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作品名:鍛冶屋のせがれ 少年多一 作者:羅々見 朴情

第8回   8
多一は病弱であった。

生まれつき扁桃腺が弱く月に一度は掛かりつけの原医院の

ご厄介になっていた。 

「またか。」

と藤蔵や利隆が言うのを聞くたびに、多一は何だか悪いこ

とをしてしまったかのように感じ、布団の中で小さくなっ

ていた。

だが、多一が熱を出して布団の中で寝ていると、祖母のゆき

がいつも近所の蕎麦屋から出前の鍋焼きうどんやたぬきそば

を取ってくれた。

多一が可愛くて仕方のないゆきは、鍋焼きうどんなどのほか

にも当時は高価で滅多に口にすることができなかったバナナ

や桃の缶詰を買ってきてくれたりした。

だから、原医院でペニシリン注射を打つことを除けば、多一

には月に一度の発熱もそれほど嫌なことではなかったのであ

る。


しかし毎月一回、必ずといっていいほど病院通いをすること

は毎月一回、何日か学校を休むことでもある。

小学校三年生になってもそんなことでは勉強にも悪影響が出

てくる。

これはなんとかしなくてはいけない、ということで藤蔵たち

は夏休みに多一の扁桃腺を手術して取ることにした。

これには多一も驚き、手術なんて絶対にイヤだと猛烈に反対

した。

しかし藤蔵から

「多一のように熱ばかり出している子供が他にいるか。」

と言われてしまった。

たしかに、そんな子供は多一だけだ。

さらに藤蔵は

「扁桃腺を取れば今までのように熱を出すこともなくなるん

だぞ。」

と多一に言って聞かせたのである。

出前の鍋焼きうどんと、バナナと、桃の缶詰を食べられなく

なるのは残念だけど、このまま四年生、五年生、六年生と進

級した後も毎月一回、病院通いをするのは良いことではない

と多一も思い始めていた。

それに多一がいくら嫌がったところで、どうこうなるもので

はない。

多一は観念した。

しかし、そのときは夏休みまでは、まだだいぶ時間があった

ので、多一は自分が扁桃腺の手術をしなければならないことを

まるで他人事のように感じていた。





やがて夏休みになった。

扁桃腺を取る日が次第に近づいてくるのであるが、それでも当

の多一はまだそれを他人事のように思っていた。

それどころか、初めての入院をまるで旅行にでも行くような楽

しいことのように思い始めていた。

何故かといえば、入院すればそれまで憧れていたベッドで寝る

ことが出来るからだ。

当時、元村家にベッドはなかったので多一は一度でいいから

ベッドで寝てみたかったのである。

手術をしたらその晩だけ入院する予定になっている。

憧れていたベッドで寝ることができる、という思いの前には手

術の恐ろしさも少しは薄らいでいたのであった。

夏休みになる前、学校で休み時間に同級生たちを相手に手術の

話をすれば、それだけで同級生たちの間で話題の人になれたし、

近所の人たちからも

「多一ちゃんは夏休みに扁桃腺の手術をするんだってね。」

などと聞かれることが多くなっていた。

それまで、そのような経験がなかった多一には、まるで自分が

有名人にでもなったかのように思えたのであった。 






そうこうするうちに、手術の前日になった。

日が明るいうちは元気だった多一も、夕方になり美紀子が翌日

の入院の準備を始めるのを見た途端に、口数が少なくなってし

まった。

それまで、ちょっとした有名人気取りでいた多一だが、手術を

翌朝に控えるとさすがに元気がしぼんでしまう。 

それに、もしも手術が失敗したら死んじゃうかもしれない、と

思うと多一はその場から一目散に逃げ出したい気持ちに駆られ

た。



美紀子はそんな多一に

「だいじょうぶ。 手術をするときは麻酔を打つから痛くもな

んともないよ。」

