2010年の夏 薄暗い廊下。僕は紺色の制服を来た男と一緒に歩いている。 けれど、制服の男とは一切話をしない。せいぜい、事務的な言葉のみ。 まあ、仕方ない。その男とは特に関わりもない。あっても、業務で道案内をしていてくれる程度の関わりなのだから。 僕はそう思いながら、一緒に歩いていると、制服の男はある一つの扉に立ち止まった。僕も一緒に立ち止まる。 そして、男は「どうぞ」と言ってドアを開けた。僕は少し息を飲み、ドアの中に入った。僕の人生でこんな部屋に入るとは思わなかった…… 道案内をしてくれた男は、僕が中に入る所を見ると早々にいなくなってしまった。男も仕事中だから用が済めばいなくなるのは当たり前か、 僕はその部屋を見渡す。その部屋の広さは、銀行の窓口でしきられた様な狭い部屋。蛍光灯は付いていたが、それはとても薄暗かった。そして、部屋の真ん中には透明なガラスで仕切られ、声が聞こえるように穴が空いていた。 さらにしきりの向こうには、ここより2倍位の広さの部屋で扉があった。けれど、しきりの向こうには行こうと思っていけない。まあ、奥の部屋に行き来き出来たらこの部屋の存在意味が無くなってしまう。 とりあえず、僕はガラスの手前にある椅子に座り、ある男を待つ事にした。一番会いたかったけど、一番会いたくない人間に……
軽く、5分くらい経った頃。奥の部屋のドアが、がちゃりと音を立てた。そして、男が入ってくる。しかし、それは僕が望んでいる男ではない。道案内をした男と同じ制服を着ていた。多分、僕が会いたい男を道案内……いや、先導して連れてきたのだろう。 そして、すぐ後ろに僕が会いたい男に会う。そして、その顔が同時に憎さが沸き出る。 二人の男は各々と自分の席に座る。制服の男は後ろの方に机に座り、僕達の会話を記録する為に学校にある日誌のような物を机の出して鉛筆を走らせる。 もう一人の男は僕のガラス越しで対面する形で座り、いつもの軽口が始まる。 「久しぶりだな。弟。元気にしてたか」 あいからわず、兄貴は僕に挨拶するだけは軽口で話す。僕も同じように返す。 「久しぶり。兄貴。5年ぶりに会っても変わらないな」 僕は皮肉をこめて言う。しかし、兄貴はいつもの調子で、 「それが兄の良い所だ」 皮肉を言われても屁理屈で返すのは昔から変わらない。けれど、変わっていないのに兄貴がこんな所にいるのは今だに信じられなかった。 「兄貴はなぜこんな所にいるんだ」 僕は少し怒りを込めて言った。それとは対照的に兄貴はいつものように、 「んー成り行きかな?」 「成り行きで詐欺なんかするな!!」 そう、ここは留置所だ。兄貴は詐欺容疑で警察に捕まり、このせま苦しい留置場に居るのだ。そして、いつも、重大な事もこんな風に誤魔化す兄貴。おちゃらけているが、心の中は一切光が通さず、自分の本心は絶対に語らない。昔からそうだ。根は明るいけど、悩みは自分で解決していた。それは周りに心配させないようにするためだ。そのせいか、本心を語らないようになってしまった。 「兄貴は知っているのか!! 兄貴が警察に捕まったと聞いて母が倒れたんだぞ」 兄貴は母親の事を聞いて少し顔の表情が微妙に変わった。けれど、いつものように余裕のある顔に戻る。そして…… 「それは悪い事をしたなあ。すまぬなあ」と軽く頭を下げた。 僕はその姿を見て怒鳴りつけたかった。いつものように軽い謝り方が事の重大さを分かっていないように感じたからだ。しかし、後ろの制服の男が身構えている。このまま怒鳴りつけると追い出されると思い、心を休める事にした。 「とりあえず、兄貴はこの後どうなるのか、警察の人と話しただろう。少し、話せ」 「ああ……確か留置所で何日か過ごしてその後、拘置所に連れていかれて裁判が終わったら刑務所に行くみたいだなあ。ある意味出世コース」 「転落のなぁ] 本当に疲れる。このおちゃらけを直して欲しいと思った。
