分の机で他の仕事を片付けていると、手塚から声をかけられた。
「瑞希さん、今夜いっしょにご飯でも食べに行きませんか。吉岡さんと藤田も誘ってるんですけど」
 吉岡は音響担当、藤田はAD。ふたりとも「hapy line days」のスタッフだ。それぞれ別の番組の仕事も持っていたりするので、4人揃ってご飯を食べに行ける機会は意外と少ない。
「お、いいね。じゃあじゃあ、郵便局の前に新しくできたパスタのお店があるでしょ。あそこまだ行ったことないんだよね」
「いいですよ、では七時に入り口集合で」
 じゃあまたあとでね、と私は手塚に返事をした。本当は、いつか私のほうから手塚と二人でご飯に誘おうと思っていたけど、これをきっかけに次のステップに進められればいいかな、と思った。

 夜七時になって、私は局の入り口に立ちながらポータブルプレーヤーで音楽を聴いていた。別に職場で待っててもよかったのだが、そうすると変な仕事が舞い込んで来そうなのでさっさと挨拶をして出てきた。スタッフでご飯を食べに行けることも嬉しいが、手塚と職場以外で話ができるということに、私の心はすこし躍っていた。ポータブルプレーヤーからはBONNIE PINKの「Tonight, The Night」が流れていた。
 5分ほど経って、手塚が一人でやってきた。駆け足でこちらに来ると、少し申し訳なさそうな顔で言った。
「吉岡さんと藤田なんですけど、なんか急の仕事が入っちゃったみたいで来れないそうなんですよ」
「あ、そうなんだ……」
「まあせっかくなので、二人で行きましょうか」
「いいですよ。……ん?」
「どうしましたか」
 前を歩き出した手塚は、少し怪訝そうな顔で私に振り返った。
「あ、ううん、なんでもない。行こう」
 私は動揺を隠すように、手塚を抜き去って前を歩いた。昼間、自分が番組内で言った言葉がふとよぎったからだ。

「『A、みんなで食事に行こうと誘い、でも結局他の人は都合で行けなくなったことにして、二人で食事する』72%。ということで『マルーン』さん、気になる女性にはみんなで食事に行くと誘っておいて、結局は2人で食事するということ、これを実行してください」

 偶然、だよね。
 奇妙な感覚を振り切るように、私は少し早足で歩いていた。


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