と言うのであるが、そんな見えすいた気休めの言葉ぐらいで多

一の不安は消えなかった。

多一にすれば生まれて初めて経験する手術であるから怖いのは

当たり前である。

それまでの旅行気分も何処かへ飛んで行ってしまった多一は、

すっかり元気がなくなってしまった。

そんな多一を見て利隆は

「だいじょうぶ、手術なんてすぐに終わるから、だいじょう

ぶだよ。」

と軽く言う。

「お前の好きな若乃花だって扁桃腺炎で休場しちゃったことが

あったろう。 若乃花も子供のうちに扁桃腺を取っておけば良

かったんだけどな。 大人になってから取るのは大変だから、

今のうちに取っておいたほうがいいんだよ。」

と今度は藤蔵が言った。

二年前の夏場所で初日から十二連勝していた大関の若乃花はそ

の場所は優勝確実と思われていた。

しかし扁桃腺炎が原因で十三日目から休場しその場所の優勝を

逃してしまった。

大の若乃花ファンの多一はそのことをはっきりと覚えていた。
 
あの若乃花でも扁桃腺炎で熱を出すことがあるのかと思うと、

多一にはそれが何とも不思議なことに思えた。

その一方で、自分と若乃花は扁桃腺炎で熱を出す者同士だとい

う妙な仲間意識を感じていて、それは翌朝に手術をしなければ

ならない多一を大いに力づけた。

でも手術の恐ろしさは次第に大きくなっていった。
 
その晩、多一は重苦しい気持ちのまま布団の中にもぐりこんだ。






手術当日の朝は上天気である。

元村家の全員が玄関に揃った。 

「じゃ行ってきます。」

と大きなかばんを抱えた美紀子が藤蔵と利隆に告げた。
 
「ああ、何かあったら電話しろ。」

と利隆。

利隆は目を覚ましたときからずっと大人しいままの多一に向

かって

「手術が済んだら新しい自転車を買ってやるから元気出せ。」

と言った。

姉のような叔母の芙美子は

「多一よかったね。」

とニッコリ微笑んだ。

だが美紀子は

「まぁた、あんたは。 まったく甘いんだから。」

と言いながら利隆に厳しい視線を浴びせた。

多一はそんなことはおかまいなしに

「本当に買ってくれるの。」

とこのときばかりはニコニコしながら利隆の顔を見た。

「ああ。 だからがんばって来い。」

と利隆もニコニコしながら頷いた。

しかし美紀子は少々ご機嫌斜めのようだ。

その雰囲気を察した藤蔵はすかさず

「遅くなるぞ。 早く行け。」

と言った。

その一言に利隆と多一は救われた。

多一も、ここは一刻も早くこの場を立去ったほうが得策

と判断し大きな声で

「おじいちゃん、行ってくるね。」

と元気よく言った。

その多一の咄嗟の判断を藤蔵は受け入れてくれた。

「ああ、行って来い。 美紀子さん、頼んだよ。」

こうなっては美紀子も、ここでこれ以上利隆と言い争う

ことはできない。

「はい。」

とだけ美紀子は答えた。

「ほら行くよ。」

「うん。」

二人は駅に向かって歩き出した。



新しい自転車を買うことを快くおもっていない美紀子は

しばらく歩いたところで

「あの人ったら、まったくもう。」

とつぶやいた。

一方、多一は心の中で、

「自転車が新しくなる。」

とつぶやきにんまりとしていた。

多一は突然として歓迎すべきことが向うからやってきた

ので、つかの間ではあるが手術の恐ろしさを忘れること

ができた。








やがて病院に着いた。

病院は池袋にある個人病院で川越街道の南側に面していた。

多一は扁桃腺の手術の事前検診のために一月ほど前にこの

病院に来ていた。 

そのとき初めて院長先生に会ったのだが、院長先生は温和

で優しそうな人であった。

多一はおっかない先生だったらどうしようと、そのときま

では不安に思っていたが、そのとき以降はすっかり安心し

ていた。 

病院に着いた二人は薬局と事務所を兼ねた受付に立ち寄った。

