念願のマンションを購入した 最上階のベランダから見下ろす絶好のロケーション 晴れた日は地平線がくっきりと見える 夜は夜景を楽しみながらビールで乾杯 無我夢中で働き続けた甲斐があった ある日、夜景を見るためベランダに出ると タバコの残り香がした まさか泥棒でも入ったのか ん、待てよ、この香り… 忘れもしない、ショートホープ 10年前に逝去した親父の愛用品だ
若い頃から親父はヘビースモーカーだったらしい だが、俺が生まれてからは家の中ではなく ベランダの隅っこで吸うようになった 「母さんがうるさくてな」 いつもそんなことをブツブツ言ってた それでもやめなかったから肺ガンになっちゃたんだろ そんなお袋も2年前病気で親父の元へ旅立った そっちでは仲良くやってるの?
ベランダにはショートホープの残り香が続いた 不思議なことに奇妙さは感じなかった むしろ帰宅してその香りを嗅ぐことに 何か懐かしさと安心感を覚え始めていた また、親父に会えたような…
ふと、ある光景が浮かんできた もしかしたら親父はお袋の目を盗んで このベランダに一服しに来ているのではないか 天国から一番近い喫煙所に
もし、俺に見つかったらこう言うんだろうな あの頃と同じように
「母さんがうるさくてな」
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