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作品名:鳥遣いのうた 作者:たねむら なたね

第1回   其ノ壱**三夜を待つ兄妹

遠い記憶の中の穴倉の底は、母さんのお腹にいた頃のように
暗く、どこまでも温かかった。


先程まで聴こえていた祭り囃子のような声は、いつの間にか
遠ざかって消えてしまったらしい。

外の様子を覗いてみたくて何度か兄の腕を引っ張ったが、
ふたつ年上の兄は頑としてその場から動こうとはせず、幼い妹は
ひとりで穴倉の入り口まで歩いてゆくと、ありったけの力を込め
開くはずのその床板を外そうとした。

滑らかな一枚板を前にした幼い指先は無力だった。蓋と床の隙間を
往き来するばかりで両腕をついて踏ん張ろうともビクともしない。
しばらくの間、カリカリと爪先で蓋のあちこちを掻いた挙げ句、
妹は手探りで兄の傍らに戻ってくると、床に座り込んで膝を抱えた。

「ユカラ。あとみっつ、数えよう」

「みっつ?」

「あとみっつ夜が来ればここを出られる。そうしたら婆さまのところに
行こう」

「どうして?今から婆さまのところに行こうよ」

「ううん。ボクもユカラも、まだもう少し待ってなくちゃ。
父さんや母さんや、みんなとも約束しただろう?」


ーーいいかい。この穴に入ったら、三回分だけ夜を待つんだ。
父さんと母さんがそれまでに来なかったら、ふたりで山に入って
尾根づたいに婆さまのところに行きなさい。


ボクたちにそう言った父さんは、それからすぐに砦の方に走って行った。
空には沢山の鳥たちが集まっていた。砦で鳥笛の音が響くたびに
鳥の数が増えてゆく。
少しずつ空が暗くなり、鳥の声と羽ばたきで埋め尽くされてゆく
空を背に、ボクたちは父さんの手でこの穴倉に入れられた。

砦の向こうで地鳴りがする。
ボクは父さんの言葉通りに、ユカラと一緒にみっつ先の夜を待った。


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