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作品名:Sの続き 作者:潮音

第1回   約束
「で、初めての食事はどこに行ったんだ?」
「…マック」
「「マックっ!!?」」

新曲のデモ撮りでモトヤに会うためにスタジオ塔の1階にあるカフェテリアで待っているとタツヤも通りかかり合流した。それぞれは会っていたものの3人で会うのは1ヶ月ぶりであった。
「ふーん、春爛漫って感じの曲だな」
「この間までドヴォルザークだったのに、モーツアルトねぇ」
この間浮かんだ曲を渡すとそれぞれがすぐにイメージを膨らませた。シゲルの楽譜は読みやすく浄譜がいらない位である。小さい頃から兄のピアノを聞いては採譜をし、それを見せては喜んでもらうといった事で、最初から綺麗に書く癖がついたのだ。耳の良さは天才的だが機械音痴なのでやはりパソコンではなく手書きで行う。作曲は頭の中で構築した音を楽譜に書き込み楽器は使わない。本人曰く弾きながらと迷うそうで、タツヤもモトヤも同様であった。
「Pipuあたりだな歌うのは」
「ピンクで羽とか付けてみるか?」
「ヴァレンタインか可愛い香水のイメージだな」
イメージが膨らませてそれぞれが意見を言い纏めるのはシゲルで早速、企画書を書き始める。
「ところで、さっきから携帯ばかり気にしているようだけど」
「え、?」
「ほら、無意識だよ」
タツヤがざっと5人組であるPipuのそれぞれにあった衣装とセットのラフ画を書き、モトヤは棒人形で振付図を考え書き始めた。シゲルは企画書を書く手を時々止めてはテーブルの上に置いてある携帯をチラ見していた。その行動は無意識なのか二人がシゲルの行動を視線で追っている事にも気付かない様で、モトヤがタツヤに合図を送り突っ込んだのである。
「誰からの電話を待っているわけ?」
「いや、別に。時間を、その」
「ふーん、ふーん、ふーん。じゃぁ、その腕にしているのは何だ?」
限定品の時計が袖から見え隠れするのを指摘したモトヤはニヤリとタツヤを見て笑った。
「メールって、使えるか?」
「俺たちに聞いてるのかそれ」
この時代には天然記念物といって良い程の機械音痴である3人は、会社で携帯を至急されたものの通話以外に使えずにいた。恋人達からは浮気の心配が無いものの会議等でめったに繋がらない事にいつも不満を言われていた。
「メールが来るのは解ったけど、どうやって見るのが解らないだ」
「俺に、聞くなよ」
何度も恋人に教えられているモトヤだったがどうも難しくメモを広げては四苦八苦しているのだから返信なんて夢のまた夢である。
「俺と、同じならば、これでいける」
「俺も教えろ」
タツヤが自分の携帯を出しながら割り込んでくる。
「色とか違うけど大丈夫かな」
わざわさ会社は好きな色を選ばせて最新のを持たせたのに、それが返って障害となった。
「写真とか、映像とか送れるらしいぜ」
「こんな小さいのにか」
「ああ、もう見れないけどケンが一度だけ送ってきた」
そのメールも結局は送った本人が開けてみせて、恋人のモトヤに寄こしたので結局は待ち受けに使えない代物であったので一回しか見れないでいた。
「良いな写真」
「って、どうやって写真撮るんだ?」
「知らん。マサがカメラがどうのって言ってような」
26歳の業界の第一線で働いている社会人の会話ではない。
はっきり言ってコントのような会話である。
「ダメだ、全く解らん」
「ジマさんに聞いたらまた、起こられるし」
統括マネージャーである飯島は機械音痴を理解できずに毎回、小言をいう。
「しょうがないから、モトヤ組に頼むか」
「そうだな。確か、ジンとヒロが3スタにいたはずだよな」