事務員さんは入院に必要な書類を美紀子に渡し記入方法を説

明している。

多一は美紀子のそばに立っていた。

手術は十時から始まることになっているのでまだ三十分ある。

美紀子は多一に待合室で待っているように言った。

「うん。」

多一は待合室の扉を開けて中に入った。

そのとき待合室には二人の患者がいてそれぞれが病院備え付

けの雑誌を読んでいた。

待合室で手術が始まるのを待つ間、多一の心は重くなる一方

であった。 






そして、とうとう手術の時間になった。

多一は美紀子の後から重い足取りで診察室に入った。

診察室は明るくて清潔な感じがした。

この病院は耳鼻咽喉科だから歯科医院にあるような椅子式の

診察台で診察をする。

院長先生の指示で多一はそれに座った。

院長先生は手術の準備をゆっくりとした調子で進めている。

手術用具がカチャカチャと音を立てているのだが、その様子

は多一の座っている診察台からは見ることができなかった。
 
これから手術を受けようとする者にとってその音は決して気

持ちの良い音ではない。 

院長先生は多一の恐怖心を少しでも和らげようとしてくれた。

「今は夏休みだけど、毎日何をして遊んでいるの。」

「学校のプールで泳いだり、軍艦の模型を作ったりしてい

るの。」




因みにプラモデルは日本ではこの年(昭和三十三年)に世に出た。

だが世に出たばかりのプラモデルを多一はまだ見たことがなかった。

多一が作っている「軍艦」は木の模型であった。




院長先生は多一の言った軍艦という言葉に

興味があったようだ。

「ヘー、何という軍艦。」

「古鷹。」

「古鷹かぁ。」

「院長先生は『古鷹』知っているの。」

「うん、知っているよ。 昔の海軍の重巡洋艦だね。」

と院長先生は答えて「古鷹」に関するいろいろなことを教えてく

れた。

例えば「古鷹」という艦名の由来についても、それは海軍兵学校

のそばにある古鷹山から来ているということなどを分かりやすく

教えてくれた。

多一は「古鷹」のことを詳しく知っている院長先生をすごいなと

思った。

藤蔵も利隆も多一が軍艦の模型を作っているのをみて、それぞれ

にその艦名を聞いてきた。

そこで多一はそれが「古鷹」であることを告げたのだが二人とも

「古鷹かぁ。」

と言うだけであった。

二人がどの程度「古鷹」のことを知っているのか多一には分から

なかった。

多一は「古鷹」に関することを、ここまで詳しく知っている人に

初めて出会った。

多一は院長先生に尊敬の念を抱くと同時に親近感も覚えた。

不思議なもので、それにより多一の心の中にある手術の不安は

多少薄らいだ。 





しかし、それも次の瞬間に一変した。

「手術が終わるまで手と足を動かないようにするからね。」

と院長先生が静かに言った。

手術中に多一が暴れて動いたりしないように紐で多一の腕と

足を診察台に固定するというのだ。
 
「えっ。」

多一はびっくりした。

手足を固定するなんて想像もしていなかったから驚くのも

無理はなかった。

手と足を固定しなければならないほど扁桃腺の手術は痛い

ものなのかという恐怖感が多一を襲った。

でも、もうどうすることもできない。

看護婦さんが多一の腕を肘掛に固定する。

それを美紀子はジッと見つめながらこう言うのであった。

「すぐに終わるからね。」

お母ちゃんにどうしてそんなことわかるの

と多一は心の中で不思議に思った。

あっという間に多一の手足はしっかりと診察台に固定され

てしまった。 

「きついところはないかな。」

と看護婦さんが聞いてきたので多一は

「大丈夫。」

と短く答えた。





「先生、準備ができました。」

看護婦さんが院長先生にそう報告をした。

「はい、分かりました。 それではお母さんは待合室で待っ

ていてください。」

