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作品名:風が吹く前に 作者:千石綾子

第5回   風が吹く前に (3)
「このドアは加減が難しいから、こう、こうするんだぞ」

 ロタは立て付けの悪い勝手口を斜めに押し上げながら開けて見せた。

 「……直せばいいのに」

 ぼそりとリシュアが呟くとロタがじろりと睨んだ。

 「ここは壁が歪んでるから何度直しても駄目なんだ。分かった口を聞くな」

 癇に障る口ぶりに反論しようとしたリシュアを尻目にロタはさっさと先へ進んでいた。

 「ここは食料庫で向こうがガスのタンク置き場だ。火気厳禁だからな!」

 振り向きざまにリシュアを指さした。

 「指をさすな指を」

 抗議の言葉もロタは無視してぶつぶつ呟いた。

 「最近イタチか何かがジャガイモを荒らして困るんだ。イリアはおいらのせいにするけど……」

 「イタチなんか見かけたことないわよ。どうせ葡萄パンもミルクもイタチのせいなんでしょ」

 洗い終わった洗濯物を籠に積んだイリアがドアの陰から顔を出した。

 「だからおいらじゃないって……」

 「はいはい。食いしん坊のイタチには困ったものよね」

 澄ました顔でイリアは物干し台の方へ歩いていった。

 「……ったくイリアの奴ぅ」

 むくれ顔のロタとリシュアの目が合った。

 「何だよ!何見てんだよ!こっちだこっち」

 胸を張って大股でリシュアの先を歩いていくロタ。

 後ろからはイリアがくすくすと笑う声。

 リシュアは溜息をついた。




 一通り回ったところで、最初の廊下への入り口に戻ってきた。

 「……大体こんなとこだ。一応合鍵は渡しておくけど失くすんじゃないぞ!」

 「はいはい……っておい、肝心の宝物庫はどうした」

 「あそこと司祭様のお部屋は司祭様しか鍵を持ってないぞ。司祭様にお願いするんだな」

 ロタはリシュアに鍵束を渡すと、しっしっと追い出すようにドアを閉めた。

 廊下にぽつんと取り残されたリシュアは苦々しい顔で呟いた。

 「ったく馬鹿にしやがって……チビスケが」

 「それ、本人には絶対言わない方がいいわよ。気にしてるから」

 背後でイリアの声がして、リシュアは驚いて振り返った。

 「……聞いてたか」

 「ねえ、さっきの話だけど」

 イリアは少し深刻そうな顔をしていた。

 「ロタも言ってたけど、最近夜中に食料が荒らされてるの」

 リシュアの眉が少し上がった。

 「この前あの軍人さんが見たっていうものが何だか分からないけど……なんだか気味が悪い」

 「……だな。もしかすると本当に何か潜んでいるのかもしれん。今夜良く探してみるさ」

 真面目な顔でそう答えると、イリアは安心したように頷いて空になった籠を抱えて立ち去っていった。




 その夜はイリアとの約束通り寺院内を捜索するために全員が居残りとなった。

 当直の予定のなかったユニーは母親に、ビュッカは恋人にその旨を告げる電話を入れた。

 ムファはそれをニヤニヤと眺めては冷やかし、受話器を置いたビュッカに額を小突かれていた。

 「さて諸君」

 にわかに捜索隊の隊長となったリシュアは皆をぐるりと見回した。

 「蝙蝠でもイタチでもコソ泥でも構わん。怪しいものは全てとっ捕まえて来い。

 2人1組になって行動し、なにかあったら逐一無線で知らせるように」

 「はい、隊長!」

 こうして物々しく探索が始まった。

 ユニーとビュッカ、そしてアルジュとムファがそれぞれ二手に別れ闇に消えていった。

 リシュアも昼にロタから受け取った鍵束を手に警備室を後にした。

 キッチンや食料庫、書庫や応接室を見回った後に辿りついたのは例の大広間だった。

 「夜分に失礼致します。宝物庫を点検したいと思いますので、恐れ入りますがご案内頂けますか」

 電話で司祭に告げると、暫くしてあの時のようにドアが開いた。

 「どうぞ」

 ランタンを持った司祭がやはりあの時と同じように現れ、しかし今度は中へとリシュアを招いた。

 高い天井の長い廊下にはぽつんぽつんと小さな灯りがあるだけで、ランタンが放つ光は闇に飲まれそうに見えた。

 リシュアは手にした懐中電灯で隅々を照らしながら異常がないことを確かめ、耳を澄ませた。

 司祭は終始黙ったままで、そのサンダルは音も立てずに歩を進め、ローブが立てる衣擦れの音だけが廊下に響いた。

 後を追うリシュアはなにか会話の糸口を見つけようと必死になったが、頭に浮かぶのはミサでの司祭の言葉だけだった

 司祭の笑顔を見るためとはいえ、あの教えに迎合する気には到底なれない。

 そんな思いがぐるぐると頭を巡って、結局かける言葉は見つからなかった。

 長い沈黙にリシュアが耐え切れなくなる頃、ようやく二人は宝物庫の前に着いた。



 それは部屋というよりは金庫に近かった。

 大きく頑丈なアーチ型の鉄製の扉にはやはり鉄製の太い閂が掛けられていた。

 閂には大きく頑丈そうな錠前。

 「ここは普段は滅多に使いません」

 司祭の声は少し不機嫌そうだった。

 そしてその言葉通り、閂と錠前は少し錆付いていた。

 見守るリシュアはやはり司祭に返す言葉が見つからずにいた。

 居心地の悪い沈黙が続く。

 司祭は諦めたように鍵束の中から一際大きな鍵を取り出すと錠前に差し込んだ。

 その時だった。

 「待って」

 リシュアは鋭く制した。

 司祭の手が止まった。

 リシュアは司祭を守るような体勢で身構えたまま、宝物庫の前の廊下や天井をライトで照らした。

 「何か……居ます」

 どこかから鋭く見つめる視線と消しきれない気配をリシュアは確かに感じていた。



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