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作品名:オーガストとメイ 作者:ハンス

第17回   第五幕  第三場
第三場  教室。


 担任教師、登場。


担任教師:おはよう。
     [オーガストに気がつくが、何も言わない]。
     ええ、この第二学年もあと四日で終わり・・。
     久しぶりにクラスの全員が揃ったわけですが・・。


 担任教師、オーガストに目を向ける。
 オーガスト、窓の外を眺めている。


担任教師:今日はめでたいお知らせがあります。
     みなさん、先日行われた、反戦絵画コンクールのことを覚えているでしょうか。
     これは、まあ、このハーヴァロ州にある全中等科を対象に開催されている、
     非常に有名なコンクールのわけですが・・・
     我が校からエントリーした、三学年のクアトロ君が、見事に、
     ええ、金賞を受賞しました。


 教室内、ざわめく。


ムツキ:すげえ。
カンナヅキ:クアトロってアーティストでもあるんだな!
キサラギ:すごーい。顔も良くて、心も良くて、しかも天才!
     文句のつけどころがないわね・・。
オーガスト:・・・・。
メイ:(すごい・・)。
担任教師:同じヘイボーン学校の生徒として、みなさんも祝福してくださると思います。


 一同、拍手。


オーガスト:・・・・。
担任教師:それと・・
     このクラスからも、このコンクールにエントリーした生徒がひとりいます。


 教室内、再びざわめく。


ムツキ:何だって!
カンナヅキ:絵を描く奴なんかいたっけ。
担任教師:オーガスト君。
オーガスト:・・・・・。
担任教師:残念だが、君は・・。


 一同、オーガストに目をやる。


キサラギ:オーガスト!・・・あなたエントリーしていたの!
ムツキ:・・・・・。
カンナヅキ:・・・・・。
ヤヨイ:ざまあみろよ。
    クアトロ先輩と張り合おうって時点で十分笑いものなのに。
メイ:・・・・・。
担任教師:コンクールを主催している委員会から学校に苦情が来たよ・・。
     私もさっき叱られてきたところさ。
オーガスト:・・・・・。
担任教師:今年のテーマは反戦画と言われていた。
     しかし、君が描いたのは、・・花の絵。
     一輪の、リリイの絵。
オーガスト:・・・・・。
担任教師:どういうことか、説明してくれないか・・。
     私のためにも。
オーガスト:・・・・・。
キサラギ:オーガスト・・・。
担任教師:オーガスト君!
オーガスト:・・・先生はどういうわけか、今日は理性を失っていらっしゃるご様子。
担任教師:なんだと!
オーガスト:でも、いいでしょう。
      その先生の要求は、まあ正当ですからね。
      質問に答えますよ。
担任教師:・・・・・・。
オーガスト:(僕、やめたまえ・・)


 オーガスト、立ち上がる。


オーガスト:僕は今回のコンクールで、どうしても金賞を獲りたかった。
      自分の力を示すためにも・・、
担任教師:・・・・・・。
オーガスト:そして、恋する人を勝ち取るためにも。
メイ:・・・。
オーガスト:しかし、賞を獲るためには、賞を獲るための絵を描かなくてはならない。

      それを得意とする人もいるでしょう。
      しかし、僕にはその才能がありません。

      今年のテーマは、先ほども先生がおっしゃったように「反戦画」・・。
      「戦争をやめよう」という意思を、絵で表現しなくてはなりません。

      しかし、「戦争反対」と伝えるのが目的なのだとしたら、
      わざわざ絵に描かなくても、
      言葉で言うなり、
      そういった文を書くなりして表現すればいいのではないでしょうか。

      「いや、オーガスト、絵だからこそ、
      より強く胸を打つ反戦の意思を伝えることができるのだ」と
      言う人もいるかもしれません。

      しかし、僕はそれには納得できません。
      絵を手段として使うことは、
      僕にとって、
      自分の絵に対する最大の侮辱です。

      僕にとって自分の絵は、僕の子どものようなものです。
      僕は何かの目的を達成するための手段として、
      自分の子どもを生むのではありません。
      僕の子どもが、僕の絵が、生まれたいと望むから、僕はそれを生むのです。

