07年5月19日 面接練習から2週間が経った。私は、何とか、派遣先での面接を無事終わらせ、働いている。 ここの工場は自動車の部品を作っている。私がやっている仕事は、流し台程度の大きさに薬品を入れ、そこに製品を入れて製品の強度をあげる仕事だ。ただ、この薬品はかなりの劇物だ。 詳しく言われてはいないが、少しでも薬品に触れると、火傷のような痛みが走ると聞かされた。だから、絶対に保護具を付けないで仕事をするなと注意を受けた。だから、仕事をする時はいつも保護具としてゴム手袋に腕カバーを着けている。 そして、工場の仕事は毎日同じ仕事だ。最初の一週間は仕事のやり方を教えてもらったが、それ以降は教えてもらう事が無かった。理由は単純作業であり、実際の話、これならバイトでも出来る。 いや、新人なんだから、それが当たり前だ。新人が色々な仕事が出来る訳が無いんだから、同じような仕事になるのは当たり前だ。専門学校時代の友達も電話で毎日同じような仕事をしていると聞く。だから、自分だけ例外と言う事は無い。 しかし、ここの会社の人はとても暗い。自分が挨拶しても返ってこない。昼食でも100人は入る大食堂でも会話があまりにも無く、お通夜でもしているような静けさだ。休憩の時も一部の人は明るいが、それでも、その明るい人は大抵は人の悪口で盛り上がり、大抵の人は1人でジュースやタバコを吸って休んでいる。そして、休憩時間が終わると無言で静かに仕事場に行く。まるで、幽霊のようだ。 そして、仕事は、精神的にも身体的にもキツイ。工場の仕事は時間が勝負だ。それは秒単位でだ。 出来た製品は、ボタンを押して隣の製造ラインに送らないといけない。そして、それを送ると休むまもなく、新しい製品が来る。 少しでも遅れると後の製造ラインが仕事無くなり、前の製造ラインから来た仕事がたまる。それにより、全体の製造ラインに影響が出て他の製造ラインから文句を言われる。 一応、30代後半の先輩はいるが、あまり助けてくれない。その先輩も機械を動かす事で精一杯だ。人を助ける余裕は無い。だが、2週間しか経っていないのに、完璧を求められるのはかなりの負担だ。けれど、社会人だからそんな甘えた事を言ってられない。 そして、毎日立ちっぱなしで腰が痛む。そのため、整骨院に通うが、そのお金も馬鹿にはならない。同僚達も疲れが酷く、飲みに行く事はない。先輩達が飲みに誘われた事はない。いや、あんな、暗い人達が自分以外の、他の人に飲みに誘う所はあまりイメージが無い。言っても口だけだ。事実、違うラインにいる同僚も誘われた事が無いと言う。例え、誘われても疲れているから行かないと言っていた。 唯一の楽しみは週末で同僚と集まる麻雀だ。それ以外何も面白くない。みんな、疲れて外には出ないが、麻雀を打つ、メンバーは近所に住んでいる為、比較的集まりやすい。そのため、みんな、酒なり、菓子なり持ちよって集まる。 そして、今日はその週末。場所は芳賀さんという年が一つ上の男の家だ。そう、面接練習の時に隣に座っていた男の名前だ。 昼頃、少し汗を掻きながら私は手に干物を持って芳賀さんのアパートに着く。芳賀さんの部屋は3階にあり、私は階段を登る。家の建物はかなり綺麗な建物だ。建ててから5年も経っていないだろう。私の所は少しぼろいのでこの綺麗なアパートが羨ましいと思う。階段もかなり白い。 そして、階段を登りきり、廊下の方も歩くが、汚れ一つ無いと言うのは言いすぎだが、それでも、かなり綺麗だ。 私はそう思いながら、部屋に着き、チャイムを押す。あわただしい音を出しながらドアが開いた。 芳賀さんは「よく来たなと」言って機嫌良く中に入れた。この機嫌の良さからメンバーが揃い、嬉しいのだろう。 そして、芳賀さんは部屋に入れてくれた。何度かここに来たが、あいからわず、この部屋は広い。広さは8畳もあるからだろう。おまけに部屋はいつも清潔に保っている。男の一人暮らしとは思えない綺麗さだ。 週末で打つメンバーは私と芳賀さんは固定だが、あとの二人分の席は日によって変わる。理由は様々だが、大抵は仕事の疲れで寝たいと言うのが多い。やはり、あの工場の仕事でかなり堪えているようだ。相当、麻雀が好きではないと、わざわざ集まったりしない。その点、私と芳賀さんはかなりの麻雀好きだ。役やスジなどの麻雀の基本的な知識はある。 けれど、私達の打ち方は正反対と言って良いほど違う。 私の打ち方は安全な打ち方を中心としている。相当、牌が良くない限りは高い得点は狙わない。大抵は安い手でコツコツ上がり、そして、相手がリーチを掛けてきたらべた降りをしてロンを言われない打ち方だ。 