僕は兄貴と色々と話した。特に失踪していたこの3年間はどこで何していたかについて問いだした。しかし、兄貴はのらりくらりとその話を避けていく。僕は苛立ちを堪えながら話を聞き出そうとした。しかし、面会時間が徐々に無くなっていた。 「弟よ。そろそろ、時間だなあ」 兄貴は勝ち誇った顔をした。いつも見てもこの顔は腹が立つ。 僕はこの馬鹿兄貴になぜこんな振り回される。正論が屁理屈に負けている。話しているだけで苛立ちがますます募った。そうやってイライラしているといきなり兄貴の口調がやわらかく変わった。 「そういえば、弟よ。昔、神社で遊んだなあ」 「神社??」 「そうだ。神社だ。あの石段が、中途半端な山みたいな、高い神社。よくその神社の境内で遊んだろ」 何を言っているか、分からない。あんな、高い所は昔も今も疲れるから登らない。せいぜい、初詣に行く時くらいだ。なのに、兄貴は訳の分からない事を言っている。いつもの戯言か? 「覚えていないのか、まあ、お前が幼稚園に入る前だから仕方ないな」 幼稚園の頃の記憶はあまりないけど、少なくとも神社に登った記憶は全く無い。もしかしたら、兄貴の言う通り、小さい頃すぎて忘れているかもしれない。しかし、なぜ、いきなりこの話題になるのだろう? 「兄貴、なんで、いきなり神社の話をしているんだ」 「まあ、待ってよ。そうせかすな。せっかく兄弟一緒にいるんだから思い出話をしようや」 神社には思い出はない。記憶が無い。登るのが辛いから登らなかった。その前にもう面会時間が無くなるだろうに思い出話しをする時間も無いだろう。しかし、兄貴は話しを続ける。 「んでさ、その神社に一本だけものすごく大きな木があるだろ」 確かにあるなあ。よく覚えていないから自信は無いけど、確か、社の裏側に大きな一本の木がある。けれど、思い出を話しをするほど特に思い入れは無い。 「んでよ。15年前にあの木の下にタイムカプセルを埋めたろ。そろそろ、開封したいから開けて持ってきてくれないか?」 「断る」 即答した。 何で、兄貴の言う事を聞かないといけないんだ。兄貴のせいで母親が倒れて大変な事が起きているのに、なぜ、馬鹿兄貴の言う事を聞く必要があるのか、 僕は心の底から言った。しかし、兄貴は気にも止めず、「んじゃあ、任せたわ」と言って奥のドアの中に消えていった。
昼とも夕方とも取れる微妙な時間。たまに来る札幌駅はいつもながら人が多く行き交っている。やっぱり、北海道全体の交通機関がほとんど繋がっているからだろう。おまけに夏休みだから、本州から遊びに来る人も多い。 そう、僕もその中に混じって遊ぶ学生に違いなかった。いつもと変わらないはずだった。 昨日の朝もいつもと変わらない高校最後の夏休みを自宅で満喫するはずだった。 僕は高3だけど、地元で就職する予定の僕は、のんびりとした朝ご飯を食べていた。そんな時、一本の電話が鳴った。 母は「電話を取って」言ったけど、僕はご飯を食べているからそれを断った。母は何度も言ったが、僕がめんどくさがり屋だと分かり、仕方なく、自分で取りに行った。 母は明るい声で電話に出た。あいからわず、電話越しなら元気だなと思った。母は人見知りが激しいから人の顔を見て話すのが苦手らしい。けれど、電話なら顔を見なくて済むから平気らしい。その辺が僕にはよく理解は出来ない。 電話をしているうちに母の声が徐々に沈んでいき、ただ、「はい」としか言わなくなった。 少し違和感を覚えた僕だけど、少なくともあまり良い話じゃないと察し、何も聞かなかった。でも、今度は耳に響くように声を荒げるようになった。それは隣のアパートの住人に聞こえるんじゃないかと思うくらい大きな声だった。 そして、僕は「静かにした方が良いよ」と言おうと思った時、けど母の目つきが恐く、それを言うのは躊躇してしまった。 そのまま、話しを聞いていると母は「息子がそんな事はするわけが無い」や「おかしな事を言わないで下さい」の一点張りだった。何の話しをしているか良く分からない。ただ、一つ気になったのは『息子がそんな事を』と言う言葉。 息子と言う事は僕の事だろう。でも、何か悪い事をしただろうか? 僕は色々と考えたけど、電話されてまで悪い事をした覚えが無かった。とりあえず、僕は電話に聞き耳を立てた。けれど、母は何かに疲れたような顔をして電話を置いてしまい、特に聞く事が出来なかった。 母は電話を置いた後、疲れた顔をしながら体をソファに預けた。 