第二項 冥王代
地質学では地球が誕生した46億年前から40億年前までの6億年間を冥王代と呼んでいま
す。
6億年間ではなく5億年間とする学説もありますが、ここでは6億年間とします。
では早速、冥王代の時間的な長さを新幹線路線に置き換えてみましょう。
博多駅が冥王代の始まり、つまり地球が誕生した時です。
では冥王代の終わりはどこになるでしょうか。
それは博多駅からは四つ目になる新山口駅から5.4km東京寄りの地点です。
そして、その距離は新幹線路線の13%に相当する153.3kmになります。
この区間を新幹線の「のぞみ」は、博多駅から37分ほどの所要時間で走ります。
さてこの冥王代は研究に必要な化石がほとんど発見されていない時代です。
冥王代の冥という文字の意味は「光が少なくて先が見えない・分からない状態」とあり
ます。
その冥に王様の王がくっついているのですから、どのようなことが起きていたのか何も
分からない時代なのです。
しかし、それとは矛盾するようですが、冥王代という言葉が出来た後に新たな仮説が発
表されました。
その内容とは、夜空にポッカリと浮かんでいる月はなんと、この冥王代で出来たのでは
ないかというものです。
現在この仮説は最も有力視されているものでジャイアント・インパクト説(衝突起源説
とも呼ばれる)と呼ばれています。
この仮説は一九七五年にウイリアム・ハートマンとドナルド・デービスが発表しまし
た。
また冥王代の後半から始生代の始めにかけて原始の地球に地殻と海が出来たとする説も
あります。
更には地球上における最初の生命が誕生したのもこの冥王代から始生代にかけてではな
いかという説もあります。
まあ誰もその現場を見たわけではないのですから、断言なんか出来る筈はありません。
ですから、ここでは地殻と海の誕生、そして地球上における最初の生命の誕生について
は始生代で取り上げることにします。
ところで原始の地球に大気はあったのでしょうか。
これについては既に46億年前の地球に大気はあったと考えられています。
しかし、詳しいことはほとんど分かっていません。
原始の地球にあった大気の成分はどのようなものであったのかについては二つの仮説が
あります。
一つ目の仮説の内容は以下のとおりです。
それによると地球が出来たとき既に地球には大気としてヘリウムと水素があったのでは
ないかと考えられています。
そしてその頃、太陽がエネルギーを増大させて明るく光り輝いたことがあり、それによ
って地球を取り巻いていたヘリウムと水素は地球の外へ吹き飛ばされてしまいました。
その後、地球には膨大な数の隕石が衝突しました。
その膨大な数の隕石によって持ち込まれた二酸化炭素と水蒸気がその後の地球の大気
の主たる成分になったのではないかというものです。
もう一つの仮説は初めから地球には二酸化炭素や水蒸気を主成分とする大気があったの
ではないかというものです。
しかし、どちらの仮説にも共通していることがあります。
それは、その頃の地球には酸素はまだ無かったということです。
同じ地球でも原始の地球は今の地球とはまったくその環境が異なっていました。
さて、それでは月はどのようにして誕生したのでしょうか。
ジャイアント・インパクト説は以下のように推測しています。
地球が誕生して約5000万年後の45億5000万年前、直径が地球の半分ほどの大きさ(約63
00km)の微惑星が地球の表面をかするように、斜めに衝突しました。
そのときの衝撃で微惑星は破壊してしまい、破壊した微惑星は更に大量の破片となって
飛散し、やがて地球の周回軌道を回り始めました。
星と星がぶつかったのですから双方ともに大きな影響を受けました。
つまり、地球もその衝突で同様に大きなダメージを受け、それにより大量のマントルが
破片となって宇宙空間に飛散し、これまた地球の周回軌道を回り始めるようになりまし
た。
そして、微惑星の破片と地球のマントルの破片は地球の周回軌道を回るうちにそれぞれ
が混ざり合い、土星の輪のようになりました。
その間、微惑星と地球のマントルの破片は衝突や合体を何度も何度もくり返しその結
果、月が出来たのではないかと推測するのがジャイアント・インパクト説です。
ところで、直径が地球の半分ほどの大きさというと大体、火星と同じ大きさになりま
す。
また、微惑星とは太陽系が出来た頃に太陽系に存在したと考えられている微小天体の
ことです。
そして地球に衝突したこの微惑星はティアと呼ばれています。
ティアとの衝突で地球も大きなダメージを受けましたが、ティアの進入角度が斜めであ
った為、破壊するまでには至りませんでした。
隕石などと違って火星ほどの大きさの微惑星が衝突したのですから、地球とティアが、
仮に斜めではなく直角に近い角度で衝突していたら恐らく地球も粉々になっていたこと
でしょう。
ではジャイアント・インパクト説の論理的根拠は一体何でしょうか。
ジャイアント・インパクト説が登場するまで月の出来方については「分裂説」・「兄弟
説」・「捕獲説」などの仮説がありました。
しかし、アメリカのアポロ計画で採取された月の岩石を詳細に調べた結果、それらの仮
説は現在ではその存在意義を失っています。
そうなった原因は幾つかあります。
例えば月の岩石の酸素同位体比と地球のマントルの酸素同位体比がほとんど同一であっ
たことなどです。
そして月の岩石には地球の岩石に含まれている揮発性物質などが含まれていませんでし
た。
それが意味することは一体何かといえば、月の岩石はそれらの物質が気化してしまうほ
どの極端な高温状態の中で形成されたのではないかということです。
そのような極端な高温状態とは天体どうしの衝突で発生した摩擦熱によって作り出され