      僕の頭の中で、突然ある絵が、この世に生まれたいと、
      この世に姿を現したいと望みます。
      僕はその望みに従います。
      まるで奴隷のように。
      僕の仕事は、ただそれだけです。それを世に送り出すのが僕の仕事です。
      まるで、母親のように。

      絵は僕にとって生命です。

      目的や意味が生命を生むのではありません。
      生命がそれらを生むのです。

      僕は、僕の手によってこの世に姿を現したいと望んだ絵を、
      世界に送り出すだけです。
   
      どんな反戦画を描けばよいものかと悩んで散歩をしたときに、
      僕は一輪のリリイを見かけ、
      突然それを描きたいと思いました。
      僕の頭の中に、ひとつの完成された絵が浮かびました。
      気がついたら僕は家に帰ってそれを描いていました。
      そして、気がついた時には、
      それはもう生まれていました。
担任教師:・・・・。
オーガスト:僕は芸術家でもなんでもない。ただの奴隷です。
      自分の絵の母胎の役割を担っているだけなのです。
      それに気がつきました。

      僕は、何かのための絵など描けない。
      ましてや、賞のためなど。
ヤヨイ:(ボソッと)負け惜しみよ。
担任教師:・・・では、オーガスト君。
     何故その絵をコンクールに出したんだ。
     全然趣旨とは違うのに!
オーガスト:素晴らしい絵が、僕を通じて生まれてきた。
      素晴らしい子どもが、僕の中から生まれてきた。
担任教師:・・・・・。
オーガスト:それを、誰かに見てもらいたかっただけです。


 オーガスト、席に着く。
 一同、ただ黙っている。


オーガスト:・・・・・・・・・。

 
 クアトロ、登場。
 生徒、ざわめく(特に女子)。


クアトロ:やあ、失礼!
     メイ!賞のこと、聞いたかい!
     俺はやったよ!
メイ:ああ、先輩。
担任教師:何だね、君は。
     場と時間をわきまえる気はないのか。
クアトロ:ありませんよ!
     今はそんなものクソ食らえって気分だ!
     時とか場とか礼儀とか、そんなものを頑なに大切だとうたっているのは、
     それを打ち破ることのできない臆病者と決まっているんですよ。
担任教師:ああ・・・。
クアトロ:俺の主人は道徳なんかじゃない。
     俺の心だ!
担任教師:頭が痛くなる・・。


 クアトロ、メイの席に駆け寄る。


クアトロ:メイ、俺はやったよ!
メイ:ええ・・。
クアトロ:おや、あまり嬉しそうじゃないね。
メイ:そんな!
   あなたがあまりに凄いから、何て言ったら良いのかわからないのよ。
クアトロ:おかしなことは言わないでくれ。
   俺が聞きたいのは、ただ一言だけだ。
メイ:・・・何?
クアトロ:俺の恋人になってくれ。


 教室内の生徒、再びざわめく(悲鳴をあげる女子、失神する女子)


キサラギ:あら・・。

クアトロ:その返事が欲しいんだよ。
メイ:・・・・・。
クアトロ:もしも君の気が変わっていないのなら・・
メイ:・・・・私なんかで
クアトロ:ん?
メイ:本当にいいのかしら?


 クアトロ、メイの手を取って跪く。


クアトロ:君じゃなきゃだめなんだよ。
メイ:・・・・・・。


 オーガスト、退場(誰も気がつかない)。


ムツキ:これは・・・・。
カンナヅキ:うん、クアトロ先輩じゃなきゃ許されないぜ。

クアトロ:いつまでも、俺のそばにいてくれるかい?
メイ:・・・はい。


 拍手。盛り上がる生徒達。
 キサラギ、オーガストがいないことに気づく。


キサラギ:オーガスト・・?


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