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作品名:『リム』―空想世界からの旅人―に関する記録 2 作者:ハンス

第4回   〜イマジュナ界の教育〜
―イマジュナ界の教育―



 中国には古くから、儒家や道家の思想家、朱子学の朱熹、陽明学の王陽明など、数多くの素晴らしい賢人が存在していた。
 
 そんな歴史的賢者たちの影に隠れて、現在まで伝わっているどの中国思想にも属さず、独自の思想を、静かに伝え続けた一人の貧しい賢人がいたことを、多くの人はあまり知らない。

 その「賢人」は、理蒙と(リモウ)といった。理蒙は、宋の時代の農民で、開封から少し離れた小さな農村で、農業に携わる一方、村の若者たちに自身の教えを説きながら生活していた。

 上海の王羅大学の李須日教授が、1994年に理蒙の弟子が記したとされる「理蒙語録」(中央私論社)と、教授自身の研究をまとめた「賢人理蒙に関する論文」を発表してから、理蒙は中国思想の研究家の間で一躍脚光を浴びるようになったが、その一方で、理蒙の存在自体を疑う声も多い。

 李教授によれば、理蒙は、当時市舶司が設けられ、南海貿易がさかんであった臨安の裕福な商人の家庭に生まれ、科挙の試験に二十回以上落ちた後に故郷を離れて、各地を放浪し、最終的にその農村に行き着いたのだと言う。しかし、ある別の研究者によると、どのような歴史的事実から考察してみても、そのような人物が実際に存在したとは考えにくいのだという。

 さらに、理蒙の語った教えにも、当時の宋の主流であった宋学や訓古学、または従来の中国思想より大きく発展していた点が見られ、理蒙がどこからそのような思想を育むきっかけを得たのか、どうしても説明することのできない点が多い(李教授は、貿易都市で育った理蒙は、幼少時からムスリム商人やその他の海外の商人と接する機会が多く、そういった海外の思想から大きな刺激を得たのだと論文の中で主張している)。


「『リム』―空想世界からの旅人―」出版後、ある読者から理蒙に関する情報を頂いた私は、李教授の著作を読んだ後、独自に理蒙に関する情報収集にとりかかった。しかし、現存されている資料は乏しく、理蒙に関する新たな情報を入手することはできなかった。

 その後、私は上海の李教授に直接コンタクトを取り、教授が世に送り出した「理蒙語録」の、「ある気になる一部分」だけを、この本で紹介させて欲しいと懇願した。
 はじめは教授も躊躇っておられたが、私の「『リム』―空想世界からの旅人―」をお読みになって下さると、是非と承諾してくれた。

 その「ある気になる一部分」とは、他でもない、理蒙と「リム」との関連を連想させる箇所である(『理蒙』と『リム』のふたりの名も、あとで気がつくと非常によく似ている)。
 それは教授自身も解釈に苦しんでいた部分であったらしく、日々研究に励んでおられたそうなのだが、私の著作をお読みになると、その内容と理蒙との関係を受け入れるのは難しいと思われたものの、非常に有力な説であるとおっしゃって下さった。

 この場を借りて、ご老齢にも関らず、研究熱心な学者精神を失わない李教授への限りない敬意を示すとともに、多大なる感謝を述べさせていただきたい。









(李須日『理蒙語録』中央私論社、1994年 ―異世編 第九より―)

        
              九


望毛が[先生の]理蒙にたずねた、
 「世の中では、多くの人々が、これは真実、これは真実でないと、
  飽きもせず言い争っております。
  私たちは、何を真実とし、何を真実でないとすればよいのでしょうか。」


先生はこれに答えて言われた、
 「ただ己の心のみを真実とせよ。そこにはあらゆる真偽を見定めるための知と、
  世のあらゆる理が備わっている。」

問う、
 「どうすれば、私の心を真実とすることができるのでしょうか。
  心の赴くままに従えば、必ず過ちを犯し、後で後悔が生じます。
  どうして、自分の心を信じることができましょうか。」

[先生が]いう、
 「望毛よ、何を以てして、それを過ちと呼ぶのか。
  どうしてお前はそれを過ちと知り、後悔することができるのか。
  そもそも、過ちとは何か、お前は知っているのか。」

[望毛が答えて]いう、
 「過ちとは、後に後悔を伴うような、失敗をすることです。」

[先生]がいう、
 「後に後悔を伴わない場合は、それは過ちとは呼ばれないのか。」

[望毛は、それに答えて]いう、
 「後悔を伴わない行為は、善と呼ばれます。」

[それを聞いて]先生はいわれた、
 「望毛よ、お前はその知識を、いったいどこで得たのか。」

[続けて]いう、
 「知識と知恵の区別を持たない人が多いことは、まことに嘆かわしいことだ。
  世人は知識を得ることばかりに心を配り、
  知恵を育むことには全く心を配らない。」

 「知識とは、知るものである。知恵とは、考えるものである。
  人は誰しも、はじめは知識はないものの、
  知恵は生まれたそのときから備えている。」

 「多くの人が、科挙のために知識を増やすことに専念し、
  それにばかり力を費やすのを見るのは、まことに悲しいことだ。
  知識を多く持つものが敬われ、多くを考える者が敬われないこの世の中は、
  道が開かれていないと言わざるを得ない。それはまことに残念なことだ。」

 「私の[訪れたある]国では、まことに道が開かれていた。
  教師達は生徒に何かを知ることを教えるのではなく、何かを考えることを教えた。」

 「[こちらの]国では、教師達は、考えている暇があれば知れと言うが、
  私は、知る暇があれば考えろと言う。」

[それを聞いていた望毛が]問う、
 「先生の[訪れた]国とは、どこの国のことですか。」

[先生が答えて]いう、
 「どこにも存在しない国だ、しかし確かに存在する国だ、
  それはあなた達にとって理想の世界だ。」

[望毛が]いう、
 「先生、[その国のことを]お聞かせください。」

[先生が]答えていう、
 「その国では、みなが考えることを第一とした。
  知識とは、いわば金のようなものだ。
  どんなに多くの金を持ったとしても、それを使う心が養われていなければ、
  その人の心はその大金に蝕まれて尽き果てるのみだ。
  その国では、全ての人がそのことを知っていた。
  だから、心[知恵]を養うことに専念した。

  欲の追求に尽きることはないが、心の修練にも尽きることはない。
  欲の追求はその人を低めるが、心の修練はその人を高める。
  その国では、全ての人がそのことを知っていた。
  だから、心を養うことに専念した。
  
  次第に誰も知識や金を求めなくなった。
  誰もが、ただ己の心の修練のみに気を配るようになった。
  素晴らしいことだ、まことに素晴らしいことだ。
  自分のために行うことが、他者に対するもっとも大きな奉仕なのだから。
  他者のために行うことが、自分に対するもっとも大きな奉仕なのだから。
  その国では、全ての人がそのことを知っていた。
  だから、心を養うことに専念した。

  大切なのは、新しいものを得ることではなく、
  もとから自分の中にあるものを、目覚めさせ、育てていくことだ。
  その国では、全ての人がそのことを知っていた。
  だから外には求めず、内のみに求めるようになった。
  だから、心を養うことに専念した。

[望毛が]いう、
 「先生、その国は本当に素晴らしいです。」

[先生が]いう、 
 「望毛よ、その国へは、誰でも好きな時に行けるのだよ。
  行こうとさえ思うのならね。
  なぜならその国は、あなたがたの中の、誰かから生まれたのだ。」


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