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作品名:STM 作者:潮音

最終回   桜の下で
「曲、出来たんだ」
「他が追い込みで、遅れたけどな」
「とりあえず通そうぜ」
製作会議が午後からとなりその予定でスケジュールを組んでいたので3人は誰からともなく、会社に近い専用スタジオに集まっていた。今朝仕上げたばかりの楽譜をコピーし作曲者であるシゲルが配りさわりを弾きはじめる。時間がないので挨拶もそこそこに始めるのは何時もの事で、10年来の付き合いの成せる事であった。ピアノをシゲル、ヴァイオリンをタツヤ、チェロをモトヤが担当しているピアノトリオと呼ばれるユニットを組み3人はSTMという名前で昔は小さいホールを中心に活動していた。
「もう少し、タツヤの音が強くないと」
「華やかさが足りないだろこれじゃ」
「入り方を工夫しない何時もと同じだな」
それぞれが音を何度も重ね曲を仕上げていく。普段は意見がぶつかる事の無い3人だがこの時ばかりは妥協しないので暫し、険悪な空気が流れる。
「今年はライブ、出来ると良いな」
「去年はSpinのデビューイベントで結局は出来なかったし」
「会場、押えるだけでもしとくか」
タイムリミットのアラームが鳴り練習を終えると楽器をしまい、いつもの様に運動不足解消の為に会社まで歩き始めた。3人が向かっている会社New Ageは日本を代表する芸能事務所でアーティストからアイドルまで100人以上が所属する芸能事務所で、本業の音楽活動以外にシゲルは所属タレントの作詞作曲、タツヤは衣装や舞台装置のデザイン、モトヤは振付師として当初からその才能を生かし所属事務所のブレーンとして活躍している。
「今日の会議が延びたのが嫌な予感がする」
「確かに、ジマさんから発したみたいだし」
社長の右腕で全タレントの統括マネージャーである飯島は3人の才能を逸早く評価し取り立てた人物で、ここ10年で事務所を日本有数の事務所に育て上げた功労者であった。彼らの才能と性格を熟知していて何時も無理難題を押し付けてくる。
「お腹空いたな」
「俺も」
「弁当、キャンセルしてないと良いけど」
表参道に近い静かな住宅街を抜けながら表通りに出ると世間が休日だと知り、人通りの多さに慌てた。デビューなどはしていないので囲まれたりはしないのだがモトヤ以外は長身では無いがモデル並の容姿で、歩いているとスカウトや男女問わず通行人に声をかけられる。何時もの事と無視しながら途中で馴染みの店に声をかけ足早に事務所に向かった。
「タクシーにしとけば良かった」
「今度からスタジオにカレンダー置こう」
「そうだな。それにしても人が多くないか」
やっと静かな路地に入ると無理矢理渡された名刺など公園のゴミ箱へ処分した。会社の脇の公園では何時の間にか桜の花が満開となっていて3人とも思わず足を止めて見とれていた。
「辻の音楽堂って、バックのカーテン開けると桜が見えるの知ってるか?」
「ああ、テラスになっているから桜の中に立っている錯覚を起こすってやつだよな」
「そのうち、やれたら良いな」
情景が浮かび先程の曲のイメージが一気に固まり3人の音楽家としてのアンテナを大いに刺激する事となった。
「あの3人は何時まで花見をしているつもりなのかね」
「声をかけないと夜まであのままですよ、きっと」
事務所の南側の窓からは公園が良く見え先程から飯島を始めとするスタッフが昼食の弁当を食べながら3人の動向を伺っていた。
「ああしていると絵になりますね」
「本人達にやる気があれば幾らでもなんとかなりそうですけどね」
「やる気を出されたら、俺たちの仕事は無くなるぞ」
3人をトップとするスタッフはもったいないと感じつつも刺激しないようにと思い直した。
「タツヤ、何か弾いて」
会議が終わったらメンテナンスに出すために普段は持ち歩かないヴァイオリンを指すと
「やだよ、埃で汚れる」
「俺も聞きたい。良いじゃん。今日、出すんだろ」
「モトヤ、いい加減なこと言うな」
ケースを抱え込んで首を横に振ると最初に言い出したシゲルはモトヤにウィンクしながら
「カツモのヴァニッシュでどうだ」
「Roseのシトラスグレーも付けるから」
意外にも甘党のタツヤにとって忙しくて暫く食べていない大好物を並べられ大きく揺さぶられた。
「今日中だぞ」
「今から誰かに言って買ってきてもらうから」
携帯をちらつかせたモトヤと大きく頷くシゲルを交互に見て、一瞬考えたふりをしてベンチにケースを降ろしもったい付けた様に渋々と開けた。
「ジマさん、何かするみたいですね」
「演奏する気じゃないですよね」
タツヤを見ていたスタッフが打合せをしている飯島に注進すると
「その気だ。あいつら」
ふと視線を向けて確認すると素早く携帯を取り出してリダイアルを押した。
「桜の園」
その気になったタツヤにちゃっかりリクエストをしたモトヤに頷いて構えた瞬間に、シゲルの携帯が鳴り響いた。飯島専用の着信音で3人は動きを止めた。
「やば、見られてた」
桜越しに事務所を振り返ると2階にある会議室には知っている顔が幾つも並び、その中央に般若形相で仁王立ちしているであろう飯島の姿が見えた。3人とも視力が良いのを知っているので無視するわけにもいかず視線をそらすので精一杯であった。
「行くか」
「あーあ、また怒られるよ」
ケースに素早く仕舞ったタツヤはちょっとほっとしながらも飯島の顔が浮かびげんなりとした。
「俺、昨日、Spinの事で言われたばかりだよ」
「あいつらお前に新しいアシ付けるって聞いて戻せって噛み付いたんだってな」
「愛されてるねぇ、モトヤ」
「デビューした自覚がなさすぎる、あいつら」
ダンスグループとしてデビューしたSpinは元はモトヤ組と呼ばれる、アシスタント集団でモトヤをボスと呼び崇拝していた。事務所へは養成生として入ったのにも関わらずアシスタントになってからはデビューする事など眼中に無くなった5人はモトヤに一生付いていくと決めていたのである。そこへきてボスであるモトヤの強い推薦でデビューの話が持ち上がり、断れぬまま話が進みスポーツドリンクのイメージキャラクターとして華々しくデビューを飾ったのであった。
「とりあえず、急ごうぜ」
「了解」
桜が満開に咲き誇り、怒涛の年が始まる静かな春のある日のことであった。


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