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作品名:蒼眼の禁時師 作者:風羽 ちから

第3回   消滅
「ぬし、異人か。」

「異人。そうかも知れぬし、そうでもない。俺は禁時師なだけだ。」

若者は小さく笑いを含めそう言った。

「さあ、抜け。どうせ斬るのに手向かい無しでは興ざめであろう。」

信長は自身の差し料をスラリと抜いた。

「時繰りでは、正々堂々という言葉は無いのだぞ。抜き合わせる意味が無い。」

当たり前である。時繰りはその一閃に時を止め、対象を仕留めるもの、そのため禁時師

の主な役割は「暗殺」であった。しかし、信長は返す。

「のう、先ずは名でも聞いておこうかの。死出の土産じゃ、名乗れ。」

「蒼眼の者だけが風鳴(カザナリ)の姓を継承する。代わりにその者に名は無い。」

その言葉を言い終えるか、という時には既に男の左手には抜き身が晒されていた。

なんと、刀身までもが蒼く、艶めかしく輝いている。

「ぬしの一族でこの日の本を納める事も出来るであろうに、何ゆえせぬ。」

「興味がない。ただ、時を流れ、それを著しく逸脱した者を斬る。そうしてこの世の

均衡に勤める。これが俺等の生業だ。しかし、時繰りを望む者が出ぬ限りは手付かず

だがな」

「余を斬るのに合力を頼んだ者がいるというのじゃな。」

風鳴と名乗った若者は応える。

「ああ、お前はあまりに殺し過ぎた。大望のため、この世から戦を失くすためなどでは

ない。己の野心の為に殺した。朝廷を消してまで築く己が王国の為に痛みを産みすぎた

んだよ。痛みの上に世が動き、変貌するのは理解するが、お前はその痛みの上に、更な

る痛みを産み出す者。それが此度の時繰りの訳だ。」

「ほざきよる。そなたの様な若輩に解るのか。この膿みきった世の仕組みが。それらを

全て灰燼に帰して初めて新しき世が生まれるのじゃ。」

「そこだよ。それが歪んでいると言ってるんだよ。お前自身が云っていたはずだ。

帝とて所詮は基は人だと。お前も只の人間だということを忘れている。そろそろだ、

よいか信長。」

信長はここでため息をつき、風鳴に言った。

「最後に余に合力をしてはくれまいか。」

「時繰りを望んだ者の命は取れない。」

「今更に、そんな肝の小さき事を、違う。余の・・・・」

囁くような信長の声であったが風鳴は応えた。

「叶えよう。お前と、その者の骸は誰にも渡さん。それでよいな。」

「うむ。」

信長は、そう答えると同時に風鳴りに向かい刀を振り下ろした。

戦国当時、剣術自体は武家のたしなみというに過ぎない程度であったが、信長はその域

をはるかに越えていた。刹那の動きで既に袈裟切りに移っていたのである。

風鳴の体は二つに割れた。信長自身もそう錯覚したほどに、自己の剣の振りは生涯で最

も速いものであっただろう。

「恐ろしいな。終わって居るでは・・ないか。」

信長はこう言い、後ろを振り向く。

風鳴は背後に立ち、信長の胸を既に貫いていたのである。突き出た刀身は、蒼と紅の

色彩に濡れていた。

「おぉ、ぉぉ。禁時師。大儀であった。が、ぬしに時繰りを望んだ者が、誰であれ、

その者も必ずに狂う。高みへ行けば必ず人は、独りとなる。殺さねば、落ち着かなく

り・・・」

その言葉は最後までは発せられなかった。風鳴は既にその言葉の途中では大きく振りを

かぶっている。

そして一閃。

消えた。

信長はここで、殺戮と、孤独、野心から解放されたのである。

「お前、誰が望んだ者なのかを薄々気付いていたか。安堵して逝け、願いは必ず届けて

やる。」

風鳴は信長の首のみを落として、本能寺地下道から沸と消えた。



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