「普段もあまり変わらないですね」 待ち合わせ場所のカフェに現われたヒロは何時もより、フォーマルな格好で現われてシゲルでなくても見惚れる程の華やかさで現われた。水色のシャツに薄い同系色のジャケットにアイボリーのチノパンスタイルは足の長さが目立ち、初夏のさわやかな風のようであった。今は仮住まい中で、何を着ていってよいか解らずに何時もの店で進められるまま着てきただけなので普段と同じと言われてもピンと来なかった。 「まだ、います?ずいぶん、待たせましたか?」 「いや。まだ、注文してないから大丈夫だよ」 どうも先ほどから見られていることがこそばゆく、早くこの場を立ち去りたかったのだ。 カフェの入口近くにいたシゲルは店員になにやら親しげに話しかけられており、その辺も気にくわない原因であった。 「よかった、店に行く前に寄りたいところがあって」 「了解。買い物?」 「ええ、ダンスシューズがぼろぼろで。いい加減買わないとって思っていたんです」 「モトヤもよくはき潰してるよな」 「ボスは上手いから俺らより全然なんですよ、あれでも」 ゆっくり歩きながら話をしているとすれ違う人の視線がヒロに向いているのに気付いてちょっと複雑な気分になった。意外と近かった店はずらりと黒いピカピカの靴が並ぶ、老舗のような店構えでモトヤに紹介されて全員がここで買っていると説明された。 「少し、時間がかかるみたいで大丈夫ですか?」 「うん」 「そうだ、隣がタワレコですから行ってますか?1時間位で終わるそうなんで」 手持ちぶたさの様子にヒロは気を利かせて言うと、ちょっと間をおいて頷いて出て行った。 「いらっしゃいませ。漆間さま」 「すぐに、オーナー参りますので」 進められたCDショップではなく向かい入口にドアマンがいる時計屋に入った。一歩、踏み入れるとマダムといった雰囲気の女性が気付いて、何時ものように奥の扉へと案内した。 「いらっしゃいませ、茂様」 ソファーに腰掛けると直ぐに奥の扉が開き英国紳士のような男性がにこやかに入ってきた。 「御用があれば伺いましたのに」 「前の靴屋に知り合いの用事があって、どうせならメンテナンスをって」 「左様でございますか。前の店とは、松島様ですか」 限定品の時計を外して台の上に置くと手袋をした相手が早速、ルーペをとりだして作業し出した。物腰の柔らかいオーナーは知る人ぞ知る人物で、海外のコレクターにも一目置かれる存在である。店も祖父の代から付き合いがあり、入学記念などには必ず買い求め漆間家とも深いつながりがあった。 「丁寧に使われているようで」 「ありがとう。これがないと、普段は立ち行かないから」 携帯で時間を確認する習慣のないシゲルには時計は必需品で、常に見につけているものであった。今、使っているのはこの店の記念限定品の非売品でメンテナンスもオーナー自ら行い対応してくれる。 「10代の子にあうような時計はあるかな?」 「女性ですか?男性ですか?」 「男。18歳で今年、高校を卒業するので記念にと思って」 「左様でございますか。では、何点かお出ししますが時間は大丈夫ですか?」 戻された時計をみると思いのほか時間が経っており、その事を告げると後日となった。 店を出て道を渡ろうとすると靴屋から丁度、出てくる所でやっぱりかっこいいなと思い足を止めて見てしまった。相手も意外な場所に立っているシゲルに気付いて、ちょっとハニかんで近付いてきた。 「タワレコ、行かなかったですか?」 「時計屋にちょっとね」 「そうですか。腹、空きましたさすがに」 ヒロの隣にいるだけで胸が一杯のシゲルは左程、空腹は感じていなかったが急ぐことにした。ビルの最上階にあるフレンチの店は都会とは思えない緑が目の前に広がる、ゆったりとした空間で通された個室も丁度品に至るまで考えつくされた空間であった。 「シゲルさんのセレクトですか?」 「実を言うとタツヤが教えてくれたんだ。予約は自分でとったんだけどね」 正直に話す姿が、またウサギに見えてきて緊張していたヒロを和ませた。あらかじめ頼んであったメニューにヒロの好みを伝えて注文を終えた。未成年のヒロはもちろんの事、シゲルも飲まないのでお茶で乾杯をして喉を潤した。しばらくして運ばれてきた料理はどれも箸で食べられるように工夫されており、高校生のヒロでも満足のいく味と量であった。それでも、シゲルの分まで平らげたヒロはデザートのシャーベットをおかわりするなど驚かせた。 「美味しかったです。もっと堅苦しくてちょっとしか出てこないのかって思ってたんで」 もちろんシゲルが普段行く店はそういう所の方が圧倒的なのだが、年下と付き合っているタツヤのセレクトした所だけあって若者むけの創作多国籍料理といたった風情であった。 