と院長先生は美紀子に待合室で待機しているように言った。

「それでは、どうぞよろしくお願いいたします。」

と美紀子は院長先生と看護婦さんに深々と頭を下げたので

あった。

多一にも

「じゃあね。 手術が終わったらお父ちゃんから新しい自

転車を買ってもらえるんだから頑張るんだよ。」

と言って診察室を出た。

それを聞いた院長先生は

「へえ、良いなぁ、新しい自転車を買ってもらえるの。 

だったら頑張らなくちゃね。」

とニッコリしながら多一にそう言った。

看護婦さんも

「わぁ、新しい自転車を買ってもらえるの、いいなぁ。」

と同じようなことを多一に言った。





やがて、院長先生は

「じゃ、手術の前に麻酔するよ。 はい、大きく口を開いて。

はあい、そうそう。 いいかい、ちょっとチクッとするよ。」

と静かにそう言いながら麻酔の注射針を下の奥歯の歯ぐきに

差し込んだ。

「ウグ。」

と多一が呻いたとき、看護婦さんが慣れた手つきで多一の

頭を両手で押さえ込んだ。

チクッとするからね、とは真っ赤な嘘で強烈に痛かった。

もしあるならば、前もって飲み薬の麻酔薬を飲み、その効

き目が出た後で、この麻酔注射をしてほしかった、と思っ

たほどの痛さであった。

そして、あまりの痛さにとうとう多一は泣き出してしまった。

麻酔注射は一本だけではなかった。

多一は院長先生が麻酔注射を打ち終わるたびに、まだ注射す

るのかなと不安に思った。

麻酔注射は四本打たれた。

やがて麻酔が効いてきたようで、喉の奥から口全体にかけて、

いつもとは感じがちがってきた。
 
それはとても腫れぼったい感じのするもので、多一はこれが

麻酔の効果というものなのかと思った。

院長先生は

「じゃ、すぐに終わるからねぇ。 大人しくジッとしている

んだよ。」

と静かに言った。

多一は黙って頷いた。

いよいよ手術の始まりである。

多一は怖いので目を閉じた。

院長先生は多一の口の中に手を入れてさかんに動かし始めた。

多一はこれからどんな恐ろしいことがあるのだろうと大きな

不安に駆られている。

院長先生は無言で多一の口の中でさかんに手を動かし続けて

いる。

麻酔が効いているので痛くはなかったが院長先生は喉の上の

ほうをいじっている。

しばらくして、ハサミのような形をした金属製の物が自分の

口の中に入れられたことに多一は気づいた。

院長先生がそれを多一の口から取り出そうとしたとき、それ

は何だろうと思った多一はわずかに目を開けてみた。

するとそれは坩子であった。

あっ、坩子だと気づいた瞬間に多一は思わず身を硬くしてし

まった。

自分の家の工場で作っているような坩子がまさかこの場で

使われようとは夢にも思わなかった。

多一はメスも怖いのだが、何故かそれ以上に坩子を恐れていた。


 
院長先生はまだ多一の口のなかでさかんに手を動かし続けて

いたが、やがて

「じゃ、取るからね。」

と言って一呼吸置いた。

そのすぐ後で、喉の奥の粘膜が口の外に引っ張られるような

鈍い感覚があった。

「ウエッ、ウエッ」

と呻いて多一はさらに泣き出した。
 
「はーい、痛くない、痛くない。 よし、これを取れば

お仕舞いだ。」

と言ったそのすぐ後で院長先生はグイと力を入れて手を

動かした。

「ウググ、オエ」

多一の口から呻き声と泣き声が混ざった大きな音がした。

「ようし、取れた。」

と院長先生が言ったので、多一はこのときばかりは目を

開けて自分の扁桃腺を見てみようと思った。

多一は恐る恐る目を開けた。 

「えぇ、なんだ、これ。」
 
多一がそのとき見たものが、はたして多一の扁桃腺だった

かどうかは定かではないが、真っ赤な梅干の種のようなも

のがステンレス製のソラマメ型のお皿の上にポンと置かれ

るのを多一はチラッと見た。

それはなんとも気味の悪いものであった。