『ガタッン、パサパサッ』
タツヤがモトヤの了解を得てモトヤ組と言われる振付のアシスタント集団に連絡を取ろうとした瞬間に物凄い音がした。シゲルが企画書と共に持っていた携帯を落とし拾おうとして机に頭をぶつけた音であった。
「大丈夫か?シゲ」
「なに、やってんだよ」
あまりの痛さに蹲っているシゲルに慌てた2人は散乱した企画書を拾いながら声をかけた。
「痛っ。舌噛んだ。痛−っ、マジで痛い」
そのままうずくまり立ち上がらないシゲルにさすがに2人とも焦り、駆け寄った。端の死角になっているとはいえカフェテリア内での出来事である、周りも騒然とし一気に大騒ぎとなった。すばやく駆けつけてきた、モトヤ組は野次馬を追い払いつつ事態の収束を図った。とりあえず医務室にという段になって、何時もは後発組のヒロが軽々とシゲルを抱えて行ってしまったのだ。あまりにも自然な行動でタツヤもモトヤも追いかけるまでに少しの時間を要した。
「とりあえず、様子見てくるから。荷物、頼むな」
「飯島さんに報告しますか?ボス」
「大丈夫だと思うけど、念の為に話が大きくなる前にな」
「解りました」
モトヤ組のリーダー格であるイクトに後を頼むと追いかけた。
「たんこぶだけだし、冷やしておけば大丈夫よ。しばらくは安静にね」
医務室では頭に氷嚢を乗せたシゲルがここまで抱き上げて運んでくれたヒロに対して恥ずかしさに顔を赤くして俯いていた。2人が入って来ると、ヒロは目礼をすると交代してでて行こうとした。そこでシゲルが反応した事で、鈍いモトヤにもモーツァルトの相手が誰なのか解り、すでに食堂で気付いていたタツヤに確認の視線を送った。頷くのをみて改めて2人を見比べた。
「ヒロ、この後は時間あるか?」
「はい、ボス」
「じゃぁ、ちょっとシゲに付いていてくれるか?」
「俺たち、ジマさんに報告に行かないと行けないんだ」
鈍ーいモトヤにしては大ヒットと褒めたタツヤはもっともな理由をつけて、シゲルの反応を見た。
「良かったわ、私も今日は終わりなのよ。いてくれると助かる」
「決まりだな。シゲ、大人しくしてろよ」
「頼むぞ、ヒロ」
「解りました。ボス」
やっぱりヒロにとってボスであるモトヤの命令は絶対で、きっと頼りにされた事が嬉しいんだろうなあとか余計な事を考えつつまだズキズキする頭の傷に手を触れた。
「大丈夫ですか」
医務も含めた3人が出て行って2人きりになった室内には少しの間、空調の音が静かに流れた。
ストンとシゲルの横に腰を落としたヒロは、チラリと横目でみつつ意外とドジな所があるのだなと思い苦笑した。
「ありがとう。…、一人でも大丈夫だから」
相変わらず、ヒロにしか見えないウサギの耳をピクピクさせながら強がりを言う。絶対に自分に居てもらいたいと思っている事は確かで、惚れられている自覚のあるヒロには素直じゃない年上の相手にどうしたものかと考えた。1週間前も同じように強がりを言い、結局は泣いていたのだ。
「正直になんでも言って下さいって言いましたよね」
2人きりになると途端に強気になるヒロは下を向いたままのシゲルの前に回りこみ向かい合わせになるとちょっと覗き込むようにして声をかけた。
「それとも、俺じゃ頼りになりませんか?いてほしく無いですか?」
痛いのにも関らず思いっきり頭を振って今度は眩暈を起こしかけた相手の可愛さに思わず抱きしめていた。
「あれから1週間経っても何も連絡くれないから、嫌われたのかなって」
「そ、そんな、ことはな…ぃょ」
顔を上げた途端にヒロの顔が迫りあわたてシゲルはもう一度俯いた。
「だったらメールの返事くらいくれても良いんじゃないですか?」
