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作品名:白いランナー 作者:福住稔

第1回   1
白いランナー

1、マラソンランナー

 この歳になってこんなに走るようになるとは思わなかった。
初めは脂肪の溜まりかけた自分の体を見て何とかしなければと思い、毎朝少しずつ走り始めたのだ。本当は走るより歩いた方がよいのかもしれないが俺にはそんな時間がない。
 朝、軽く屈伸運動をした後首にタオルを引っ掛けてヒタヒタと走り始める。横断歩道を渡り八幡神社の参道を抜け石の階段を一気に駆け上がろうとするのだが、そう上手くはいかない、大体途中でへこたれてしまう。その後は長い下り坂が続き、最後は農道を何度かダッシュしてやっと家に辿り着くのである。
 家では家内がまだ眠そうな顔をして朝の支度をしている。
「本当によく続くわね。私のダイエットより長続きしてるみたい」
 家内はヘトヘトになって戻ってくる私に気をつかってくれていたが、それが半年も過ぎてくると日常生活の中にすっかり溶け込んできて、何も言わなくなっていた。あの石の階段も何の苦もなく一気に駆け上がれるようになっていた。走ることが楽になってくると周囲にもよく目が行き渡るようになるもので、掲示板に貼られたポスターの内容が気になりだした。マラソン大会がどうもあるらしい。

 その日、昼休み俺は主催者である県に電話をした。
「あのう、ポスターにあったマラソン大会参加者募集について詳しく知りたいんですけど」
「はい。それは正しくはハーフマラソン大会です。参加、申し込みにつきましては少々条件がございます。詳しくは専用のパンフレットがございます。お差し支えなければFAXさせていただきます」
 すぐにFAXが送られてきた。それによるとハーフとしたのは正式のマラソンの42.195キロを約半分にした21.1キロであるということと、参加者の年齢資格を人間の活動平均寿命の半分の35歳以上としたことからとのことである。
 俺はこれだと思った。まるで俺のための大会ではないかと思った。
 俺は今年で36歳になる。妻と子供二人の4人家族である。上の女の子は今年小学二年生になる。身分は会社員である。そろそろ出世の階段を上り始めてもよいのだがまだそのような声は掛からない。まあ今のところクビの心配はなさそうであり、それで良しとしている。
 パンフレットのFAXをよく読むとさらに次のような事柄が掲げられていた。
「参加希望者は大会予定日の二ヶ月前より大会実行委員会が実施するタイムトライアルに参加して欲しいこと。その際、気になる人は脈拍や心電図の検査も無料で受けられるので是非利用して欲しいとのこと」
 何やらひどく参加者の健康状態を気にしているようだ。きっと高齢者の参加も少なくないのだろう。俺は一応大丈夫だと思おうが主催者がそこまでやってくれるのなら参加してもよいと思った。
 第一回のタイムトライアルの日が来た。俺は申し込み書を片手に県営陸上競技場に着いた。もうすでに準備運動をしている人もいる。
 玄関のドアを開けると受付の垂れ幕を掲げた長机に二人の女性が並んで座っており、数人の参加者に説明をしていた。そこで俺もその説明を一緒に聞いた。それによると隔週日曜日、朝10時に集合とのこと。今日はさっそく年齢、男女別にグループ分けするとのことで俺は35〜40歳までのグループAに入れられた。グループの中では一番多いそうである。
 しばらくして受付も終了し全員がグランドに招集された。最初に大会委員長の挨拶があり次に役員が順に紹介された。次にグループ別に分かれて出走するまで待機することになった。
「こんな大勢の中で俺はやっていけるのか」
 グループの面々を見渡すとどの人も速そうに見えた。自信はあったがこう人が多いと何か埋もれていくような気がしてきた。
「今日はグループ別にグランドを10週していただきます。それで少しでも体に異変を感じた方は係りに申し出て下さい。すぐに検査させていただきます」
「グループAの方、集合してください」
35〜40までの男達が集まりスタートの合図を待った。
「ヨーイ、スタート」
 皆一斉にスタートした。俺にはこのスタートが人生の節目の合図のように聞こえた。
「俺はランナーになったんだ」
 俺は小さい声で呟いた。


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