疲れた顔をした母を見て、さっきの電話の内容を聞く事に少し悩んだ。けれど、たった5分の電話にここまで疲れるのは異常だと思い、さらに『息子がそんな事を』と言う言葉をとてもじゃないけど、自分の事じゃないと思ったからだ。 「お母さん。先の電話は……何だったの?」 母はゆっくりと僕の顔を見た。けれど生気が無い顔を見たまま、何も話さない。あまり、明るいとはいえない母親だが、ここまで暗いのはおかしい。さっきの電話が原因だと言うのは明白だ。 僕は母が何を聞いたか知りたかった。けれど、聞いていいのかと、母の顔を見て悩んでしまった。 けれど、そんな悩みをしている間に母は小さく口を開いた。 「圭介が……見つかった」 「兄貴が見つかったの」 僕は驚いた。本州に働いきに行き、その後、2年前に突如連絡を絶った兄貴が、いきなり見つかったという事に、 いつも、おちゃっらけていて元気な兄貴であり、勉強を頑張り、色々な資格を取っていた兄貴。 さらに色々な知識があり、特に経済と法律についてはかなりの知識があった。そんな、知識豊富の兄貴の失踪は、僕にとって尊敬の対象が消えた瞬間だった。母もそんな立派な兄貴の事を可愛がっていた。僕よりも…… しかし、母はなぜ兄貴が見つかったことを喜ばないのだろ。僕と同じ以上に……いや、それ以上に喜ぶはず。それは天国に昇るようなすごい喜びようだ。なのに、今の母にはそんな喜びを微塵にも感じない。どちらかと言うと、天国から地獄に突き落とされたような落ち込みようだった。 「圭介は留置所にいる」 「えー」 沈んだ声で母は兄貴のいる所を言った。それは想像をしていない所だった。
あの後、母から兄貴の今まで何をやっていたのかを話してくれたが、あまり細かい事を話してくれなかった。ただ、詐欺を行い、札幌の留置所にいるということしか話してくれず、そのまま、寝込んでしまった。 僕は、なぜ、そんな事をしたのか知りたく、地元から札幌に出た。 いつもなら、札幌の友達を連れて狸小路に遊ぶ所なんだけど、今日はそう言う気になれない。 兄貴の事はとても尊敬していた。兄貴ほど勉強はしなかったけど、でも、兄貴を追いかけて兄貴が持っている資格をいくつか取っていた。それは、兄貴が失踪した後からでもだ。そして、兄貴が帰って来た時に自分がどれくらい頑張ったかを見て欲しかった。けど、兄貴は変わってしまった。あんな、姑息で汚い詐欺師なんかになるなんていると思ってもいなかった。 おまけにいつものようにはぐらかして本心を語らない。兄貴のそういう所は嫌いだ。けれど兄貴がなぜ詐欺をしたのか知りたい。けど、それを知るには兄貴の所にもう一度行かないといけない。 けど、行きたくない。どうせ、また、本心を語らないで適当にはぐらかすだけだ。 きっと、「神社のタイムカプセルを掘ったか?」とか言うに決まっている。あんな、無駄に高い神社に行く訳ないだろ。タイムカプセルなんて埋めに行かない。おかしな事を言う。ん……神社? 頭に何か引っかかる。兄貴が言っていた。『神社』と言う言葉に1つ疑問が浮かんだ。 そういえば、何で兄貴はあんな所で神社の事を言ったのだろう? 兄貴は都合の悪い話をすると、いつもはぐらかす。そして、決まってある事柄を例えて誤魔化す。例えば、大好物のケーキをテーブルに置いてあった時、僕が少しその場を離れた。そして、5分くらいして戻った。けれど、ケーキは無くなっており、代わりにクリームの付いたフォークと皿が残っていた。 僕はすぐに兄貴の仕業だと分かった。いつも、兄貴は黙って僕のお菓子や漫画を取って行くから、今回もそうだと思った。そして、兄貴は問い詰めた時、すぐに兄貴は認めた。しかし、言い訳が酷かった。 「いいか、ネコに鰹節と言う言葉がある。それはネコに鰹節の番をさせても、好物の物のだから食べてしまうと言う事だ」 「まあ、そうだろうね。何が言いたいんだ」 「兄貴はな、ネコだからあそこにケーキという鰹節があったら食べてしまうんだ。つまり、ネコの近くに鰹節を置いてあった。お前が悪い」 「んな訳が無いだろう」 そのあと、兄貴とケンカした。 だが、いつも、兄貴は適当な諺やある有名人の言葉を使って誤魔化そうとする。 