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作品名:読み切りあれこれ※高川セイジ※ 作者:高川正治

第1回    白いもの
 


               白いもの          
               

「みんな、聞こえるように、もっと前につめて」
 すると、展示物に目を奪われていた文京小学校の子供たちは、互いに小さな肩を触れ合うようにして担任のまえに
つめ寄った。

 生徒16名。1クラスにしてはめずらしく生徒数の多い3年1組。
 今日が博物館見学の日。
 そこで担任の種垣教諭は、目のまえに現れたばかりの女性職員を少しぎこちなく教え子らに引き合わせた。
 種垣とこの女性職員、じつは同窓の間柄で先の集まりを切っ掛けに個人的に付き合いはじめているのだ。担任と
しては勿論、そんなことを生徒に明かせないが、当然、教室とは勝手がちがう。 
 種垣は、さっそくここからの役目を彼女に譲った。

「はああい。文京小学校の皆さん、こんにちは」
「こんにちはァ――」
 子供らは元気に答える。
「はじめに、きょう皆さんが居るところは、セセラギ自然博物館ですよ。自然について色々なテーマを扱っています。
いいですか。ほら、一番うしろの二人も聞こえてる?」
 となり同士でふざけあっていた児童二人がはっとして前を向く。
 このあたりは、教諭の種垣に劣らず心得ているようだ。
「私(わたくし)は、この博物館の館長です。分かりますか。皆さんの学校なら校長先生がいるように、
ここでは館長がいて、それが私です」
 きれいな女性職員の、校長先生にも見られない明快な態度に生徒たちは瞬きをくり返した。

 ところが、この美人館長は、ふと何かが胸をよぎったらしく小さくため息をつくなり、その目を宙にそらした。 
「・・・それでも、私はこうやって見学の人たちには、いつでも案内する仕事もしています。それだけではありませ
ん。インフォメーションも、また、ここでの研究員の仕事も、それに事務員兼、会計係兼、ええっと、最近は清掃とか
戸締りの管理も、あと何かあったかしら・・・、あっ、それから・・・」
「ちょっと、ちょっと、別にそこまではいいから、はやく名前だけを」
 思わず水をさす種垣の一言が耳元にあると、彼女はその視線を子供たちにもどして、しかし冷静に、
「服島です。よろしく、お願い、します」
 と、ようやく自己紹介を済ませた。そして、生徒たちにはバラバラにならないでついて来るようにと付け加えた。
 16名の生徒たちは、服島館長と種垣先生のあとにつづく。


                 *

「ごめん」
 服島は前をむいたまま種垣に小声で言った。
「つい不満が先行しちゃって。あたし、打ち明けてなかったけど、前の公文書館からここに引き抜かれたとき、
国の援助金もらってる所だからって言われて信用したの。罠だった。あたしだけよ、こんな安月給にまわされるの。
あとで分った」
「え、なんだよ、それ? でも館長なんだろう。いいじゃない」
「名ばかりよ。職員なんてあたしの他はパート職員入れて二人、二人だけヨ。教師は待遇わるいってよく言うけど、
あたしに比べたらマシじゃない」
「そうか・・・でも、オレだって、夏休み中は授業教えてないって理由で、そのぶん給料カットだゼ。
別にバイトしたいぐらいだよ」
 種垣も、後ろの教え子たちに届かないつもりの声で言い返した。

「だけど、どうして急に? 種垣でも、団体ならアポ入れる。これが決まりでしょ」
「わるい。いや、うちの校長が変わりもんでさ。『自然』について子供たちは理解が足らないと言い出してちゃって。
で、担任は工夫して教えろって言うんだ。それも冬休みまえだから冬をテーマに成果だせって」
「冬をテーマに?」
「こっちはもう時間も無いし。で、急に博物館の館長に昇進した君ならと思ってさ。オレ正直、自然なんて死語だと
思ってるぐらい興味ないし。何でもいいから、きょうだけ頼む。適当に話してくれ」
「相変わらずね・・・。すぐ甘えるんだから。じゃ、その代わり何でもいいなら、口出ししないで。これが条件」
「助かる。こんど、イイところ連れてってやる」
 種垣は、笑顔を近づけた。
 そんな二人に無頓着な生徒たちは、周囲にある奇妙な陳列物のあいだを進んでいった。

 一同は、ガランとして無駄なぐらい高い天井の大部屋に案内された。
 壁のすみには小さな記号がいくつか描かれている。服島は、皆を部屋の中央に立たせたあと、壁の記号の一つに
人差し指を向けてかるく振った。途端に、風音にも似た音が聞こえだした。と同時に、天井と床、四方の壁の色が
変わり、部屋のなかすべてに立体映像が踊りでて皆を包みはじめる。そこは一瞬にして純白の世界と化した。
 
 が、そんなありふれた仕掛けに驚くいまの子供たちではない。
 ただ子供たちには、その内容が奇異だった。
 人間とわかる者たちが浮き出てくるのだが、どこの国の民族衣装だろうか、可笑しな格好で目のまえを次々に
通り抜けてゆく。
 場所と言えば、そこが一面に白くて広い傾斜。そこを上から下へと、体をくねらせながら人びとが流れてゆく。
正面から猛スピードで生徒たちに衝突しかけても、立体のバーチャルは光がクリスタルを貫通するように皆の体を
すりぬける。

 だが、それ以上に皆の目をうばうのは、連中の足元だ。薄い板状の物が両足に固定されている。ほかには細め
の板を二本つけている者もいる。こちらは左右の手に細い棒を一本づつ持っている。

