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作品名:お伽の国の主婦 作者:カンラ

第2回   2日目 『綺麗な黒髪だ』
 主婦業も板についてきたと思う。
 毎日の同じ繰り返しも、なんだか慣れてきた。
 自分の時間の使い方を覚えれば、なんてこともない。

「…少し、お昼寝でもしようかなぁ…」
 
 今日の空も、透き通るような青空。
 窓の外には桜が綺麗に咲いている。
 春の日差しが心地いい。

「彼が出かけるのが早いから、今の時間帯は眠くなるのよね〜」

 主婦になってから独り言が増えたと思う。
 危ないか、と思ってもそれを止められる自分がいない。
 
 暖かな昼の太陽が窓越しに入るソファに、私は横になった。

「ん〜!気持ちいい!!だから主婦はやめられないのよね〜」

 手と足を伸ばすわけにはいかず(何せ二人掛けだから)、私は小さな毛布を体に掛け、小さく丸くなった。
 なんだか、ふかふかの小船に揺られている気分になり、目を閉じる。

 昔から、想像するのは得意だった。
 あの頃は、どちらかというと「妄想」だったわけだけれど。
 携帯の着信音にも邪魔されたくなかったから、バイブに設定した。

 …設定した、と思う。

 携帯を握ったところまでは覚えているのだけれど、そこからの記憶がないから。







 ふわふわと暖かな小船に揺られ、私は夢を見る。
 
 幼い頃によく想像した、真っ白な犬を。
 
 幼い頃は誰だって何かを信じていたはず。

 それは私もそうで。

 隣の家の屋根に真っ白な大きな犬がいた。

 いや、いたら『いい』と想像して。

 その真っ白な犬は、人の言葉を話して私に語りかける。

 真っ白な犬は、自分を「風神」と名乗って。

 幼い私は、おぼろげながらに風の神を想像して。

 その白く輝く毛並みを、

 その銀に瞬く瞳を、

 その優しい口調を、

 何度も

 何度も

 想像して語りかけたものだった。







「おい」

 誰?

「おいって」

 誰よ、気持ちよく寝ているのに。

「そろそろ起きろよ」

 邪魔しないでよ、貴方は仕事に行けばいいじゃない。
 今は私の大切なお昼寝タイムなんだから。

「そろそろ体を伸ばしたいんだけど」

 …

「おい!寝るな!!」

 …うるさいなぁ。

「…ま、いいけどよ。もう少しなら」

 最初からそうやって、静かに寝かせておいてくれればいいのよ。

「お前と、久し振りに会えたし」
 
 …?

「あの頃と変わらないな、お前」

 …???

「綺麗な黒髪だ」

 夫には今朝会ったはずなのに、どうして「久し振りに会えた」?

「なあ、目を開けて?」
「…うるさいなぁ…」

 あまりにもしつこく語りかけられたから、目が覚めちゃったじゃない。

 うっすらと開けた私の目には、眩しいばかりの光。
 そして、うっそうとした緑。

「え…!?」

 部屋には緑なんて、一つもないはずなのに。
 引っ越す前に貰った、四葉のクローバーが生える鉢植えくらいで。

「どこ!?ここ!!」
「やっと目が覚めたか。重くなったな〜、お前」

 最後の言葉にカチンと来た私は、声の主を睨むべく目を向けた。
 
 …向けたのだけど…。

「い…犬!?」
「犬とは失礼だな。昔のお前の方が、幾分か素直だった」

 目の前には大きな白い犬。
 ふさふさとした毛は、太陽の光に輝いてキラキラと輝いている。
 バッチリ目があった瞳は銀色。

「…ふうじん?」
「お!俺の名前、覚えてたのか〜!よしよし」

 私の腰まである大きな体を寄せてきて、白い犬は目を細めてニッコリと笑った。
 脱力していた私の手に、その体が触れる。
 上質な毛の長いカーペットのような、その体。
 心地よい低い声。

「どうみても…ケンスケじゃないよね…?」
「誰がお前の夫だよ!まったく、人の男なんかと姻を結びやがって…」

 目を細め、今度は怒っているようだった。

「コレは夢!?」

 私は必死に目を瞑って、手に残った毛の感触を消そうとした。

 
 
 
 冗談じゃない!

 また、こんな話をしたらケンスケに笑われる。

 君はいつまで経っても夢を見ているんだね。って。

 もうオタクは辞めたの。卒業したの。

 これからは暇な主婦を目指すんだから!





「眠ったって無駄だぜ」

 少し、白い犬の声が遠くなる。

「お前と俺との時空は、また繋がった」

 目の前が黒くなる。

「また前みたいに俺はお前に会えるんだ」

 足元が崩れ行く感覚に襲われる。

「じゃあな。明日また会おう」

 意識を失う直前、白い犬は『幼い頃』のように優しく囁いたようだった。





「今度こそ、私は傍にいよう。何があっても、守る事を誓う。…… 馨 」



 それは、久し振りに聞いた私の名前だった。






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