「この子の扁桃腺は大きいねぇ。」

と院長先生はやれやれといった表情でそう言った。

そして引き続き、扁桃腺を取った後にできた傷の手当てを

してくれた。

それは、喉に何かが当たって押されるような感じがした。 




やがて手術はすべて終わった。

しかし、多一はまだ身体を震わせて泣いていた。

「はあい、もう終わったよ。 よくがんばったねぇ。」

と言いながら看護婦さんは、多一の手足を固定している紐を

解きその後、待合室で待っている美紀子を診察室に呼び入れた。


美紀子が診察室に入ったとき、緊張から開放された多一はぐっ

たりとして泣いていた。 

多一の様子を見た美紀子は院長先生と看護婦さんに向かって

「どうも有難うございました。」

と頭を下げた。 

多一はそれをみて、本当に終わったのと言おうとしたが声を

出すことはできなかった。

そして、多一は喉のあたりの感覚がおかしいことに気づいた。

まるで喉に大きな空洞ができたような感じがする。

扁桃腺を取ったのであるから、それまで扁桃腺があったとこ

ろには当然穴が開いているであろう。

院長先生は

「三日ぐらいでお粥のような柔らかいものなら食べられる

ようになるからね。 それまでは牛乳を飲ませてください。」

と言った。

さらに院長先生はその他の細々としたことを美紀子に説明し、

それを美紀子は頷きながら小さなノートにメモしていた。

その説明が終わったとき院長先生は

「はい、じゃー、上で寝ていなさい。」

と言ってニッコリと微笑んだ。

その言葉で二人は診察室を出て二階の病室

へ向かった。






多一は手術で受けた精神的なショックと、まだ残っている麻

酔のせいで階段を昇るのも辛かったが、それでもやっとの思

いで病室に辿りついた。

そこにはベッドが二台並べられていた。

手術をする前にはあれほど憧れていたベッドだが、そのとき

の多一は自分がベッドに憧れていたことなどきれいに忘れて

いた。

病室に入った多一は、まずズボンを脱いでベッドの上に上が

り、次にシャツを脱ぎ、この日の為に祖母のゆきが買ってく

れた多一の好きな青い色のパジャマに着替えた。

着替え終わった多一はベッドの上で体を横にしようとしたの

だが、そのとき喉に大きな違和感が走った。

その感覚はそれまでに経験したことのないものであった。

麻酔はまだ切れてはいない。

だから痛くはない。

それでも思わず、ウウーッと顔をしかめて耐える多一。

懸命に耐える多一をせつなさそうに見守る母の美紀子。

美紀子の

「大丈夫?」

という言葉にも反応できず、ただじっとしているだけの

多一。

美紀子はもう一度

「痛いの? 大丈夫?」

と聞いてみた。

その言葉に暫くしてから、ゆっくりと小さく頷く多一。

美紀子も多一の切り取られた扁桃腺を見たのだろうか

「あんなに大きな扁桃腺を切ったんだから、そりゃ痛い

だろうよ。 よく頑張ったよ。 えらかったよ。」

と言ってくれた。

その言葉に多一はゆっくり小さく頷き、それから静かに

身体を横たえた。

美紀子は多一の身体の上にそっと布団を掛けた。

糊のきいたシーツの感触がとても気持ちよかった。



やっと楽になれてホッとしたが、このとき多一は手術を

したことを痛烈に後悔した。
 
想像していた以上の痛さと恐ろしさをイヤと言うほど味

わった直後の八歳の子供にとってそれは至極当然の感情

であった。
 
多一は、もうどんな病気に罹っても絶対に手術なんかし

ないと決意した。




だが、その後悔の念と強い決意の裏側には父利隆が買って

くれることになっている新しい自転車の姿がぼんやりと見

えていた。

しかし、手術直後の多一の心はそれでも晴れることはなかった。


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