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作品名:Sの事情 作者:潮音

最終回   ファーストコンタクト
「シゲさんは俺にどうしてほしいですか?」
彼の表現するダンスのように真っ直ぐな瞳で見つめ返されて、シゲルはどう返事をして良いか困ってしまった。告白出来ただけで満足してしまった感があるので、何かを期待していた訳ではなかった。初めてオーディション会場で見た時から惹かれていたのだ。相手が年下の上に踊れない自分には縁が無く、見つめるだけで精一杯であった。彼の方は自分をボスと慕うモトヤとユニットを組んでいて事務所の先輩としてか認識が無いのは解っていた。作詞作曲を手掛けるシゲルは一緒に仕事をする事が増えるにつれ思う気持ちを押さえられなくなっていた。
「逃げないで下さい」
「…」
長年見つめ続けてやっぱり好きな相手と二人っきりだと言う事だけでドキドキしてしまい視線さえ合わせられづにいるのに、後ずさった事で退路に回りこまれて思わず泣きそうになってしまった。
「いじめている訳じゃ無いですから」
どうしてこんな状況になったのだろうとふと思った。事務所にはモトヤに会いにきたはずだったのに…。

『ごめん、シゲ。現場が押して行けないからイクトに預けておいてくれないか』
『え、ちょ、』
『悪い、呼ばれているから。ゴメン』
今朝までかかって仕上げた自分達の用の曲を今回のアレンジを担当するモトヤへ届ける為にわざわざ休日にも拘らず事務所まで来たのであった。普段は事務所に近いスタジオに集まりタツヤとモトヤと3人で作業するのだがこの所の忙しさで集まる事も会うことでさえ困難となっていた。このままでは秋口に計画している自分達のライブに間に合わなくなってしまう事は明白でそれは是非とも避けたい事であった。その危機感から昨日は徹夜で曲を仕上げて足を運んだのである。
「おはようございます。珍しいですね」
入り口で電話を切ったシゲルはそのまま引き返す訳にもいかず、どうしたものかと立ち往生してしまった。そこへ顔見知りのスタッフに声をかけられ我に返ると、中に入る事にした。家での作業が多くなり暫く来ていなかった事務所は少し違った印象で、借りてきた猫のようにシゲルは落ち着かなかった。帰りたいのをこらえて目指す相手のSpinがどこにいるかを確認するために管理部がある部屋に向かった。
「おはようございます」
「おはようございます。高田さん、イクトが来ていると思うんだけど」
「イクト君ですか?6スタで打ち合わせしてますよ」
「ありがとう」
礼をいうと足早に事務所に隣接するスタジオに向かった。レコーディングや収録、稽古といろいろ使える専用スタジオに近づくにつれて女の子の姿が多くなってきた。集団でかたまりなにやら盛り上がっているようで、それをよけながら守衛の立っている門の所まで行くのにどっと疲れを感じた。
「お疲れさまです」
「おはようございます」
誰という言葉と羨望の眼差しの中、守衛に挨拶をして中へと入った。夏休みに行われるコンサートのリハなどでデビューしているグループやEgと呼ばれる予備生まで今日は多く来ているようで外も中も熱気に包まれていた。目当ての第6スタジオへはと考えながら食堂の前を通り過ぎると
「シゲさん。おはようございます」
どこからともなく名前を呼ばれゆっくりと辺りを見回すと、観葉植物の陰から知った顔が出てきた。イクトであった。
「どうしたんですか?ボスなら夜になるって連絡ありましたよ」
早々に用事が片付けられるとあってシゲルはラッキーと思いながら近づいた。
「さっき、電話あった。俺も夜は仕事だから、イクトに預けておいてくれって」
「受け取ってくれって、シゲさんからの物なんですね」
「大雑把だな。これ、渡せばわかるから」
「解りました」
「ありがとう。なんかここも変わったな」
「広くしたんですよ。昨日、工事終わって事務所も変わってませんでしたか?」
錯覚だと思っていたので気付かなかったが、やはり全体的に大きくなったようで、食堂も壁紙が明るいクリーム色に変わり席も増えていた。
「でも結局は定位置があるから、俺らはあんまりかわらないですけどね」
「そっか、他も広くなったのか?」
