どこからどう見ても、あか抜けない田舎の飲食店。 表参道にあるようなカフェを意識しているようだけれど、やっぱりダサイ。金色の横文字がならんだ小さな看板とか、入り口の脇に出してある黒板に書いてある「本日の日替わり/チキンとトマトのパスタ 本日のデザート/キャンドルケーキ」とか。 ダサイ、ダサイ、ダサイ。 こんな店でお洒落ぶってお食事している女の子たちも、やっぱりダサイ。 聖なる夜の精いっぱいのおめかしは、雑誌に載っていたコーディネートを髪もメイクもそっくりそのまま真似して、何の工夫もない。お似合いの彼氏が差し出すプレゼントは、みんな同じショッピングセンターの包装紙。 「チキンとトマトのパスタ」を食べ終わったら、空き店舗だらけの商店街の振興策でつけられた安っぽいイルミネーションを見に行って、ペカペカと点滅する青いトナカイなんかを喜ぶのがお約束だろう。 ああ、ダサイ。
それにしても、寒い。 あの気に障る天気予報が当たるのかもしれない。 「今夜は雪が舞い、ホワイトクリスマスになるかもしれません」 天気予報でクリスマスのことを言う必要がどこにある。雪が舞うかもしれません、だけで充分だ。
空気が冷たくて、刺さるように痛い。 こんなことなら、車の鍵を預かっておけば良かった。コインパーキングの前で、通りの向こうのダサイ店を眺めながら、旦那を待ちぼうけ。 体の芯まで冷えてきた。 かじかんだ手を擦りあわせたら、カサカサと音がした。 ささくれて、ヒビきれたオバサンの手。こんな手が、私の手だなんて。
去年までは、こんなのじゃなかった。カルティエの指輪が似合う、白くてなめらかな手だった。手だけじゃない。髪だって服だって、何もかも全部、こんなのじゃなかった。
私は、都会的で綺麗なお姉さんだった。 東京の、丸の内の大きな法律事務所の弁護士秘書だった。代官山の美容室で髪を切って、表参道でお買い物をしていた。薔薇の香りのオイルで脚をマッサージするのが日課で、ネイルの手入れも怠らなかった。お洒落な同僚と本当にお洒落なカフェでお茶を飲んだ。 私は、都会の上品なお姉さんだった。 何もかも完璧で、楽しかった。
それが、今は、もう信じられない有様だ。 服は東京時代のもので、去年の流行だという一点を気にしなければ良いだけだが、髪の毛はパサパサになってしまって丁寧にまとめても後れ毛が顔にまとわりつく。毎日毎日、農作業と家事。たまの余暇の過ごし方といえば、ほぼ強制参加の農協婦人部の集会に出て、公民館で饅頭を食べながら番茶を飲み、お坊さんの講話を聞くこと。新しい服なんか買えない。最後に美容院に行ったのは半年前だ。
全部、旦那のせいだ。
出会った頃は、毎日頬をつねって夢じゃないことを確かめていた。 私の人生に奇跡みたいに現れた、ステキな王子様だった。 東京生まれの東京育ち。有名私立大学出身で、有名な商社で働く絵に描いたようなエリートで、背が高くてスーツがよく似合い、笑顔が爽やかで、仕草が洗練されていて、面白い会話が出来て、活動的で、ドラマの主人公みたいだった。 そしてなにより優しくて、一緒にいると安心できた。 恋人時代は最高だった。 彼が運転するアウディで海までドライブした。夜景の見えるレストランで美味しいイタリアンを食べた。ミュージカルをみた。一緒にお弁当を作って公園でピクニックをした。 誕生日には綺麗な赤いハイヒールをプレゼントしてくれた。一緒に色んな所に出かけようっていうメッセージカード付きで。それを履いて、出会った記念日にあわせてシンガポール旅行へ出かけた。時々は喧嘩もしたけれど、楽しい思い出しかない。 そして、去年のクリスマス。まるで光の洪水のようなイルミネーションの下で、結婚しよう、とカルティエの指輪を左手の薬指にはめてくれた。羽根のような雪がヒラヒラと舞い落ちていた。嬉しくて涙がこぼれた。
最高の気分だった。 あの時は、こういう都会的で華やかな生活がずっと続くと思っていた。 目指していた人生を手に入れたと思ったのだ。
私は、田舎の、兼業農家の家に生まれた。ゴム長靴を履いて籾殻の山で遊ぶのがお気に入りの、ほっぺたの赤い子供だった。お父さんの運転する軽トラックの荷台に乗り、お母さんを手伝ってラッキョウの皮をむいて、それなりに幸せに毎日を送っていた。 中学生になるまでは。 中学生になった途端、同じようだった友達がみんな色気づいて、ファッション雑誌なんかを見るようになった。バスで一時間かけて町のショッピングセンターへ買い物に出かけ、雑誌に載っていたのと同じバッグを持って、雑誌に載っていたヘアアレンジで登校するようになった。 私は、その波に少しばかり乗り遅れた。 お母さんが切ってくれる前髪と、年の離れたいとこのお古。 ダサイ、と言われた。 ダサイ、ダサイ、ダサイ。
高校でも、同じ理由で仲間はずれにされた。町の商店街に出来たお洒落なカフェにクラスの女の子はみんな一緒に出かけたのに、私だけ誘われなかった。 「だって山内さんはそーゆーの興味ないと思って」 「てゆーか、似合わないし」
東京に行こう、と思った。本当の都会で本当にお洒落な大人になって、優雅に里帰りをして、田舎じみたオバサンになった同級生たちを見下してやろうと思った。
猛勉強して、奨学金を取り、東京の大学へ進んだ。それからもう努力して努力して、どこから見てもあか抜けた都会の女になった。周りの人たちはみんな私をきれいだ、センスが良いと褒めてくれた。 何もかもが最高だったのに。
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