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作品名:日本国民皆坊主 作者:岸本クロ

最終回   1
 新しい首相として国会から指名された、鶴田は会見に臨んでいた。会見場に入ってから座るまでのわずかな間でも、たくさんのフラッシュがたかれ鶴田をカメラが捕えた。
 たくさんのマイク、カメラを前にして鶴田は首相としてこれからどのように日本の舵をとっていくか、100年に一度とも言われた不況からどのように脱出するかを述べるのかと思われた。しかし、鶴田の取った行動は、報道陣、テレビの前の視聴者が想定したものとはかけ離れていた。
 鶴田は背広のうちポケットから手のひらに収まる程度の何かを取り出した。携帯電話を取り出したのかと思うと、それは形や大きさこそ携帯電話と似通っていたものの、明らかに携帯電話とは異なる部分があった。それは何枚もの刃がついていたのだ。それはどこの電器店にも売っているような髪をきるためのバリカンだった。この首相新任の会見という状況下でバリカンを懐から出すという状況を周りの人間は理解できなかった。
 鶴田は目の前に陣取っている報道陣を尻目にバリカンのスイッチを入れた。モーターの回り、低い音が流れた。鶴田はそのバリカンを七三に綺麗に分けられた頭にあてがった。バリカンは鶴田の黒々とした髪を次々と刈っていった。そうしているうちに護衛と思しきスーツ姿の男達が二人現れた。彼らも手にバリカンを持っており、鶴田の後頭部にバリカンをあてて髪を刈っていった。報道陣は唖然としているうちに、鶴田は見事な丸坊主になった。床には髪が散乱し、首や肩、肘にも髪が付着していた。それらの髪を護衛の男達が刷毛で払いのけ、床の毛を箒ではきはじめた。鶴田自身も耳の中に入った細かい毛を取り除き、バリカンで刈った髪の処理が終わると、淡々と語り始めた。
「我々は未曾有の危機に直面している。このままでは我々自身、我々の国の将来は潰えてしまう。今の状況を招いた原因はどこにあるのか。私は選挙が終わってから眠らずに考えた。まず、それを解明しなければ我々は今の状況から立ち直ることはできないのだ。その結果、私はたどり着いたのだ。今の我々の危機は我々自身の振る舞いにあるのだと。今ほど、世の風紀が乱れたことがあるだろうか。今の若者は髪を何だかわからないような色に染め、それが自己主張だと思っている。また、年を取った者達も油で髪をなでつけいかにもという姿をしている。それに、カツラまでかぶり自分を偽ろうとする者も少なくない。私は思うのだ。もっと外見にこだわらず内面を磨くべきではないかと。日本国民個々人が内面を磨き、危機に対処できる能力をつけることができればこの未曾有の危機を乗り越えることができるのではないか。そのためには、人の心をまどわせる外見などいらないのだ。まず、手始めに全ての日本国民は髪を伸ばすことは許されず、坊主頭にするという法律を国会に提出する。もちろん、ヒゲをはやすことも禁止である。これからは日本国民皆坊主として、自らの将来のため、ひいては国家のために尽力するのである」
鶴田はそう言うと、記者からの質問を待たず会見場を後にした。
 その次の日の新聞は、鶴田の「日本人皆坊主」発言でもちきりだった。誰もが成立するはずのない法律と考えたが、鶴田はこれ以前に関係省庁、機関、企業、学校にまで根回しをしており、法律が制定される前に坊主にしなければ悪であると言わんばかりの状況が作られた。まず、文部科学省の指導要綱には「生徒の髪型に関しては教員が徹底して坊主頭にするよう指導すべし」という項目が書き加えられ、学校の校則にも「男女共に坊主頭にすべし」という設定を置く学校がほとんどになった。一般企業でも就業規則に、「坊主にて就業すべし」という項目が加えられ、採用条件にも「坊主頭のもの」という条件が加えられた。
 こうして、鶴田が「日本人皆坊主」発言から半年足らずで、世間の坊主にするべきという風潮はできあがった。もちろん、ファッション関係の職業に従事するものや美容院、床屋の関係者からの反発があり、連日集会や坊主法反対デモが繰り広げられ、国会や鶴田宅への襲撃をするものまで現れた。しかし、国会に坊主法案が提出され、衆参両院で可決され、施行されると、法律違反という名目でそれらの者達は逮捕されていった。
 床屋、美容院の反対とは裏腹に、この期間の売り上げは日本中で数倍にアップした。日本中の人々が坊主頭にするために床屋や美容院に駆け込んだからだ。しかし、それもその一定期間だけのことで、法律が施行され、坊主頭が普通の髪型となってくると、わざわざ坊主頭にするために美容院や床屋に行く必要はないという人が増え始めた。自前のバリカンを購入するものや、全自動坊主刈り器なる者が発売され、街にある床屋や美容院は不必要なものとなってしまった。
 コンビニよりも店舗数の多かった床屋や美容院は坊主法施行から5年足らずで数件足らずになってしまった。