ところが、兄貴は全く身に覚えの無い事を言ってはぐらかそうとした。何かがおかしい。そもそも、面会時間の終了が迫っているのに、なぜ、神社の話しをする? 普通、時間が迫っている時、一番知りたい事を聞くはずだ。例えば、今日面会に来なかった。母についてや親戚の反応など、自分の一番気になることを聞くはずだ。なのに、その時間を蹴って神社の話をし始めた。最後に話すのにそんなに大切な事だろうか? いや、大切な訳が無い。普通に考えて神社のタイムカプセルがそんなに大切な事だとは思えない。それとも、兄貴にとってはそれはとても大切なことなのだろうか? いや、例え、タイムカプセルを掘り出してもその中身が兄貴に届くとは限らない。聞く必要が無いだろう。おまけに血が昇っている僕にそんな事を言っても言う事を聞くはずが無いのは兄貴の頭ならすぐに分かるだろう。何かがおかしい。 もしかしたら、神社に本当にタイムカプセルでもあるのだろうか? いや、例え、あっても掘りに行かなければ意味が無い。でも、なぜ、言う必要があるのだろう。 待てよ。掘り出さなくても良いという仮定で話したのではないだろうか? でも、何の為に? 掘り出さなくても掘り出しても良い物てなんだ? ああ、分からない。兄貴の考えている事が分からない…… いや、待てよ。そう言えば、兄貴が騙し取ったお金がまだ見つかっていないと刑事さんが言っていた。もしかしたら隠した場所が神社の裏かもしれない。金を土に埋めとけばそうそうな事が無い限り、掘られる事は無い。けれど、もしかしたら誰かが土を掘り返すかもしれない。そして、今、自分が動けないから身内である僕に話しを掛けて預からせようと考えたんだ。 なら、その逆をやってやる。掘り出したお金を見つけて警察に送ってやる。兄貴の生き方を否定してやる。 何度も携帯の時計を見ながら電車の到着時間を待った。
無人駅のホームで降りた僕は、自転車を置いてある駐輪所に向かった。札幌駅とは違い、僕の地元の駅のホームは人込みは無く、いつも、スムーズに歩けた。そのまま、僕は改札口の近くにあるゴミ箱に切符を捨て駐輪所に急いだ。 駐輪所はそんなに大きくなく、どちらかと言うとコンビニにある白線の駐輪所みたいな、簡易的な駐輪所に近かった。 そして、利用の少ないこの駅は自転車も置かれる事が少なく、すぐに自分の自転車を見つけられた。 自転車に跨り、まずはホームセンターに向かった。出来れば、神社に向かってすぐに掘り出したい所だけど、家に掘る道具が無い。めんどいけど行かないといけない。 ちょうど神社の通り道だ。そんな、時間には影響しない。けれど、少しずつ夕陽が傾き、涼しくなって来た。早く、スコップを買って神社に行こう。このままだと、夕陽が落ちて周りが見えなくなる。そうなると掘り出す事が困難になる。早く、掘り出し、兄貴に間違った生き方を教えてやる。 いつのまにか、自転車を漕ぐ力が強くなっている事に僕は気づいた。 神社の石階段を走って登る。スコップ売り場か中々見つからず、かなりの時間を掛かってしまった。 夕陽もかなり傾き、後、30分もすると周りは暗闇で支配される。僕は焦った。早く掘り出して兄貴の生き方を否定する。いつも兄貴の事を信じていた母を苦しめた罰を受けさせたかった。 石階段を登り、鳥居をくぐった。そして、あまり距離の無い石畳を走る。 体中、汗でまみれになりながらも神社の裏に走り、そして、目的の木を探す。 神社の裏は表とは違い、木が密集している。そのため、陽が入りにくくなって周りが暗い。それが余計に夕暮れの暗さを助長させ、目的の木が中々見つからない。おまけに兄貴は『木の根元に埋めた』としか言っておらず、どの方向に埋めたか言っていない。目的の木を見つけても北側や南側で変わる。という事は周りを掘り起こさないといけなくなる。おまけに埋めた深さも分からない。そう思うとあまり時間が掛けられなかった。これなら、兄貴の話しを少しも聞くべきだったと少し後悔した。 僕は必死に探した。そして、一本だけ、同等している気を見つけ、ようやく目的の木を見つけた。 念の為、一回りをして木の大きさを確認をする。