遠い記憶の中の穴倉の底は、母さんのお腹にいた頃のように 暗く、どこまでも温かかった。
先程まで聴こえていた祭り囃子のような声は、いつの間にか 遠ざかって消えてしまったらしい。
外の様子を覗いてみたくて何度か兄の腕を引っ張ったが、 ふたつ年上の兄は頑としてその場から動こうとはせず、幼い妹は ひとりで穴倉の入り口まで歩いてゆくと、ありったけの力を込め 開くはずのその床板を外そうとした。
滑らかな一枚板を前にした幼い指先は無力だった。蓋と床の隙間を 往き来するばかりで両腕をついて踏ん張ろうともビクともしない。 しばらくの間、カリカリと爪先で蓋のあちこちを掻いた挙げ句、 妹は手探りで兄の傍らに戻ってくると、床に座り込んで膝を抱えた。
「ユカラ。あとみっつ、数えよう」
「みっつ?」
「あとみっつ夜が来ればここを出られる。そうしたら婆さまのところに 行こう」
「どうして?今から婆さまのところに行こうよ」
「ううん。ボクもユカラも、まだもう少し待ってなくちゃ。 父さんや母さんや、みんなとも約束しただろう?」
ーーいいかい。この穴に入ったら、三回分だけ夜を待つんだ。 父さんと母さんがそれまでに来なかったら、ふたりで山に入って 尾根づたいに婆さまのところに行きなさい。
ボクたちにそう言った父さんは、それからすぐに砦の方に走って行った。 空には沢山の鳥たちが集まっていた。砦で鳥笛の音が響くたびに 鳥の数が増えてゆく。 少しずつ空が暗くなり、鳥の声と羽ばたきで埋め尽くされてゆく 空を背に、ボクたちは父さんの手でこの穴倉に入れられた。
砦の向こうで地鳴りがする。 ボクは父さんの言葉通りに、ユカラと一緒にみっつ先の夜を待った。
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