 近藤は鏡の前で自分の頭にバリカンを当てていた。ともの思いにふけっていた。坊主法が施行されてから15年、最初の頃は慣れていなかったバリカンで自分の髪を刈る作業も歯を磨くことと同じように簡単な作業と化してしまった。髪の生える流れやつむじの位置など目を瞑ってでも思い描くことが出来る。
 坊主法の下では2週間に一度必ず髪を刈らねばならない。その長さは1センチ以下と明確に定められており、女であろうが、病人であろうが例外はない。
「いつからこんなことになっちまったんだろう」
15年前から今まで幾度となくつぶやいてきた言葉だった。近藤は腕のいい美容師として何人もの客をかかえていた。人を自分のはさみひとつで更に美しくさせることができる、喜ばせることができる美容師に惹かれ、専門学校に進学したのだった。そのときは坊主法が施行され、美容師が必要のない職業になってしまうとは思いもしなかった。専門学校を卒業すると、東京でも人気の美容院で働いた。そこで、カットの技術だけでなく、お客に対する気遣いや話し方など接客に関しても学んだ。そこで近藤は人気の美容院ということに胡坐をかくことなく、切磋琢磨したのだった。美容院に勤めて9年が経とうとしていたころ近藤は独立を決意した。美容院でも古株となり、後輩の指導に当たり店でも重要な役割を担うようになったのだが、地元に戻って自分の店を持つことを考えたのだ。
 鶴田の「日本国民皆坊主」発言が飛び出したのは、不動産屋や、店舗デザイナーと入念な交渉や打ち合わせをし、自分の店を持つめどがついた矢先の出来事だった。開店当初は坊主にする人が次々と来店したため好調な売り上げだったが、他の美容院、床屋の漏れず坊主法が施行され2年もたつと、売り上げは落ち店を締めるほかなくなってしまった。
 そのとき近藤は30歳で転職は難しいと思われたが、日本は第3次高度経済成長とも言われるほどの好景気に入っており、どこでも人手を求めており、都内の一流ホテルへ就職することができた。
 元々明るい性格で、美容院での接客経験もあったため、ホテルの仕事にはなじむことが比較的楽だった。それから近藤は43歳となり、今月できた新支店の支配人に任命されるまでになった。黒のスーツを着て、ネクタイを締めると表情は一流のホテルマンの顔となり、日本中、世界中から来るお客の相手をするのだった。しかし、仕事中に鏡に映った自分を見るとふとジーパンにロングTシャツというラフな格好で髪を切っていた頃を思い出し、妙な違和感を感じるのだった。
 それはバリカンで髪を切っているときにも感じるものであり、鏡の前でのつぶやきは近藤のそんな心情が吐き出されたものだった。