「よく、外食、するんですか?」 「1人暮らしで、料理が出来ないから」 「そういう点も似ているんですね。もしかしてタツヤさんもですか?」 「…。3人で仕事で煮詰まると悲惨だよ。ヒロは料理できる?」 「とりあえず、なんでも出来ます。今度、ご披露します」 「嬉しいな。楽しみにしてる」 素直に言葉に表せるシゲルをヒロは嬉しそうに見つめていると 「好きです。シゲルさん」 ふと、伝ないとと思い1週間、温めておいた言葉をゆっくりと心を込めて伝えた。 「聞こえてました?好きです、シゲルさん」 余りにも唐突でシゲルには言葉の意味の理解ができなく固まっていると、心配したヒロがもう一度、今度は机の上に出ていた手を握ってゆっくりと伝えた。 「シゲルさんはどうですか?あ、泣いちゃった。やべ」 言葉を理解したとたんにシゲルは涙腺が壊れたかのように大粒の涙を、その綺麗な瞳から溢れ出させた。泣き虫なのはこの間のことで承知しているヒロは、何度も頷く相手の側に今度は近付いて横から抱き寄せ涙を拭うようにキスをした。 「ずーっと伝えたかったです。この前、食事に行ってその後連絡が取れなくなってから」 「うん、うん。ごめん、俺、メールとか出来ないから」 「やっぱり。そういうテクニックなのかと誤解する所でした」 落着いた所で、それでも抱きしめたままヒロはシゲルに話しかけた。 「機械音痴も3人ともなんですね。ボスが言ってました」 どうやらモトヤがフォローを入れてくれたらしく、2人に感謝した。世界で一番の幸せをかみ締めているシゲルは、この思いがあればこの先どんな事があってもヒロを思い続けようと再び決に決めた。 「誤解しないでください。ボスにもシゲルさんとの事はこれきり話さないと言われました」 当然のルールである。その事で特別扱いされたら返ってヒロの立場が悪くなる。モトヤなりの思いやりである。 「俺ね、全然、器用じゃないし言ってくれないと解らない人種なんです」 そのことで仲間からもモトヤからも良く怒られると付け加えた。しかし、それは裏返せば真面目で真っ直ぐで表裏の無い事で、だからメンバーからも後輩からも多くの信頼寄せられている。ダンスの能力はピカ一で小さい頃から習っているクラッシックバレエの基礎がしっかりしているので美しく正確な動きを伝えることが出来る。 「俺ばっかり話してますね」 「もっと、聞きたい。ヒロがどんな事を考えてるとか好きとか嫌いとか、全部」 「それは俺もです。シゲルさんて3人の中でも本当にミステリアスなんですよ」 仕事では製作関係者とは係わるが現場の人間とは2人より関わりが薄いのは確かで、作詞作曲担当のシゲルとしては当然のことなのだが少しショックであった。 「でも、良いんです。その方が、俺としても変な虫が付かなくて」 トップクリエーターとして活躍している3人は本当に良くモテるのだ。タツヤはジュンイチが睨みを効かせているし、モトヤには自分達がいるのであまり心配していないのだが、シゲルは無防備で改めて観察してみると気付いていない所でけっこう名前を聞くし、声をかけられている。さっきだって挨拶に来たシェフにちらりと見つめられたのに気付いていない様子でかえってヒロの方があせったのだった。 「もう、俺だけですからね。メールの仕方も知らなくて良いですから」 「良いの?だってなんか動くやつとか写真とか送れるって」 「誰におくるんですか?」 「誰って、ヒロのが欲しいなって。モトヤが、ケンが送ってくれたのがあるって言ってた」 別の意味で気になり、今度、確かめて消してやろうと咄嗟に思ったヒロは 「解りましたけど、それ、見れるんですか?」 「見れないと思う。けど、欲しい」 初めての恋人からのおねだりがこんな形で少し肩透かしであったが、自分達のペースはこれなんだなと思いなおしてすっかり暗くなった外に目を移した。 「次は水族館にいきましょう」 家の事情でホテル住まいをしていると聞いたシゲルを送ってきたヒロは専用のエレベーターホールで今度はちゃんとしたキスをすると次の約束を取り付けていった。 「おやすみなさい」 部屋まで誘うことは今回は辞めたシゲルはちょっと後悔しながらも、帰っていく恋人の後ろ姿に幸せをかみ締めて部屋へと戻った。 タツヤから言わせれば高校生よりひどい初デートではあったが二人にとっては、一生に残こる思い出となった。
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