時にして1582年、月日は6月2日、深夜更に深き夜のことであった。
漆黒の闇と静寂を突き破る「時の声」と共に、狂者たちは境内へ侵入を始めた。
場所は京・本能寺、誰もが知る日本史上最も有名な造反事変の一つであろう。
今や天下をほぼ掌中に納め「島津」「毛利」「長宗我部」「上杉」この4氏のみを
残してはいるものの、これらの殲滅を終了して晴れて天下布武の名乗りを上げるところ
に今日の事変であった。討たれるべくしてこの狂宴の主賓として招かれ、いや、踏み込
まれたのは「織田信長」、知らぬものは皆無のことであろう。
信長は三男、信孝と丹羽長秀に四国の長宗我部氏の討伐命令を、中国毛利氏には羽柴秀
吉を差し向けていた。四国を落とし、中国も平らげたその後に九州の島津氏への侵攻を
開始しようという絵図であった。残る上杉は軍神とまで言われた上杉謙信の死によっ
て、家は分裂、骨肉の家督争いの最中である。後顧の憂いは心配ない。
慎重な信長の天下布武への道程は完璧なものであったといえる。
そして当人であるこの男の行うべきことは、真の目的である「天下布武」の敢行であっ
た。朝廷の黙殺である。
この男、名実「日の本の王」になる事が真の目的であったのだ。
「石仏は石・木仏は木である。所詮は帝も基は人。」
崇拝すればそこに完成するのは「信仰」であり、それらを形成するものを紐解けば
すなわち只の「もの」や「人」だということだ。
歴史や秩序は少なからず必要だろうという人間の真理を、自らが始祖となって作り出
す。そんな信長も、この夜は深い眠りの中に落ち、何を夢に見ていたのであろうか。
その甘き夢を劈くほどの驚声に、信長は現世(うつしよ)へ戻されたのであった。
「何事ぞ。」
近習は叫ぶ。
「謀反にございます。」
「何、猿か。信忠か。」
「桔梗の旗印でございます。」
ため息と共に出てきた信長の声は怒りを覚えていない。
「あの石頭め。時勢をも読めない程になりおったか。是非もない。弓、槍を持て。」
近習は走りその場を離れた。
信長はそのまま境内前廊下に向かい、中庭を眺めた。
狂進の兵士達は戦略を持たぬようであり、只ひたすらに「一首」を求めていた。
「絶景だのう。これほどの勝ち戦、彼奴も喜んでおる事かのう。」
信長は矢を番え、丁寧に、彼に向かってくる狂者の魂を弦音で貫いていく。
「見つけたぞ、×▲■●だ。手柄は●××であるぞ。」
既に人が放つ言葉にならないこの獣類とも言うべき兵士達を前にして信長は放つ。
「余が送ってやる、憐れなものだ。統制の取れぬ魂は人を人外に押しやるものだ。」
驚くほどに怒りを現さない信長に、近習の者も応戦を忘れて虚を突かれる程であった。
そして雷鳴のごとき数発の銃声。
狙いをつけ、自ら鉄砲隊の指揮にあたり、照準を定めたこの男。
彼がこの事変の首謀者である「明智光秀」その人である。
織田軍きっての鉄砲の名手であり、戦略、人格共に他の重臣に劣らぬ、信長の片腕であ
った男だ。口元には泡が乾き、呼吸も苦しそうである。
冷静なこの武将の最期の醜態であろう。
「う。」
弓から槍へと持ち替えていた信長は左肩に被弾し、槍を落とした。
「お主が余を殺るとはの。思いもせなんだわ。」
「だがお主では無理じゃ。猿であれば別じゃったがの。」
そして近習の筆頭である森蘭丸が信長の下に駆けつけた。
「もはや、これまでかと。」
「ん。蘭丸、火を放て。彼奴らに余の骸を渡してくれるなよ。」
「は。御意に必ずや添うて見せまする。最期のご奉公で御座いますれば。」
「ふ。初い奴じゃの。後から必ず参れ。」
信長は本殿奥へと歩いて去った。実に悠々として。
森蘭丸は方々へと火を打ち、最期の勤めに向かい邁進を始めた。
そして信長は別室へ篭ると床板を剥し始めたのである。
そこには薄い鉄板で出来た扉が有り、地下へと続いていた。
「蘭丸、悪いの。そなたは此処で果てる事になるが、余にはまだ死は早いのじゃ。」
側近の誰にあってもこの抜け道を知らせていなかった信長は、本能寺の僧侶達にこの
抜け道を秘密裏に掘らせていたのである。
僧侶達は信長を恐れ、口外などは決して行わない、第六天魔王と自称したほどの男が
相手である。しかも、本能寺は信長の覚えがめでたかったのも理由であろう。
抜け道は明智勢の包囲網より更に先に出るはずである。事実、抜け道ははるか先まで
続いていたのだ。
生存を確信した信長はゆっくりと漆黒の地下へと足を踏み出した。
その先にある真の滅殺をしらないのである。
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