 1月の半ばの朝、近藤が支配人を務めるホテルのロビーは静かだった。ロビーで何かの打ち合わせをしている背広の二人組みと、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる老人しかいなかった。正月も過ぎ、年度末になるまでの閑散期だ。近藤はロビーを見渡しながら、今週は予約もなくスタッフに現場を任せておいても大丈夫そうだと考えていた。
 ホテルの開店ドアから5人の客が急ぎ足で入ってきた。朝食でも食べに来たのかと思っていると、そのままフロントまで来た。一人の小柄なサングラスをかけた女性を囲むようにして1番前にの長身の眼鏡をかけた女性、後ろに男三人が並んだ。眼鏡をかけた女性が今すぐ部屋を取りたいのだが可能かと言った。特に部屋が埋っているわけでもなく、急ぎのようだったのですぐに部屋に入れるように手配した。
 どこか怪しい客だったが、ホテルに勤めていれば芸能人のお忍びや、不倫カップルなど怪しい客はたくさん見ているので近藤は気にも留めなかった。ところが、5人組が部屋に入ってから一時間ほどすると、ロビーに連絡が入った。ルームサービスでも頼むのかと思いきや、近藤を直接呼び出していると部下が言う。
「俺に用? 一体どういう理由で」
「さあ、わかりません。とにかく、支配人を部屋に呼べと言っていて、どのような用事なのか聞いたのですが、来ればわかるとのことで詳細はわかりませんでした」
近藤は訳が分かたなかったが、お客様に呼び出されれば行かないわけにはいかない。何か自分が無作法をしたかと考えながらエレベーターに乗り、先ほどの5人組の部屋に向かった。ノックをして「支配人の近藤です」というと、すぐに扉が開いた。眼鏡の女性が「わざわざ呼びたててごめんなさい」と言った。
「このたびは何か至らない点がありましたでしょうか」と頭を下げようとすると、
「いえ、近藤さんを呼んだのはそういう理由じゃないの。実は頼みたいことがあって呼んだの」
頭を上げると、先ほどの小柄な女性が微笑んでた。近藤は驚いて叫び声を出しそうになった。目の前の小柄な女性は腰まで届くほどの見事な黒い髪を有していたのだ。坊主法が施行されてからというもの、少しでも髪を伸ばそうものなら逮捕されてもおかしくない。髪を伸ばすことがどういう結果につながるのかは子供でも想像できる。ところが目の前の女性は豊かな髪を生やしているのだった。もう一つ不思議なことがあった。ロビーに彼女達が現れたとき、皆しっかりと法律の規定に従った坊主頭だった。
「この髪型、驚かれたでしょう。さっきの髪型はカツラです。政府の目を欺くために普段はカツラを被っているのです」と小柄な女性が言った
「緑の教団という組織を知っていますか?」眼鏡の女性が言った。
緑の教団とは今の坊主体制に反対する勢力だった。近藤は坊主法施行後の美容師反対同盟の根絶やしと共に解体された組織と認識していた。
「はい、名前は聞いたことがございます」と近藤が言うと、
「私達はその緑の教団の団員なのです。そして、ここいる方がリーダーの真矢さまです」と眼鏡の女性が言う。
「その緑の教団のリーダーがなぜ正体をあなたに明かしたかわからないでしょうね。実は私達、近いうちに現政府に対して革命を起こそうと思っているの。今の体制を打破してよりよい社会を作るためにね。そのためには今の坊主とは反対の象徴となるものが必要なの。髪を生やした人にしか出来ないような髪形で今の政府に挑まなければならないの」
小柄な女性が近藤の目をまっすぐ見ながら言った。
「新垣さん、あれを近藤さんに渡して」
眼鏡の女性は新垣というのかと思っていると、彼女は鞄から古びた雑誌を取り出した。雑誌の表紙は所々がはがれたり、破れたりしていたため正確には読み取れなかったが「小*魔**eh*」という文字は読み取れた。中身を見たところ、ファッション誌のようだ。
「その雑誌は今から20年ほど前に発行されていた雑誌です。今はもう廃刊になってしまいました。その5ページを見てみてください」
指定されたページを見てみると、そこには髪を天に向かって角のように髪をセットした女性が映っていた。今の坊主頭の社会ではまず実現不可能な髪型である。坊主法が可決するのと同時に長髪を助長するような事物は世間で発表することができなくなった。その点からすればこの雑誌が廃刊になるのもうなずける。
「その髪型は昇天ペガサスMIX盛りと名づけられた髪型です。緑の教団が革命を成功させるため、リーダーである私にはその髪型が必要なのです。私達の情報網であなたが元美容師であるということは調べがついています。あなたも、今の社会に対して不満を抱いているはずです。どうかお願いです、私達に協力してください。もちろん、この髪型を作ってくれる以外の他の見事はしません。この髪型は単なる元美容師には真似できない技術が使われており、あなたのような腕の良かった美容師にしかできない髪形なのです」
近藤は目の前の長髪の女性と古びた雑誌に掲載された髪型を交互に見た。
「もし、やってくれるというのならそれなりのお礼はします。一週間後、こちらの指定する場所にお越しください。そこに美容道具すべてを揃えておきます」
眼鏡をかけた女性の新垣が名刺を近藤に渡した。
「この仕事を引き受けてくれるなら、明日その名刺に記載された電話番号まで連絡を下さい、場所を連絡します。盗聴にはくれぐれも気をつけてもらえるようお願いします」
表現上は近藤に選択肢があるように思えるものの、実質的には選択肢がなかった。もし断れば緑の教団に葬りさられるだろう。反政府の団体が小さいとはいえ、みすみす危険を見逃すはずがないからだ。

 近藤はその一週間後、言われたとおりに緑の教団のリーダーの髪型をセットした。若い頃の感覚が思い出され、図らずも充実した一日になった。客を格好良く、美しくさせるために尽力したあの日々が蘇ってきたのだった。謝礼はその二日後に一億円が振り込まれた。近藤は夢を見ているようだった。今の坊主頭の世界とはいえ、髪をセットしただけで一億円が稼げるとは考えられなかった。
 更にその一週間後、緑の教団は本当に革命を起こした。今の坊主体制に浸りきり安心していた政府はあわてにあわて、対応が後手後手になってしまった。その機を逃さず緑の教団は中枢に攻め入り、テレビ局を占拠し、日本全土に向けて演説を行ったのだった。
 近藤もその瞬間をテレビで見ていたが、ついこの前に髪をセットした小柄な女性がマイクの前で髪を点につきたてるようにセットした髪型で演説している様はどこか違和感があった。しかし、それは確実に新時代の到来を誰にも予感させたのだった。
「女性は元来、太陽でした。坊主法が施行されるまで男子の髪型とされていた坊主頭を女性に強制したことは男性社会の女性に対する圧迫であり、女性をないがしろにするものです。髪は女性の命ともいわれるものです。それをきれというのはまさに私達に死ねと言っていることと何ら違わないのです。みなさん! 今こそ立ち上がるときです。女性の皆さん、そして坊主頭が嫌な男男性のみなさん! 今のような抑圧された社会を打破しようではありませんか。我々はここに、長髪社会の構築を宣言します。髪は長く伸ばすもので、短くするものではないのです」
といい、緑の教団のリーダーは坊主法を廃止して、長髪法の制定を約束したのだった。












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