やっぱり可愛いと思いながら思ってもみない事の意地悪な自分の言い方に少しだけ落ち込み、今度は優しく問いかけた。
「忙しいのは知ってます。けど、やっぱり返事が欲しいなって思います」
先程まで立っていた耳がすっかりタレてしまった事にちょっと罪悪感を感じながらも自分も待っていた事を素直に伝えた。
「痛いですか?」
「少し、けど大丈夫。眞鍋君がこうしていてくれるし」
時々、男を翻弄するテクニックなど持ち合わせている筈の無いシゲルは、ヒロの心を刺激する何かで急に攻めてくる。
「その、眞鍋君。止めませんか?こそばゆいです」
事務所では名前で呼び合うのが常で、癖なのか相手への礼儀としてシゲルは要求されない限り苗字で相手を呼ぶようにしていた
「皆、ヒロって呼んでます。だから、次からは呼んでください」
一呼吸おいて返事の無いシゲルに
「俺はどうしようかな、シゲルさんって呼んで良いですか?」
それには何度も頷いた。なんだか、好きかもしれない。
「じゃぁ、呼んで見てください」
「え、え、え、」
耳元で囁かれた言葉に耳まで真っ赤にしたシゲルは今度は素直に小さい声で呼んでみる事にした。
「…ヒ…ロ」
「聞こえませんシゲルさん」
「ヒロ」
いつも呼ばれている名前なのにシゲルから呼ばれるとなんだか特別で、くすぐったいような甘い何かが込み上げてくるようだった。急にその唇に触れてみたくなった。
「シゲルさん?」
「ん?」
名前を呼ぶとちょっとだけ顔を上げたのでそのまま顔を近付けると、向こうも解ったのか身体をちょっと引いたもののゆっくりと瞳を閉じた。触れるか触れないかといったキスをすると2人とも照れてしまいヒロはシゲルを置いて出て行ってしまった。
「モトヤ、お前のアシスタント、ちゃんと教えとけよ」
「ごめん。っていうか、それは俺の範疇じゃないだろ」
部屋の入口で中の2人の様子を見ていたタツヤとモトヤは咄嗟に柱の影に身を潜ませて、ヒロをやり過ごすと
「あれってキスのうちに入るのか」
「お前の基準で判断するなよ。シゲはあれで充分みたいだぜ」
不満タラタラのタツヤに対して両者を知っているモトヤとしては仕方ないなと思っていた。
「入るぞ」
報告しに行ったと思っていた二人がタイミング良く入って来たので、驚いたシゲルはタツヤの意味深な瞳とモトヤが視線をそらした事で見られていた事に気付いた。さっきのキスの余韻で浮かれてしまい怒る気にもならないシゲルは、痛みの治まった頭から氷嚢を下ろして片付け始めた。微妙な沈黙が流れる中でタツヤはシゲルを視線で追い、モトヤはたしなめるようにタツヤに視線を合わせた。
「デモ撮りってスタジオ、何処?」
「3スタ」
「今日、やれるか?」
沈黙を破ったタツヤの言葉にシゲルが短く答えてモトヤが心配気に聞くと
「音はモトヤのだけで良いし、タツヤがコーラス変わってくれれば」
「解った。気持ち悪くなったらちゃんと言えよ」
「サンキュ。心配かけてごめん」
高校生の頃からの付き合いである直ぐに元通りになる。デモ撮りが無事に済み、覗きにきたモトヤ組や飯島に謝ると翌日は休むように言われ思いがけない休暇となった。
「久しぶりに葉山でも行くか?」
帰りがけに病院に行き検査を受けて医者のOKを取ると、当然、他の2人も休みを決め込み松島家の別荘がある葉山まで久しぶりに足を伸ばす事となった。保養地としても知られ温泉も湧く葉山はモトヤの実家が管理している牧場も併設された別荘があり3人で馬を乗りに良く訪れる場所であった。
「いつから付き合ってるんだ」
「いつからって」
食事が終わり、飲まない3人は用意してもらったデザートとコーヒーでソファーに身を任せながらクラシックのCDをかけて他愛のない会話をしていた。最初からそのつもりのタツヤは唐突に話を切り出した。