だが、芳賀さんははどんな局でもリーチを狙い、高い手を狙う豪快な打ち方だ。それは例え、相手がリーチを掛けてきても、べた降りなどせず、高い得点を狙う男だ。たまにリーチを掛けずに上がる狡猾さもあるが、私にとってはそういう小細工も見え見えだ。この豪快な打ち方を見ていると、この綺麗で繊細な部屋を維持しているのが他の人がしているんじゃないかと思ってしまう。 そして、局が終わるが、毎回、勝負の結果は私がトップになり、芳賀さんはビリになる。いつも芳賀さんから掛け金をもらっている。 私達は酒やつまみを食べて深夜まで打ち続ける。深夜になると、私以外のメンバーは自宅に帰る。さすがに日曜日はたっぷり寝たいそうだ。私も寝たいと思っているが、芳賀さんは逃がさない。負けるのが悔しい芳賀さんは私を捕まえる。私自身も負けるのが嫌いなので手を抜かない。結果2人だけで永遠と打つ事になる。そして、いつものセリフを出す。 「なあ、どうして、毎回、自分、負けるんだ」 私は打ちながら、 「いや、普通に危ない牌を切るからですよ」と、苦笑いする。そして、芳賀さんはこう切り返す。 「だってよ。危ない牌を切ってでも大きな役を相手に見せたいだろ。その方が面白いし」 ため息が出る。考え方の違いが痛い。けれど、相性が良いのも事実だ。そうじゃなければ、2週間続けてここにいる訳が無い。そして、話しながら打つが、やはり、芳賀さんは危ない牌を出しては負けを繰り返していた。 「ああー何かこう、手っ取り早く、勝ってる方法はねえのかな」と愚痴る。 私は「そんな、方法はありません」と言って牌を切る。もっとも、私は、芳賀さんが負ける理由を知っている。 危ない牌を切るのもそうだが、芳賀さんの場合、良い牌が来ると左手で首筋をさする癖がある。私はそれを見抜き、上がりそうだなと思ったら、すぐにべた降りをする。他のメンバーも癖があり、私はそれを見抜いている。そのおかげであまり負ける事が無い。昔からカードゲームや花札などをやっているせいか、相手の動きに敏感になっているみたいだ。あと、暇つぶしに読んでいる本のせいもある。 そして、芳賀さんは、また首筋を擦った。私は安全な牌を切る。そのまま、流局になる。 芳賀さんは「また負けた」と言って笑って言う。この明るさを工場に欲しい。 そのまま、次の局を打つ。淡々と私は打つが芳賀さんは色々と話し掛けてくる。 「そういえば、お前は何でここに入ったんだ?」 「ああ、3年働いたら正社員登用になれますから、それを使ってやりたい仕事をする為です。地元の北海道は職が全く無いんで、芳賀さんは?」 「自分は、物を作るのが好きだから、工場に入ったんだ。まあ、ここの会社のような単純作業ではなく、新しい物を考えて作るのが好きなんだけどな」 なるほど。芳賀さんは私と同じ考えで入社したんだ。3年働いたら部署異動があるのを狙ってきているのか、でも、一つ気になる。 「でも、それなら、直接、研究所とかに入ったほうが良かったんじゃないですか?」 それを言うと、芳賀さんは苦笑いしながら、 「出来ればそうしたかったんだけど、研究所は大学院出身者じゃ無いと、ほとんど求人が無いんだ。おまけに倍率が低い」と言いながら牌を打った。 私はそれに「ああ」と言って頷く。 芳賀さんは私と同じ専門学校卒業者だ。だが、専門学校卒業者は基本的に大学に負ける。 資格や免許がいっぱい取れる専門学校だが、それはかなりの特異的な資格を持っていないと効力は発揮しない。芳賀さんの資格は良く分からないが、私の場合そうだ。 私は、元々、事務所や銀行に働きたいと思っていた。けれど、面接が苦手で受からないという結果だった。おまけに求人が無かったと言ってもいい。いや、該当する求人資格が無かったと言った方が良い。 数多くの資格の中に、私は銀行や事務所に働くのに必要な、日商簿記2級やファイナンシャルプランナーと言う資格をもっている。けれど、それだけじゃ駄目だ。いくら、履歴書を送っても書類審査で落とされる事がある。理由は大卒じゃないからそうだ。 求人を見てみるが、専卒よりも大卒を求める求人が多かった。正直、悔しかった。どうしても行きたいと思った求人も大卒じゃないから行けない。履歴書を送った事もあるが、無視されてばかりだ。知識や資格ならその辺の遊び呆けた学生に負けない自信はある。けれど、世間は学歴を中心に見る。正直悔しい。 芳賀さんも同じような事があったんだろう。あんなに面接が上手く楽しい話が出来る人間でも、学歴には勝ってないのだ。同じ様に学歴に悩まされた芳賀さんはとても身近な存在に感じた。
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