6、マラソンランナー
俺は気が付いたら病院のベッドの上に寝かされていた。ゴールを見たことは憶えているがその後のことは記憶がない。腕には点滴の注射が打たれていた。 ベッドの傍にいた妻の話だと俺は脱水と呼吸困難で倒れてしまって、そのまま救急車で運ばれたらしい。 医師は俺の検査結果を見てこう言った。 「安静にするだけですね」 「すみません。つい頑張りすぎました」 俺がそう言うと妻が横で大きく頷き、医師に、こう言った。 「先生、どうもありがとうございました。マラソンのために病院にまでご迷惑を掛けてしまいました」 「いや、よかったですよ。三年前にもこの大会で同じようにここに運ばれて来た方がいましたが、その方は心配停止が長くて蘇生出来なかったことがありましたよ。確か子供を連れた奥さんがその亡骸の側をいつまで経っても離れようとしなくて、見てて哀れでねえ---、何とかして上げられれば良かったんですがねえ」 俺は直にあの白いランナーのことだと気が付いた。妻は息を呑んだまま一言も発っせない状態でいた。 しばらくして誰かがドアをノックして入ってきた。 「川井です。7番の」 「ハハハッ、分かってますよ」 俺は妻にタイムトライアルで知り合ったことを話した。すると妻は川井に礼を言ってコーヒーを入れ始めた。川井はその隙に俺の耳元で囁いた。 「例のもの、出たんですか」 「出ました。娘さん元気ですかって聞いてきたよ」 「---」 妻がコーヒーを川井に差し出した。そのとき、また誰かが来た。 「パパ、大丈夫」 俊と利奈だった。が、その後に同じ年頃の男の子と女の子。それとそのお母さんらしき女性も一緒だった。 妻がその見知らぬ親子を紹介した。 「パパが大変だったからこちらの阿部さんのところに二人を預かってもらっていたのよ。前にも話したでしょ」 「阿部さん---ですか」 7番の男が突然声を出した。」 「失礼ですけど、もしかして2、3年前のマラソン大会でレース中に亡くなった阿部さんですか」 「---そうです。こちらのご主人が参加しているのを知って、それで何だか水を差すようで言えなかったんです。大会が終わってから言おうと思っていたんですけど」 「ご主人のご職業は飛行機の整備士だったんですね」 「そうですけど何でご存知なんですか」 7番の男は少し間を置いて話し始めた。 「実は尾崎さんが走っていると白っぽいランナーが現れて、尾崎さんのペースをコントロールしてくれていたんですよ。でもそのランナーの姿は尾崎さんにしか見えていなかった。私はそれを知ってそれは 幽体離脱かもしれないと電話で話をしたんですけどね。---そうでしょ尾崎さん」 「その通りだ」 「パパ、本当」 妻が声を詰まらせた。 「でも何故そんなことが起きたのか。今、分かりました。最初は尾崎さんと阿部さんの家族があまりにも似ていたのでそれかなと思ったんですが、そうじゃない。亡くなった阿部さんのご主人はこどもと妻が尾崎さんと家族ぐるみで仲良くなっていくのを見て、その関係を守ってあげたかったんですよ。だから尾崎さんをマラソンなんかで死なせる訳にはいかなかったんですよ。だから尾崎さんが走っていて苦しくなってくると幽体離脱が始まるように仕向けたんですよ。また安倍家と尾崎家が仲良くなるようにしたのもこの亡くなられたご主人かもしれない」 7番の男の説明に全員が息を呑んでいた。そして、7番の男は最後に阿部さんに向かってこう呟いた。 「あなたのご主人は立派な方だ。亡くなった後もあなた方親子を守ろうとしている。すごいことだ」 そう言うと子供が小さな声で呟いた。 「ぱぱ、生きてるの」 その言葉は亡くなった阿部さんの奥さんの目から涙を溢れさせ、声を押し殺すように泣かせ始めた。妻は奥さんの肩を抱いてこう答えた。 「パパは生きてるよ」
*拙い文章をもしお読みくださった方が居られましたら、是非ご批評をお寄せくださ い。よろしくお願いいたします。 作者敬白
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