「付き合っている訳じゃ」
「はぁ?どういうことだ」
さすがに止めようと思っていたモトヤもシゲルのぼそぼそとした言葉に身をのりだした。もうすでにばれてしまっている事を隠すことも無いので、シゲルは開き直って話し始めた。
「じゃぁ、何か。好きだといったのはシゲだけであっちは嫌いじゃないって言ったのか」
話を聞くうちにタツヤはありえないと言った感じで側にあったクッションを抱え込むとデザートに手を伸ばした。
「お前のアシスタントはホストか」
「タツヤ!」
「あいつは奥手なんだ。多分、付き合った経験も少ないだろうし」
投げかけた言葉にシゲが静止の声をあげるとモトヤがフォローを入れた。
「で、初めての食事はどこに行ったんだ?」
「…マック」
「「マックっ!!?」」
あまりにも意外な場所に今度はモトヤがソファーから落ちそうになった。
「シゲ、美味しかったか?」
「味なんて覚えてない」
目の前で美味しそうに食べている相手を見ているだけで幸せで、何を食べたかさえ覚えていないのだ。お金を払う際にクレジットカードを出そうとして、ヒロに払わせてしまった事を告白すると仕方ないと失笑された。
「カードが使えないなんて知らないし、現金の持ち合わせが無かったんだ」
普段からそう買い物もしないし、そもそもカードの使えない店に行った事などそうそうないのである。実家は日本有数の音楽財団を有する漆間家で小さい頃は常に誰かと一緒であったし、身に付ける物や日用品に至るまで全てオーダーメイドで賄われている。電車で通っていて定期さえあれば、食事も会社で済ませれば良いので日常でお金を使う機会が殆んど無いのだ。それはタツヤもモトヤも同じで3人共、働かなくても暮らしていける身分であった。
「よく、食べられたな」
「ちょっと、むかむかしたかも。けど緊張したせいかもしれないし」
「静人さんに変な顔されなかったか?」
「いや。業者の関係で服を直ぐに全部クリーニングに出されたけど」
シゲルのボディーガード兼世話係の青木静人は主人のどんな些細な変化も見逃さずに対処していく。どちらかというと生活能力の低いシゲルは静人にとっては自分の能力を最大限に発揮させてくれる相手で、素直に従ってくれる良い主人であった。
「油の匂いってわかるか?」
「ああいう所は独特な匂いが衣服につくから直ぐに行ったかどうか解るんだよ」
その言葉に何か言いたげな静人の顔が浮かび、警告めいたものがシゲルの中に生まれた。
「大事なシゲル様に変な虫がついたらって今頃、調べさせてるぞ」
「変な虫って。ヒロはちゃんと働いてるし、学校にだって真面目に行ってる」
「あ、そういえば幾つだあいつ」
「ケンと同じ年だから18かな?今年の春で卒業だっていってたから」
「ギリギリだな。それにしても高校生であのキスは無いだろ」
勝手に話を進める2人にシゲルは覗かれていた事に恥ずかしくなりクッションをぶつけた。
「あんだよ、本当の事だろ。ジュンイチだってもっとマシだったぞ」
「タツヤ、それこそ犯罪だ。相手、15だろ」
「俺は別に何もしてないぞ、あいつが勝手に乗っかってきて居座ってるだけだ」
モトヤにはケン、タツヤにはジュンイチという事務所に所属しすでにデビューしていて同居している恋人がいる。ジュンイチは今年デビューしたPipuというグループでも一番若く高校生になったばかりであった。体格は良くすでに175cmを超えており、その大人に近い外見で20歳を超えていると良く勘違いされている。オーディションで廊下を通ったタツヤに一目惚れし、年齢や社会的地位など物ともせずに押しの一手で口説き落とし半年後にはストーカーまがいの方法で居座ったのである。