「スタジオが増えて会議室も。あとはなんだっけ?ヒロ」
イクト一人だと思っていた所に急にシゲルの今一番会いたくて会いたくない人物が、促されてゆっくりと顔をだした。
「ども」
「…」
観葉植物で見えないとはいえあまりにも驚きすぎて絶句していると相手もむっとするのが解った。その表情で急に胸が締め付けられて泣きそうになった。
「イクト!呼んでるぞ、マネージャー」
「え、やべ、忘れてた。すみませんシゲさん、ヒロ、あとよろしく」
見計らったようなタイミングでイクトが呼ばれ、取り残されてしまったのである。二人は暫くの間そのまま無言で立ち尽くしていた。沈黙を破ったのはヒロであった。
「ちょっと良いですか?」
「う、うん」
チラリと時間を見て予定を確認したヒロはそこから一番近い小会議へシゲルを促した。逃げだしたいシゲルであったがそういう訳にもいかずヒロの後に従った。
『シゲさんは俺にどうしてほしいですか?』
会議室に入りドアを閉めると静かにヒロは話し出した。一ヶ月前にシゲルは長年思い続けたヒロに気持ちを抑えきれずに勢いのまま告白したのである。もともとそんなに接点はないのだが、軽蔑の目で見られるのが怖くてその場を逃げ出しそれきり会わないようにしていた。
「いじめている訳じゃないです」
「…」
「俺ってそんなに遊んでいるように見えますか?」
泣きそうになるのを必死に堪えていると急に弱気になったヒロの声が遠ざかった。
「はっきり言って解んないです。ちゃんとした恋愛とかしたことないから」
少し大きくなった声に反応して顔を上げると困り顔のヒロが真っ直ぐな瞳でシゲルを見つめていた。
「告白とかファンの子は好きだと言ってくれますけど、初めてなんですああいうの」
「ごめん、ごめんな」
「謝って欲しい訳じゃないです」
きっとこの一ヶ月の間、真面目な彼を悩ませたのだろう事は手に取るようで、シゲルは大人として申し訳ない気持ちで一杯になった。自分は彼の上の立場で彼が無下に出来ない事は解っていた、それを自分は少し勘違いをしたのだ。
「踊っているだけで何もかも忘れられたのに、あなたの事がチラついて集中できなくて、ボスにも怒られるし。だからどうして欲しいですか」
正直な彼の言葉に切なさを抑えきれないシゲルは涙を目元で堪えながら
「最低だな俺、君をこんなにまで悩ませてモトヤにまで怒られて。本当にゴメンな」
「だから謝って欲しいわけじゃないです」
「うん、そうだな。…、忘れて…、くれるか…、全部、無理かもしれないけど」
最初から告白する気などシゲルには無かった。遠くから見つめているだけで我慢しておくべきだったのである。あの日はもう自分のやるべき事がなくなり、毎日会って挨拶やちょっとした会話が交わせるようになっていた矢先で急に切なくなり勢いで、二人きりになった事もあって告白をしてしまったのであった。
「それで良いんですね」
「うん。もともと告白なんてするつもりも無かったし、ちょっと欲を出したのが」
堪えていた涙が溢れ出し感情の起伏が激しく混乱させた。
「いけなかったんだ」
言っているうちにどんどん溢れてくる涙を止められずに後ろを向くと
「それで、良いんですね…」
静かな吐息を吐くような声で言われ頷く以外にシゲルには出来なかった。
「解りました。忘れます、それがシゲさんの本当の意思ならば」
忘れてなど欲しくは無い悲痛な思いが頭の中で大きく鳴り響き、部屋を出て行こうとする彼を振り返った。彼の背中はそのまま扉から消え、シゲルはストンとその場に崩れ落ちた。彼以外に自分から恋をした自覚の無いシゲルには失ったものが余りにも大きく、立ち上がれずにいた。彼が14歳の頃から思い続けいつの間にか4年が経っていた。25歳のシゲルにはどんどんかっこ良くなっていく18歳の彼は眩しくて仕方がなかった。洗練されていく彼に追いつけないと解って自分は立場を利用したのだ。
「本当に素直じゃないですね」
誰かが入って来る事にも気付かないシゲルは突然の声に驚き、肩を震わせた。
「顔を上げてください。言ったでしょ、俺、本当にこういうの苦手なんです」
強引に抱きこされた相手はさっき出て行った彼で、なんだか怒っているようで状況のつかめないシゲルは涙で潤んだ瞳をぱちぱちさせた。
「俺の事、好きなんでしょ?」
