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作品名:風が吹く前に 作者:千石綾子

第6回   風が吹く前に (4)
 リシュアは目を凝らして辺りを見回した。

 広い廊下はただがらんとして、視界を遮るものは何もなかった。

 暗いとはいえ、何かがそこに居ればすぐに分かる程度の灯りはあった。

 それでもリシュアの目はそこに人影を見出すことはできなかった。

 この気配は小動物のような類のものではない。

 それだけははっきりと分かった。

 リシュアは銃を構えながら慎重に廊下を進んだ。

 何かとてもいやな感じがした。

 息を殺して進んでいくリシュア。

 数歩進んだところで、彼は自分のすぐそばで何かの息遣いをはっきりと感じ取った。

 ほぼ同時にリシュアは銃の引き金を引いていた。

 激しい銃声が廊下に響き、何かの叫び声が少し離れたところで聞こえた。

 続けて何かが走り去る足音。

 それっきり、廊下は静まりかえった。

 リシュアは後を追おうとも思ったが、すぐにその考えは捨てた。

 気配を感じてから発砲するまで、そして叫び声を聞いた時ですら、彼は「何も見なかった」のだ。

 その気配はすぐそばで感じられたというのに、「それ」の姿はどこにもなかった。

 「何か見ましたか?」

 リシュアは司祭を振り返って尋ねた。

 司祭は青ざめた顔で黙ったまま、ただ首を横に振った。





 無線で呼び寄せられた部下たちがそれぞれ宝物庫の前に集まるまでに5分とかからなかった。

 司祭はビュッカに付き添われて部屋へと戻っていった。

 「 中尉、血痕です」

 廊下を調べていたアルジュが静かに告げた。

 その言葉通り、廊下には点々と小さな血痕がライトに照らし出されていた。

 「これを辿っていけば透明人間の隠れ家がすぐに見つかるって訳か」

 しげしげと血痕を見つめてユニーは唸った。

 「本気で透明人間なんて言ってるのかい」

 アルジュはフンと鼻で笑って腰に手を当てた。

 「きっと光の屈折を調整して姿を消すスーツのようなものを着ていたのさ。

 北の大国ならそのくらいの最新技術はあってもおかしくないね」

 さらりと言い切るアルジュの言葉にユニーは素直にふうん、と頷いて首を傾げた。

 「ほらほら、推理ごっこは後回しだ。とにかく追いかけろ」

 リシュアはぽんぽんと手を叩いて部下達を促した。

 そしてムファに向き直ると、血痕をふき取った布を手渡した。

 「お前はこれを本部に届けてこい。人間の血かどうかくらいは分かるだろう」

 ムファは嬉しそうにそれを受け取ると、親指を立ててみせた。

 ご機嫌で出かけて行くムファとすれ違ったビュッカは不思議そうにその背中を見送った。

 「退屈そうだからお使いに出してやったのさ」

 そんなリシュアの言葉でようやく納得したビュッカは少し微笑んだ。

 「本部の応援を要請しますか?」

 「いや、却って邪魔になるだけだ。鬼ごっこは若手2人に任せておけばいいさ」

 そう答えてリシュアは壁にもたれたまま宝物庫の扉をじっと見つめた。

 「何か?」

 「……待っていたんじゃないかと思ってな。ここを開けるのを」

 姿なき侵入者は恐らくここで司祭が鍵を開けるのを待っていたのだろう。

 「お宝……か」

 顎に手をかけて何か思案にふけるリシュアの無線からアルジュの声が響いた。

 「……中尉、だめです。途中で跡が消えています」

 リシュアは左程落胆の色も見せずに部下に答えた。

 「まあいいだろう。とりあえず守衛室に戻っていろ」

 そうして大きく伸びをしながらビュッカに向き直った。

 「さ、戻るぞ。今日のところはお開きだ。さすがに今夜はもう出てこないさ」

 ビュッカは硬い表情のまま辺りを見回したが、しんとした廊下には何も見出せず素直に上司の後を追った。



 


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