「一緒にするなよ。いいのちょっとはその気があるのかなって期待が持てたし」
「シゲ、あいつは好きでも無い相手に簡単にキス出来るほど不真面目なやつじゃない」
真剣なモトヤの言葉に隣にいたタツヤはニヤリと笑って
「年上のお前がリードしてやれば。ケンみたいに押し倒してその気にさせるとか」
「俺の事は引き合いに出すなって言ってるだろ。あれはお前が入れ知恵したんだろ」
「そのおかげで、今があるんだろ。感謝しろよ」
アシスタントもアシスタントならボスもボスなのだ。年齢や相手が大切なタレントだからと気にしすぎて踏み出せないモトヤにずっと好きで思い続けていたケンが、忙しくて中々会えないことに切れて突然、押しかけてきて強引に関係を結んだのである。その影には相談相手のタツヤがいろいろレクチャーしたのは、後から知る事実であった。
「押し倒すって」
「言い方が悪かったな、誘うんだ」
「できる訳ないだろ。それに相手は18だぞ」
「ジュンイチは15歳で押し倒してきたぜ」
余りにも卑猥な話が続き、シゲルもモトヤもその方面があまり得意ではないのでタツヤの言葉に付いていけなくなり顔を見合わせていた。
「経験が無いわけじゃないだろ、シゲだって」
「タツヤ、それはダメだ」
さすがに触れられたくない過去に及んだのでモトヤが静止するとタツヤもあわてて謝った。
「悪い」
一生、背負っていく罪がシゲルの過去にはある。天才作曲家である兄の漆間聡は、その才能を武器に天空城と呼ばれるマンションの最上階にあるペントハウスに13歳になったシゲルを軟禁し世界で2台しかない漆間ピアノと共に病気で倒れるまで引篭もったのである。
小さい頃から年の離れた兄は兄でなく天才漆間聡であった。シゲルにとって一線を越える事はなんら躊躇いも無く18歳の時に兄が亡くなるまで愛していた。ある少年が救ってくれなければそのまま後を追っていたかも知れないのだ。
「それで昼間のメールの話に戻るけど」
沈んだ空気の流れを断ち切るようにシゲルが質問を投げかけた。
「ああ、それで慌てたのか」
「使えないなんて言えないだろ。さっきもメール返してくれないって言われたし」
「言うべきだぞシゲ、それは」
実感の籠もったモトヤの言葉に苦労が感じられ、今度、正直に言う事をマジで進められた。
「今度は何時、約束したんだ」
「してないのか?電話かせシゲ」
いい加減、1週間も経つのに進展していない原因が告白したシゲルにある事を知ってタツヤもモトヤに合図を送って行動に出た。
「モトヤの電話でかけても良いのか」
最初は拒否したシゲルも素直にごそごそしだしたモトヤを睨みつつ差し出した。
「電話、かけてないんだ。全然」
リダイヤル機能は使えるタツヤは面倒臭そうに自分の携帯を取り出して、自分の物と見比べてアドレス帳から探し出すと勝手に電話をしてしまった。
「ほら」
「ほらって、どうするんだよ」
慌てて受けとったシゲルはすでにコールされている携帯を見つめて固まってしまった。
『もしもし、シゲルさん?』
相手が出たことで落としそうになりながらも耳に当てたが声が出ずにいた。
『あれ、もしもーし。電波、悪いのかな?聞こえますかシゲルさん?』
さっき別れた時の感触を思い出して、声を聞いただけで泣きそうになりイタズラ電話のようになってしまった。心配性で世話焼きのモトヤが代わろうとしたが、タツヤが制して隣に座り肩を叩いてシゲルを促した。
『もしもし』
『あ、良かった。電波悪いのか、具合でも悪いのかと思いました』
『…昼間はありがとう』
『大丈夫ですか?あの後、摑まっちゃったんで』
『うん。医者も大丈夫だって言ってから』
『じゃぁ、安心ですね。今、家ですか?』
『家かな…』
