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作品名:犬を抱いたおばあちゃん 作者:福住稔

第1回   1
第一回  犬を抱いたおばあちゃん


 お嬢ちゃんと呼ばれていたのが、お嬢さんと呼ばれ、いつしかお姉ちゃんやらお姉さんと呼ばれるようになって、とうとう、おばさんからおばあちゃんと呼ばれそうな今日この頃。
 そんなある日のこと、電話が鳴った。なんだかめんどくさそうなことをごちゃごちゃ言うので、適当に返事をしておいたら、幾日か経ってその電話の主が尋ねてきた。
 A四の袋に入った数ページの用紙を取り出して、何とかの調査票なのでいついつ取りに来るから記録して置けとかなんとか・・・そのときも適当に受け取ってなんだかわけのわからないもんだから、そのままに捨て置いた。
それから、数日後、また電話があった。調査票を取りに行くので、よろしくとかなんとか言うもんだから、「そんなものは知らない」と答えると「おばあちゃんに渡しておいたのですが?」ときた。「ヌヌ、ここにはおばあさんなるものは居ませんが」と丁寧に応じると、犬を抱いたおばあちゃんに渡したと、のたまう。思わず。「この、ヤロー、テヤンデー、ベラボーメ、オトトイキヤガレ」突如心の中が江戸っ子モドキになってしまった。
それでも「それでは、おばあちゃんに尋ねておきましょう」と穏やかに答えると、「後日受け取りに参ります」と同じく丁寧に応じたものだ。
その後、受け取りに来たが、もちろん白紙で渡した。「宅では記入するほどのものがありませ〜ん。」・・・なんだかんだと言うので、「訳のわかる人が居ないもんですから」とお帰り頂いた。
 「調査に協力されませんでしたと報告しておきますがよろしいですか。」と半ば脅すように言いながら諦めて退散した後姿に、何だ自分だってとっくに五十歳は過ぎてるくせに、・・・「犬を抱いたおばあちゃん。ふんだ。」・・・生まれたばかりの赤ん坊に言われるならご傾聴のみぎりなれど・・・赤ん坊が生まれて直ぐ口を利いたのはお釈迦様だけらしいが・・・ともかく五十がらみのお前さんに言われたくねえ・・・と、またも江戸っ子になりつつ。一件落着した。
 ある日、例の犬を連れて散歩をしていた。ついでのことに、少しばかりの買い物も済ませようと、小さな袋と犬の糞を入れるための袋とを持って出掛けた。
桜も散り始め、暖かな日和。道端には黄色やピンクの花々が我こそはと咲き始めて歩くには楽しい一時期。犬を休ませて撫でていると、前から小学生の男の子が三人ワイワイ言いながら駆けてくる。
 そのとき一人の子が手に持った網の中のものを落とした。他の子も何も気付かず走り去ってしまう。「何か落ちたよー」と声をかけると、三人とも一緒に後戻り、落とした主が、「おばさん、ありがとう」と言った。半世紀は隔たりのある若輩なれども長老に気遣うこの麗しい姿勢。「いいえ」と答えて、ほら見ろ。おばあさんじゃないおばさんじゃないか。なんと謙虚な、この子は将来立派な人になるであろうと思いつつアンケートの主のことを思う・・・大体女という奴はいくつになっても謙虚さが身に付かない。・・とこの間の女のことを思い出して再び憤慨していた。
 お習字の先生の奥様だってとっくに80歳を過ぎているが「おばあちゃんなんて誰かのことだとばかり思っていたのに、いつの間にか自分がおばあちゃんになっていて、しかも最終段階のおばあちゃんに・・・」
などと健気にも哀愁を帯びた心持を暴露している。「テメエは女でありながら女に対する配慮が足りない。人間にすら程遠いのである。」とまたも、犬を抱いたおばあちゃんは、憤慨するのであった。


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