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作品名:一軒家に泥棒 作者:岸本クロ

最終回   1
 男はタバコに火をつけ、隣にいる背の高い男の報告に耳を傾けていた。二人は街中のファミリーレストランで地図を広げていた。
「ハルさん、この家は家族で今日から旅行に行くらしいですよ。今がチャンスですよ」
背の高い男はタバコを吸っている男をハルと呼び、喜々として言った。
「その情報は確かか?タク?」
ハルは、タクが指差した場所を見た。
「確実ですよ。そこの近所の主婦連中が言ってたんですよ。噂好きそうな奴らが数人集まってね。あそこの家の旦那さんは稼ぎが多いから海外旅行に何度も行けてうらやましいってね」
「ふん、それで」
「それにね。昨日改めてその家の前に行ってみたら、ちょうどでっかいキャリアケース抱えて家族でタクシーに乗り込むところでしたよ。だから確実に家には誰もいないはずです」
「防犯装置はどうなんだ?」
「はい、そこんとこは確実じゃないですが、ないと思います。みたところ、最近の建物じゃないですし、家主も見たところ細かい防犯をしているようには思いませんでしたよ」
「そうか、家族構成は?」
タクはジャケットの胸ポケットからメモ帳を出した。
「主人が、56歳の会社員で○×電工の常務です。その妻は専業主婦で旦那の三つ下。息子が一人いるはずですが、一人暮らしでもしてるのかこの家には住んでいません。他には娘が一人いて、高校3年生ですね」
「そうか。お前にしてはよく調べてあるじゃないか」
「苦労しましたから」
タクは照れ隠しに、ヘヘと笑った。タクから次の仕事は俺を中心にやらせてくれと言われたときは内心不安だったが、杞憂だったようだ。
「大丈夫そうだな。じゃあ、早速明日の昼に決行するぞ」
「はい!たんまり盗みましょう」
ハルはタクにファミリーレストランのお絞りを投げつけた。
「馬鹿野郎!場所を考えろ。怪しまれるだろうが」
「あ!すんません」
彼らは泥棒だった。ただ、泥棒とは言っても、リーダーのハルには明確な信条があるらしく、お金持ちの家にしか入らないと決めていた。一度、タクがそれを聞いたところ、
「金持ちははした金盗まれても見栄を張って騒がないからだよ」
と言っていた。
 
 当初、ハルは単独で行動する泥棒だった。
しかし、ハルが街中でヤクザに絡まれているタクを助けたときに知り合った。タクは何か恩返しがしたいと言い、ハルの仕事が泥棒だとわかると助手になりたいと言い出した。最初は自分の手伝いなどいらないと突っぱねていたが、よほど恩義に感じたらしく、タクはどうしても手伝うと言い、引き下がらなかった。見ると、チンピラ同然で行く当てもないのだろう。ハルは仕方なく彼を助手にすることしたのだった。
 助手にしてみると意外にもにもタクは気が回る奴で、仕事は楽にこなせるようになった。
 二人でいくらか仕事をこなしたときに、タクのほうから自分が中心になって、やりたいと言い出したのが今回の仕事だった。タクもハルに頼りっぱなしだったことに悩んでいたのかもしれない。

 仕事当日、二人は車を路上に駐車した。二人は周りの住人に不審に思われても言い訳ができるように灰色の作業服を着ていた。水道管工事の下見だとでも言えばごまかすことができる。
 目的の家に着いた。周りを確認する。
「誰もいないようですね。入りましょう」
この家は門から玄関まで距離があり、しかも、道路からは庭の木が邪魔して玄関は見えなくなってる。だから、門さえ越えてしまえば問題はない。
「待て、ちょっと聞きたいことがある」
ハルが言った。
「この表札に『角田』って書いてあるよな」
木の標札に黒で書かれた文字を指差した。
「はい、それがどうかしました?」
「そういえば、この家の主人の名前を聞いて無かったよな?なんていうんだ?」
タクは眉をひそめた。
「今更ですか?ええと、何だったかな、そうだ。角田晴彦ですよ」
ハルは目を見開き、大きな溜息をついた。
「タク、帰るぞ」
「え?何でですか?ここまで来たのに」
「いいから来い」
ハルの有無を言わせぬ口調にタクは従うしかなった。
 標的にした家から離れ、車に戻り、エンジンをかけた。車が大通りに来たところでタクは我慢できず、訊ねた。
「ハルさん、一体どうしたんですか?急に引き返すなんて。理由を教えてくださいよ」
ハルはタバコに火をつけた。煙を吐き出した。
「俺の本名って何だっけ?」
「ハルさんの本名?本名って、角田・・・・・・晴樹・・・・・・あ、まさか」
「そう、まさかだ。この馬鹿野郎」
そう言って、ハルはタクの頭を殴った。
「あの家の主人は角田晴彦。俺の親父じゃねえか馬鹿!どこの世界に自分の家に泥棒に入る奴がいるんだよ!報告のときに言ってた家にいない長男って俺じゃねえか!」
「いってえ・・・・・・。だって、ハルさん何も言わなかったし、大体、親の家ぐらいわかるでしょう」
ハルはもう一度頭を殴った。乾いたいい音がした。
「うるせえ。親とは家を出てから一度も会ってないし、連絡も取ってなかったから、引っ越したなんて知らなかったんだよ。大体、長男の名前を調べて俺と結びつけるぐらいできんだろうが!」
「そんなこと言ったって・・・・・・」
タクは消え入りそうな声で言った。
「まあ、やっちまったもんは仕方がない。今回はお前のミスだからな。次の仕事の分け前から引いておくからな」
「そ、そんな。だってハルさんだって家主の名前確認し忘れるっていうミスしたじゃあないですか」
ハルはタバコを口から取り出しタクの頬に近づけた。
「タク、今何か言ったか?俺の空耳かな?」
火のついた部分がタクの頬に近付いていく。
「あつ、熱いってハルさん。冗談にならないからそれ。ハイハイ、俺は何も言ってないです。何も。さっきのは空耳ですよ」
「そうか、ならいいんだ」

(今回は仕方ないな。血のつながった親の家に泥棒に入るほど俺はまだ腐ってない)

そんなことを思いながら、ハルは備え付けの灰皿にタバコを押し付けた。




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