『シゲルさんの家って事務所から近いですか?』
『電車で2つ目。ヒ、ロは?』
『俺は1時間ぐらいの所です。一人暮らしだから安いワンルームです』
このまま、身上調査で終わってしまいそうなのんびりとした雰囲気にタツヤはテレビ局のADのように持っていたスケッチブックになにやら書き出して見せた。
『あ、あのさ。もし、嫌じゃなかったらまたご飯でも』
『メールの事、気にしてくれたんですか?嬉しいです。次の休みって何時ですか?』
ボスであるモトヤのスケジュールは把握していてもシゲルの事は、作詞作曲意外は何をやっていて何時仕事しているのかさえ解らないのだった。5日目にあまりにも音沙汰が無いので調べようとしたが調べようがなく困っていたのだった。
『土日、祝日は基本的に休みだけど』
『ボスと同じなんですね。昔から思ってたんですけどサラリーマンみたいですね』
『みたいってサラリーマンだよ、俺たち3人共』
またもや話題が脱線しそうなので肘で突付き、先を促した。
『土曜日は?』
『良いですよ。昼から何処かに行きましょうか?』
『え、本当。行きたい』
『何処に行きますか?俺は車無いので遠くには行けませんけど』
『じゃぁ、家の車、出そうか?』
『シゲルさん、車、持ってんですか?てっきり免許も無いかと思ってました』
車で移動している姿や話を未だかつて聞いたことが無かったヒロは、免許さえ持っていないと思っていたのだ。
『朝、弱いから1時位で良いですか?遅めの昼食べて…』
だんだんと主導権が相手に移る中でタツヤは慌ててシゲルを小突いた。
『痛いって…なんだよ。あ、』
「なんだよじゃないだろ。お前の車って牧さんが運転するやつだろ」
受話部分は押さえたもののヒロは気配を感じて咄嗟に2人を思い描いた。
『もしかして、誰かいます?ボスとかタツヤさんとか』
『…』
『その辺、今度、会った時に聞きます』
『…』
『やっぱり時間がもったいないからゆっくり話せる場所にしましょう』
『うん』
『今度はシゲルさんが選んでください』
『解った』
『楽しみにしてます。おやすみなさい』
『お休み』
『ボスとタツヤさんによろしくです』
『…』
切った電話をしばらく見つめて何故か少し嬉しいような気まずいような感じでいた。
「良かっただろ、電話して」
「そうだけど、絶対、なんか変に思われた」
「あいつも、俺たちに気付かれて無いなんて思ってないよ」
「ヒロは深読みはしないタイプだから、正直に話せよ」
どうやらなんだかんだ言いながらもヒロも本気になってきているのを感じたタツヤは店のアドバイスをして明日に備えて寝ることにして話を切り上げた。
「マジで、びびった。やっぱり覗いてたんだあの2人」
一方、電話を切ったヒロはシゲルからの電話に喜んだものの、まさか2人がいるとは思いもしなかったので電話を切る指先が緊張で震えていた。タツヤはいいのだ、問題はモトヤでどういう顔で今度、会えば良いのか頭を抱えてしまった。
「とりあえず、寝る」
さっきまでレッスンプランやスケジュール整理、学校の宿題で頭を使い疲れていた。ダンスはいくらやっても疲れないのだがデスクワークは疲れるのだ。買い物を予定していた土曜日に思いがけない予定が入り浮かれている自分に気が付き、相手にちゃんと気持ちを伝えようと思ったのだった。今日だってキスして舞い上がってしまったが、本当に触れただけで良く解らなかった。もうちょっと、長くなど考えてこれ以上はなんだかおかしくなりそうだったので寝ることにした。この1週間どうも眠りが浅かったのだ。きっと、今夜は良く眠れるだろう。


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