 不思議がる生徒のひとりが、これらの人間たちについて質問しかけたときだ。
 急に室内の温度が急変し、震えるほどの冷気がただよって来る。
 驚いた誰かが「ああ、なんか変だ」と口を開いたのを切っ掛けに「変だ、変だ」と他の子供たちも騒ぎはじめる。
 生徒らは、まったく未経験の零度以下の温度をどう表現してよいか分らなかった。
 服島が、このバーチャルに臨場感を加えるため冷却装置も作動させたのだ。そこで、これに適した表現方を心得
ない子供たちが、驚いて単に変だと訴えたのだった。


                 *


「みなさん、これが昔の冬です。本当の冬です」
「冬?」
「こういう時には『さむい』とむかしは言っていたんですよ。外では水が凍るほど、冬は寒いのが当たり前でした」
 生徒たちは、生まれてからこんな低温は初めてだ。
 これが本当の冬と聞いて驚いている。

「むかし冬には『ゆき』というものが空から降ってきたんです。それが、いま皆さんが見ている、白いものです。
見てください、ここに広がるのは全部が雪が積もってできた風景なんですよ。きれいでしょ―」
 服島は、両方の手のひらをバーチャルの冬空にさし出した。すると、次には空からも白いものが無数に降りてくる。
 子供たちは目を見開いた。
 白いものが子供たちと担任の種垣を包んでゆく。
 幻想が子供たちをとりこに仕掛けたとき、
「服島館長。室温をもどしてください」
 と言ったのは種垣だった。寒さに抵抗力のない体質の学童を心配する担任の立場でのそれだ。
 室内はすぐに常温にもどされた。それでも白いものは降りしきる。

 ここで服島は雪の中の子供たちに質問した。
「それでは、いま体験しているこの広い場所を何と呼ぶでしょう? 答えられる人、手をあげて」
 誰も分らない。
「正解は、スキー場です。昔の人は、そう呼んでいました」
 そう言えば、そんな言葉もあったかなと種垣は思った。

「ではもう一つ。いま皆さんが体験しているこのスキー場は、実際どの場所にあったと思いますか。分る人?」
 またも手があがらない。
「答えは――」
 服島は皆を見渡した。
「博物館があるここ。この場所です」
 生徒たちは、ええっと声を漏らした。

「むかし、ここに雪が降りつもると、専用の板を滑らせて遊ぶために、たっくさんの人が集まって来たました。むかし
はセセラギ・スキー場と正式に呼ばれていた場所です」
 ところが、海水の上昇で日本中の平野は消滅し、かつて標高が高かったはずのセセラギも平均海面上昇の影響
をうける土地柄となった。各地のスキー場が次々に消えてゆくなか、セセラギだけが博物館になったと服島が言う。

 思わず種垣が顔を近づけた。
「わるいんだけど、内容を低学年レベルにしてくれないか。もっと身近な話がいいよ」
「口出ししないって条件でしょ。低学年だって関係ないわ。本来の冬を教えないで、自然は語れないのよ。
駆け込みのくせに、黙っててよ」
「・・・・・・」 
「この日本はと言えばですね――」と服島はつづけた。

 現代の「真広」からさかのぼり「開栄」「洋正」「平成」その前の「昭和」の終わりにようやく地球温暖化の
問題を取り上げるようにはなった。
 とりわけ平成時代に国際会議が何度も開かれた記録がある。一部の産業界が一定の成果をあげたのもこの時代。
しかし、今は存在しない国もふくめて、当時の世界はまたも激しく対立することとなり、地球レベルの温暖化防止は
中途半端で終わった。

 それ以降、わが国の平均気温も乱高下をくり返しつつ大局的には上昇へと向かい、気候は極端化した。雪よりも
雨。しかも局地的な豪雨、雷雨、竜巻。季節はずれの大型台風など。そして、102年前の冬を最後に、
「積雪」はこの日本列島に稀なものとなった。


                 *

 
 と、急に服島の声が止んだ。
 そこには3年1組の子供たちと種垣教諭のただ唖然とする姿だけがあるからだ。
 熱弁のつもりが、やはり小学生には硬すぎる。自分でも気付いた。

「・・・とにかく、冬というのは、むかしは寒くて、雪という白いものがたくさん降ってきたんです。
私も、かなうことなら一度でも伝説の雪に出会って、真っ白な世界を昔の人たちのように歩いてみたいなと願って
います。皆さんは、どうですか」
 今度は、種垣にも穏やかな視線と映った。
「大人になったらよく調べてくださいね。べつにその気になれば今からでも学べる筈です。種垣先生そうですね?」
「あ? そう、そうですね・・・・・・」
 心許なく返す反面、種垣は服島の隠れた一面を見たような気がした。

「いや、ありがとう。助かったよ。あとは、ぼくの方でハンドルできると思う。じゃまた連絡する」
 服島館長に対して、種垣は生徒たちにそろって礼を言わせた。

 このあとの種垣は、教え子たちを引き連れてとなりの展示室へと移動した。そこにはスノーボードやスキーセット
というものから、キャプションに「化石燃料の乗り物」とあるスノーモービル、雪上車、さらに大型の除雪車と呼ば
れるものが並んでいる。使い道のない古物たち。

 振り返って入口のほうを見たが、すでに服島は館長室に戻ったようだ。
 見学する教え子たちも勝手に散らばりはじめた。
 もう自由でいいか。
 
 そう決め込むと、種垣は上を見上げた。ここから空は見えない。
 教師のくせして、服島のように精一杯に語れないのがもどかしい。
 今が合わない仕事。なのにそう思う自分が見たいと思えてきた。

「白いもの」
 種垣は、ぽつり呟いた。(了)










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