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作品名:また会える 作者:すずめ

第1回   1
Kさんへ

 さようなら。どうかお元気で。

 読書が趣味で特にミステリーが好きなところとか、音楽聴くのは大好きだけどカラオケは大嫌いだとか、実は人見知りだとか、私たち似た所が結構あるからかな?一回り以上歳の離れたKさんの方が同じ年頃の人たちよりずっと話が合って、おしゃべりするのがほんとうに楽しかった。あ、Kさんが人見知りだなんて、まだ半分信じていませんけれどね。

 だってKさん、本当に人見知りの人は初めて来た喫茶店で初めて会った店員にあんなに沢山話しかけないと思います。人見知りなんてやっぱり嘘でしょ?
 決まって土曜日の午前中。モーニングが終わってお客が途絶える時間帯に来て、窓側の一番奥の席に陣取る。ブレンドコーヒーを注文して本を広げる。コーヒーを持って行くと耳慣れない訛をほんの少しまぜてひとしきりしゃべる。話題は遠い雪国から引っ越してきたからこの町の名所を教えて、とか、名物の何々に驚いた、というのが定番。コーヒーはブラックだから甘いものは嫌いかと思ったら、たまに生クリームたっぷりのロールケーキとか、バターとシロップがしたたるホットケーキを嬉しそうに食べる。印象に残るお客さんであるKさんと、お店じゃない所で初めて会ったのは図書館でしたね。

 春の終わり頃、金曜の夕方でした。ミステリー小説の棚のところでバッタリ会いました。
なんだかお互い照れくさくて、ああどうも、なんてモゴモゴと挨拶をしてそそくさと帰りましたよね。当然別々に出たのに、続いて行ったCDショップの洋楽コーナーでまたバッタリ。今度は二人して可笑しくなって、笑いましたよね。
狭い町で趣味が似ていたらこんな風に出くわすこともあるのでしょうが、なんだかマンガに出てくる運命の出会いみたいでなんだかドキドキしてしまいました。
それからは土曜日のお店での会話もより弾むようになりましたね。
最近いいなと思った曲の話をしたり、好きな本を貸しあいっこしたり。行ってみたい外国はどこかとか嫌いな野菜は何かとか。Kさんの生まれ故郷の話は特に面白かった。盛り上がって、Kさん初恋の女の子の名前まで教えてくれて。
 一緒に散歩したこともありましたね。ほら、秋口にまたまた図書館でバッタリ会った時です。この町に住んで長いのに名所も名物もよく知らないわたしのことをKさんがからかうから、名所旧跡ではないけれどとっておきのお気に入りの場所があるって、その場でKさんの袖をつかんで引っ張って出かけました。
 図書館の裏手にある丘を登りきった所にあるあの公園です。色の剥げたシーソーが一つと小さなベンチだけの寂しい公園だけど、そこから見る夕陽はわたしが言うとおり最高だったでしょう?
 二人でベンチに座って日がすっかり沈んでしまうまで眺めて、すっかり暗くなった道を並んで下りました。夕焼けは人をセンチメンタルな気分にするのか、いつもは他愛のないことをしゃべってケラケラ笑い合うのに、あの時は口数も少なくてポツポツと個人的な話をしましたよね。気付いたらわたしはずっとKさんの袖をつかんだままでいました。

 その頃にはもう、わたしはKさんに恋していたのです。
Kさんがお店に来る土曜日が待ち遠しくて、図書館にいけばKさんもいないかとフロアを一回りしたり、ふとした瞬間にKさんのハスキーな声を思い出していたり。土曜日にはいつもより念入りにお化粧して、コーヒーを待つ間本を読むKさんの横顔にみとれていました。本を選ぶ時も音楽を探す時もKさんはこういうの好みかなって考えていたんですよ。
驚きましたか?それとも少し予想していましたか?

 分かっています。Kさんには奥さんもお子さんもいる。

 夫婦仲が実はあまり上手くいっていなくて奥さんは子供をつれて実家に入りびたり半分別居状態だと、公園の帰り道にあなたから聞かされたとき、もしかしてわたしに可能性があるかもしれないなんて、馬鹿な夢を見てしまいました。

 Kさん、家族の話をするとき、あなたはとてもいい顔をしています。
 この前の日曜日久しぶりに娘と遊園地に行ったんだよね。
 この前アニメ映画見に連れて行ってさ、キャラクターグッズが欲しいってぐずられてまいったよ。
 そんな話を聞くと、きまってわたしは胸の奥のほうが疼きました。

 そしてついに先々週の日曜日、ご家族と一緒のあなたを見かけてしまいました。
 五歳くらいの娘さんの手を引いたKさんと、ベビーカーを押した奥さん。
 奥さんの足下をさりげなく気遣うKさん。Kさんに微笑みかける奥さん。
 わたしは買い物途中でスーパーから逃げ出しました。

 うらやましくて仕方がなかった。わたしもあなたに愛されてみたい。
 あなたの温かい大きな手で抱きしめて欲しい。
 わたしにだけ優しくして欲しい。わたしだけを好きでいて欲しい。
 Kさん、Kさん、わたしを見てください。わたしを愛してください。
 わたしはあなたが大好きです。


 辛いです。大好きだから。
 先週の土曜日、来店したあなたの顔を見て、あと少しで涙がこぼれそうになりました。
 分からなかったでしょう?ポーカーフェイスと愛想笑いが特技ですから。
 奥さんと仲直りした話を、いつも通りにこやかな顔で聞けていたでしょう?

 でも、二回同じ事はできそうにありません。壊れてしまいそうです。

 だから、さようなら です。
 仕事が見つかり次第なるべく遠くに引っ越そうと思います。
 喫茶店はマスターに無理を言って昨日付けで辞めました。
 今日は土曜日です。
 Kさんがお店に来る日です。
 マスターに、わがままついでにこれをKさんに渡してくれるように頼みました。
 こんなもの迷惑でしかないでしょうが、ごめんなさい。書いてしまいました。

 あなたに会いたくてたまりません。
 あなたに会うのが怖くてたまりません。
 でも会いたい。

 いつかまた、会えるかな。
 Kさんみたいに幸せな家族を手に入れたら、胸を張ってまた会えるかな。

 ここまで読んでくれて、ありがとうございました。あとはどうぞ破って捨ててください。

 さようなら。


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