見間違えはないと思う。 僕はスコップを地面に突き刺した。昔、読んだ推理小説の中に、『周りの土が硬いのにある一面の土だけ柔らかい事があった場合、そこは近い内に掘り出された場所』だと書いてあった。もしかしたら、本に書いてある様に土が柔らかくなっている場所があるかもしれない。そうなれば、大分、手間が省ける。 僕はそう思いながら周りの土を突き刺した。そしてあった。土が妙にやわらかい所。 きっと、兄貴はここにお金を埋めたんだ。 地面を掘る。土を飛ばしながら勢いよく掘り起こす。そして、何か硬い物が当たり、その衝撃で手が痺れた。 手の痺れを取りながら硬いものを見た。それは黒い物体がだった。 僕は急いで周りを掘り起こす。そこにはかなり大きなスーツケースが埋まっていた。 大きさからして、かなり、お金が入っていて思った僕は、少し力を入れて地面にあるスーツケースを引っ張った。 けれど、そんなに重くなく、勢い余って後ろに尻餅がするくらい軽かった。よく、ドラマで現金がつまったスーツケースを持つシーンを見ていると、かなり重いと想像していたけどあれは嘘だったんだ分かった。 僕はスーツケースを開けようと思った。まさか、推理小説みたいに死体が入っている事は無いよな。僕はスーツケースのハッチを外した。 勢い良く、スーツケースは開いた。 ……見間違い、 開けた瞬間そう思った。僕は携帯を取り出し、ライトを照らして中を見た。何度も何度も確認しても変わらない。一度、スーツケースを閉めて開けてみたが、結果は変わらなかった。 中に入っていたのは札束は一つも無く、変わりに違う物があった。 団地に帰った僕は早々に部屋に入った。途中、居間に通ったが、母親はおらず、まだ自室で寝込んでいるみたいだった。父親も今は離婚して家には居ない。多分、兄貴の事件についても知らないと思う。それくらい疎遠になった。 僕は土で汚れたスーツケースを床に置こうとした。けれど、このまま置くと床が汚れる事が気になり、一度、隅に置いた。そして一旦リビングに戻り、そこから古新聞を適当に取ってその新聞紙を自分の部屋に引いた。その上にスーツケースを置いた。 僕はゆっくりケースを開けた。そこには何重にもビニール袋に包まれた。一冊のノートがあった。僕はビニール袋にやぶり、ノートを取り出す。 そのB4サイズの青いノート。よく学校に使われるようなノートと変わらない。 神社でもこのノートを見たが、周りは暗くなってしまい、おまけに携帯の電池も残りわずかだった。そのため、神社で読むのは諦め、家に持ち帰った。 僕は立ち上がり、机に腰を掛け、目通し程度にノートを開いた。 そこには日記のようだった。でも、日付の感覚がまばらだった。 毎日、書いていると日があると思えば、一週間位、日付が飛んでいるのがあった。酷い時は一ヶ月くらい書いていないのがあった。でも気分屋の兄貴ならこういう日記になっていると思う。 僕は一度ノートの中身を確認した後、今度は騙し取ったお金について、どこに消えたのか探した。 何分か、時間が経ったが見つからない。「札束」、「お金」、「埋めた」などのキーワードで探したけど、お金を隠した場所についての内容が見つからなかった。そして、ノート全体を見たが、そこにあるのは兄貴が本州出た後、どんな生活していたかと、どういう詐欺をしたかと言う内容だった。中にはその詐欺の利点と弱点が書かれており、そして、どんな法律に引っかかるかについても書いてあった。 兄貴がなぜこんな物を掘り出させたか分からない。そもそも、なぜ、こんなめんどくさい事をする。郵便の方が楽に決まっているし、確実に届く。もし兄貴の話しを無視されていたらそれまでだ。けれど、兄貴はこの日記を僕に読ましたいから掘り出させた。もし、読ましたくないなら埋めた場所を言わなければ良い。 正直気が進まない。あんな詐欺をする兄貴は嫌いだ。けれど、兄貴がこの日記を残したと言う事は何かを伝えたいはず、この日記を読む事で兄貴の心の中を触れられるかもしれない。 僕はノートの最初のページを開いた。
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