多一が柔道を習い始めた頃、東京では新しい型の犯罪で
ある「通り魔事件」が発生した。
それまで日本には「通り魔事件」のような犯罪はなかった。
犯行の手口は、夜道でいきなり若い女性を刃物で切りつけ
るという残忍なもので、それにより生命を落としてしまっ
た気の毒な女性も数人いたのである。
年頃の娘を持つ親はそれこそ大変に心配したものである
そして、この通り魔事件の犯人はなかなか捕まらなかった。
そのため警察を批判する声も日増しに大きくなっていった。
多一も「通り魔事件」という物騒な犯罪が出現したことを
子供なりに重く受け止めた。
多一は子供ながら社会的な事柄には敏感であった。
多一は当時から新聞の社会面などをよく読んでいた。
同年代の子供に比べると少々ませていたのもそのようなこ
とが原因なのかもしれない。
多一は新聞を読む度に、それまでなかった新しい型の犯
罪の出現や従来からあった凶悪な犯罪の発生件数が増え
てきていることを感じていた。
多一に兄弟はいないが、それに近い存在の人物はいた。
叔母の芙美子である。
まだ幼い頃、家の中に遊び相手がいなかった多一は芙
美子が学校から帰ってくるのを待ちわびていた。
そして、芙美子が学校から帰ってくると早速、遊んでも
らおうと二階にある芙美子の部屋に行ったものである。
芙美子も多一を弟のように可愛がり一緒になって遊んで
やることが多かった。
芙美子は学校の成績も良く中学や高校の試験では常に
トップクラスの成績であった。
高校では新聞部に入っていて、三年の時には部長とし
て活動した。
その頃の芙美子の将来の夢はジャーナリストになり、
行く行くは作家になることであった。
読書家の芙美子は「ペンの力」を知っていた。
芙美子は「ペンの力」は個人や社会に影響を与え、その
在り方や進むべき方向を示唆できるものであることを
知っていたのである。
「ペンの力」で何かを表現しようとする者には高い能力
が求められる。
しかし、そこには男女の区別はあっても、いわれなき差
別は存在しない筈である。
芙美子はそのような職業に就いて自分の能力を試し、向
上させたかった。
一方で藤蔵は芙美子のその夢を高く評価するのであるが、
それは芙美子の幸せを遠ざけるものになりはしないかと
も考えていた。
芙美子がジャーナリストとして、そして作家として成功
してほしいのは勿論だが、父親としては芙美子に女とし
ての幸せもつかんでほしいのである。
しかし、芙美子が女の幸せをつかむチャンスは、これか
ら先の芙美子の人生で何度かあるだろうが、ジャーナリ
ストになれるチャンスは今しかないのである。
そう考えた藤蔵と芙美子は、今はジャーナリストを目指
して勉学に励むべきであるという結論に達した。
芙美子はその後大学に進み、念願叶って新聞社に勤務し
ている。
芙美子は仕事の都合で帰りが遅くなることが多い。
多一は芙美子の帰宅が遅くなっても、それまでは別段気に
もしていなかったが「通り魔事件」の発生後は芙美子の身
が案じられて仕方がなかった。
多一は芙美子の帰りが遅い時など芙美子が「通り魔事件」
の被害にあっているのではないかと本気で心配し、その為
になかなか寝付けなかったことが何度もあった。
しかし、東京には何十万人という若い女性がいるのである
から、仕事を終えて帰宅途中の芙美子が「通り魔事件」に
遭遇する確率も当然のことながら、何十万分の一というこ
とになる。
だから、よほど運が悪くない限り芙美子が「通り魔事件」
の被害者になる恐れはないのであるが、それでも小学生
の多一は心配なのであった。
芙美子の帰りが遅い時など
「どうか芙美子叔母ちゃんが早く無事に帰ってきますよ
うに。」
と布団の中で神様にお祈りをしたものだった。
そして
「ただいま。」
という芙美子の声を聞いて、ようやく安心して眠るので
あった。
その後も「通り魔事件」の犯人はなかなか捕まらなかった
が、最初の事件が発生して半年ほど経ってようやく犯人が
捕まった。
「やっと犯人が捕まったな。 これで芙美子叔母ちゃんも
安心だ。」
半年間に亘って夜毎多一を不安に陥れた心配の種は消えて
なくなった。
これで多一は毎晩安心して眠ることができるようになった。
だが、芙美子の身を案じて多一がなかなか眠れなかったこ
とを知っている者はいまだに誰もいない。
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