るドロドロの溶岩の塊、いわゆるマグマオーシャンのような状態です。
また、アポロ計画では月に地震計ならぬ月震計を設置しましたが、それを介して月の核
の大きさも判明しました。
そこで月の核が月に占める割合と地球の核が地球に占める割合とを比べて見たところ、
その割合は地球のほうが大きいことも判明しました。
それらのことから月はその大部分が地球のマントルで作られているのではないかという
のがジャイアント・インパクト説の論拠です。
ここで念の為に先ほど登場したジャイアント・インパクト説以外の月の誕生に関する三
つの仮説の内容を検証してみましょう。
初めは「分裂説」です。
この仮説によると原始の地球の自転速度は今よりも高いことになっていて(一日が五時
間〜八時間)その為地球の一部がちぎれて月になったのではないかというものです。
しかし、はたして地球の一部がちぎれるほどの力学的エネルギーが本当にあったのだろ
うか、という疑問が残る仮説でした。
また「捕獲説」はもともと別の所にあった月が地球の引力により現在の場所まで引き
寄せられたのではないかというものですが、月のような大きな天体の場合、そのよう
なことが起きる確率・可能性は極めて低いと考えられています。
そして「兄弟説」では太陽系が出来るときに太陽の周りを回っていた塵から地球と月
が一緒に出来たのではないかと考えられています。
しかしこの説では地球と月の平均密度の違いを説明することが出来ません。
ちなみに地球の平均密度は一立方センチあたり5.52gですが月のそれは3.34gなので
す。
そして前出の月の核が月に占める割合と地球の核が地球に占める割合の違いも「兄弟
説」は説明することが出来ないのです。
このようなことから現在ではジャイアント・インパクト説が最も有力な仮説となってい
ます。
更にジャイアント・インパクト説によって驚くべきことが判明しました。
ジャイアント・インパクト説に基づいたコンピューターシミュレーションによると微惑
星と地球が衝突してから月が出来るまでの時間は最も短い場合は一ヶ月ほどで、長くて
も1年〜100年だそうです。
私たちにすれば100年は物凄く長い時間ですが、宇宙時間の100年とはアッという間も無
いくらいの短い時間です。
まして一か月という時間など無いに等しいミクロのように短い時間です。
そんな短期間で月が出来たとすれば、それは正に驚くべきことです。
また、現在月は地球から約38万km離れたところにありますが、出来た当時は僅か2万k
m〜4万km離れたところにあって、その後の時間の経過とともに次第に遠のいて行った
のではないかと考えられています。
今でも地球と月は一年に3.8cm遠ざかっています。
ところで先ほどの「分裂説」の説明では誕生間もない地球の自転速度は一日5時間〜8時
間と考えられていましたが、現在の地球の自転速度は約24時間になっています。
それと地球は公転軌道に対して二三、四度傾いています。
何故でしょうか。
じつはこの二つのことも地球と微惑星ティアの衝突が原因だろうと考えられています。
では、ここで月が出来たと考えられている45億5000万年前に相当する地点を新幹線路線
で表すとどのへんになるのか検証してみましょう。
本書の場合、1000万年という時間の長さは2554mという距離に置き換えられますから
5000万年は12.7kmとなります。
そして博多駅の次の小倉駅までは67.2kmありますので5000万年前に相当する12.7km
は大体、博多・小倉間の最初の五分の一の距離を行った地点になります。
時速250kmで走っている新幹線列車ならば、この12.7kmは約3分で走破してしまいま
す。
しかし、博多駅は始発駅ですからいくら高速が自慢の新幹線列車でも、いきなりトップ
スピードでは走れません。
ですから実際にはもう少し時間がかかることでしょう。
それにしても地球史全体から見た場合、月は地球が誕生した直後にアッという間に出来
たことになるのですね。
しかし、このジャイアント・インパクト説も仮説の一つに過ぎません。
その為、ジャイアント・インパクト説では説明が出来ないこともあります。
例えば、何故、月には地球の岩石よりも古い物と思われる岩石があるのかということな
どはその代表事例といえるでしょう。
何はともあれ月に関する今後の研究の進展が楽しみですね。
一方この頃に地球のマントルの内部では鉱物も作られ始めました。
12月の誕生石としてよく知られているジルコンがそれです。
1986年、オーストラリア西部のジャック・ヒルで42億7600万年前のジルコンが発見され
ました。
更に2001年には同じくジャック・ヒルで44億年前のジルコンが発見され世界最古の鉱物
であると考えられています。
このジルコンには興味深い点があるのですが、それについてはもう少し先に行ったとこ
ろでご説明いたします。
では例によって44億年前に相当する地点が新幹線路線のどこになるのかを見てみましょ
う。
本書では一億年という時間の長さは25.5kmとなりますから2億年は51.1kmになりま
す。
博多駅から51.1km行った所が44億年前に相当する地点ですがそれは小倉駅の16.1km
手前になります。
列車の速度にもより多少の違いはあるでしょうがあと約4分で小倉駅というところでしょ
うか。
冥王代に関してはここまでご説明してきたことの他に判明していることもありますが、
あまり専門的になるのは本書の作成意図に合いませんので割愛させていただきますので
ご了承ください。
では,つぎは始生代へ進みます。
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