今度は素直に頷くシゲルにちょっと照れたように笑って
「恥ずかしいし、良く解らないので一度しか言いません」
早口で前置きをいうと、視線をシゲルに真っ直ぐ合わせて
「好きとか好きじゃないとか解らないけど、忘れたくはないです」
頷く。
「シゲさんは忘れたいですか」
首を横に振る。
「俺、シゲさんの事、嫌いじゃないです」
ゆっくりと抱きしめられる。
「それじゃダメですか?ずるいですけど…」
小さく、小さく頷く。
「俺にシゲさんの事、教えてください」
初めて感じる彼の体温は温かく、この頃CMで宣伝しているシャンプーの匂いが微かにした。このままこの幸せが永遠に続くようにと祈った。
「とりあえず、食事とか行きませんか?」
多分、彼も初めてこういう誘いをするのだろう、声が少し震えているのがわかった。シゲルはこの先、どんな結果が待っていようとこの幸せだけで充分だと一生、片思いでも良いと思った。
「今日、仕事ですか?」
彼の時間が迫り一気に夢の世界から現実に戻された。まともに彼の顔が見れなくなったシゲルは飛びのくと数歩、後へさがった。ヒロはその行動に7つも年上なのに思わず微笑った。前から思っていたのだが、すごい才能にあふれ誰もが認めているのにいつも自信なさ気にしている。まるでウサギのように白い耳とピンクの鼻をピクピクとさせて。そんな想像をしていると何故か心が少しだけ温かくなるようだった。
「夜の打ち合わせ終わったら、夕食でもどうですか?」
「皆と、行くんじゃないのか?」
「今日は解散になると思います。ボスも忙しいし俺たちも明日、早いし」
「じゃぁ…」
見えない白い耳がちょっとタレるのが解る。
「だからです。家に帰っても何もないし、嫌ですか?」
「嫌じゃないよ。嬉しい、うれしい」
慌てて2回繰り返し頷く仕草は益々可愛く、他人に対して初めて抱く感情であった。
「終わったら、連絡します。メアド、教えてください。さすがにボスに訊くわけにも」
自分の携帯を出しながら登録画面を操作していると
「その、あの、」
コートのポケットから出したはいいが機械音痴のシゲルには自分のメアドと言うものが良く解らなかった。使う事はめったになく、というより使った事がない奇跡のような存在だと言う事をヒロは当然知らない。他の2人も何故かメールはしない、いつも電話か直で会うようにしている。3人が3人とも機械音痴である事は飯島によって、トップシークレットとされていた。普段は家か事務所にいて、誰かしら側にいるのでメールでの連絡などしなくて済むのである。パソコンも当然使えない、シゲルにいたっては自分の曲をカセットテープに入れてデモを作って会議にかける前に、アシスタントがもう一度録音するのである。タツヤもデザイン画は全て手書きでこだわっていると目され、モトヤも同様に振り付けをレポート用紙に棒人形を書いて番号が振ってある。
「空メールしますから。いいや、貸してください」
握っている携帯を取り上げてなにやら先同士を向け合った。それからなにやら操作し、シゲルの元へと戻ってきた。
「最新の機種ですね、ボスも同じのでしたけどタツヤさんもですか?」
「たぶん、ジマさんがよこしたものだから」
「それ、一台だけですよね」
統括マネージャーの飯島の名前が出て会社の営業用の携帯かを確かめたヒロは
「これ?眞鍋君は他に持っているのか?」
「俺はこれだけです。イクトはウザイからとか言ってプライベートと分けてますけど」ちょっとカルチャーショック気味のシゲルにとって携帯など一台で充分じゃないかと思い、なんだか置いて行かれるようであった。ヒロはさっき見た携帯に知った番号以外が登録されていない事を素早く確認し、ちょっと安堵した。無意識のうちに独占欲が芽生え出したのである。
「じゃぁ、行きますから」
「うん」
「食べるところ、俺が決めて良いですか?」
「任せる」
友達と約束するように自然に言ったヒロの笑顔に切なさが込み上げて、また泣いてしまいそうになった。イクトの捜す声が外で聞こえ、慌てて出て行く彼の残像を見ていたシゲルはふと浮かんだ曲を書きとめる為に自らも仕事へと戻っていった。


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