長い長い任務が終わって、僕は休暇をもらった。 それを彼女に報せると喜んで、旅行に行こうと言い出した。 僕は休暇のいい使い方なんか知らなかったし、彼女と一緒に旅行をするなんて実際始めての事だったから、いい機会だと思って賛成した。 彼女は、「夏なんだから海に行こうよ」と言い、山だろうが海だろうがどっちでもよかった僕は、うん、と言ったわけだ。 そもそも僕は、そんなに休暇が欲しかったわけじゃない。 折角だから、もらっただけだ。世の中には、もらえない人だっているくらいだしね。 うきうきと、数冊のパンフレットを広げながら嬉しそうに足をばたばたとさせる彼女を見ても、僕はどうでもいい、という気分だった。 なんというか、僕は本当に彼女を愛しているのかしら、とかそういうレベル。 このまま、彼女と付き合って、結婚するのが当然だと考えていたけれども、それが僕の希望ではなくて、単なる予定に過ぎないことが段々と分かってきたのだ。 彼女のことが嫌いなわけじゃない。もちろん、好きだよ・・・きっと。 そんなわけで、彼女と出かけた海辺のリゾートも、旅行の4日目になったというのにそんなにロマンティックな気分にはなれなかったのだ。 ああ、僕は・・・本当にろくでもないやつだ。
彼女がお昼寝しちゃったから、僕は一人で散歩に出ることにした。 暖かい昼下がりを、気持ちよく寝て過ごすことは悪くない。 そう思って彼女をそっとしておいたのだ。 僕は、海辺をふらついた。どこもかしこも、恋人達ばかりで、それ以外にいるとすれば、彼ら相手に商売をする地元の人間や子供たちくらいだった。 黒く日に焼けた子供達が僕を追い越していく。女の子のサンダルがぴぃぴぃ鳴る。 遠い昔、きっと僕もあんな子供だったんだな、と想像する。きっと幸せだったんだろう。 少し歩くと、少女が一人でぽつぽつと歩いていた。 いや、少女ではない。少なくとも、僕と同じくらいのはずだ。 なぜなら僕は彼女をよく知っていて、それはまた逆も然りなのだ。 「大尉・・・?」 僕が言うと少女・・・いや大尉はこちらに気づいてにこりと笑った。 「休暇ですか?」 「は、はい」 「休暇中ですよ、もう少し楽に」 笑ったまま大尉は、僕に近づいてきた。相変わらず低い背で僕を見上げてくる。歳は僕と同じなはずなのに、まだ少女のようにあどけない。 片手には本を持っていて、白いワンピースを着ていた。 これが、僕の上官だった。 「大尉も、休暇でありますか?」 「・・・ええ・・・いい所でしょう?」 こんなリゾート地なのだから、もしかしたらきっと恋人と一緒なのかもしれない。 「ええ、・・・あの、失礼ですが・・・誰かとご一緒なのですか?」 そう言うと、大尉はくすりと笑って口元に手をやった。こんな深層の令嬢みたいな少女が、軍人で、しかも僕のチームの上官だなんて、誰も思わないだろう。 「ここは、私の故郷なんですよ」 「・・・そうだったんですか」 「少尉は、あの彼女さんとご一緒なのでしょう?」 「はい」 「一緒じゃなくってよろしいのですか?」 「たまには、自分も一人で散歩をしたくなりますよ」 すると、大尉は今度はくすくすと笑い出した。口元に当てられた白い指先、この右手で、大尉は何機もの敵機を墜としてきたのだ。 「お散歩を邪魔してごめんなさいね」 「いえ、でも大尉に会えるとは思ってもいませんでした」 「運が悪いと思ってるでしょう?」 「そんなことは・・・あの、よろしければご一緒しますか?」 大尉の目が僕を捕らえた。灰色の目だ。 「彼女に怒られるんではなくって?」 「今は、大丈夫ですよ」 それから、僕たちは日暮れまで海辺をうろついて過ごした。 任務のこと、前の任務のこと、読んでいる本のこと、僕の彼女のこと。 自分の上官とこんなに他愛の無い話をする日が来ようとは思っていなかった。 大尉は儚いような笑顔で僕を見ながら、相槌を打ってくれるのだった。 夕暮れ時になると大尉は僕に本を手渡した。 「素敵な本ですから、彼女と一緒に読んでください」 白いワンピースの裾をひらひらとさせて、彼女は後ろを向いた。 いつも見る軍服の後姿とは違う、少女のような姿が僕の心に焼きついた。 「それでは、失礼します」 振り向きざまに、また消えるような微笑みを見せながらこう言った大尉を僕は、思わず抱きしめてしまいたくなっていた。 でも、結局それはできずじまいで、僕は大尉に敬礼をしながらその場に立っているしかなかった。
何日か経った。僕と彼女は毎日買い物に出たり、ヨットに乗ったり、すこし離れた孤島へ探検しに行ったり、と充実した休暇を過ごしていた。 大尉を愛しく思ってしまったことは、忘れよう、そう思っていた。 そうだ、こんど彼女を両親に紹介しよう、彼女の両親のところにも挨拶に行かなくちゃな、とか、僕はすっかり平常に戻っていた。 やっぱり、あのときの僕はどうにかしていたんだ。きっと、そうだ。 それでも、胸のどこかで、白いワンピースの大尉が儚げに笑っているんだ・・・。
旅行が終わる前日、僕はまた一人で散歩に出た。 彼女が夕食を作ってくれるというから、放り出されたのだ。 夕暮れ時で、浜辺ではバーベキューをする若者達の姿が見える。 僕はそれを眺めながら、ゆっくりと歩いていた。 「少尉」 突然後ろから、大尉の声がした。 水色のワンピースがオレンジ色に染まっているのが分かる。 「大尉・・・」 「明日お帰りになるんでしょう?」 「そ、そうです」 この間話したときのことを覚えていたんだろう。 大尉は立ち止まった僕の隣にまで歩いてきた。 「私、軍を辞めるんです」 「・・・え・・?」 「この休暇が終わって、最後の任務に就いたらそれで退役です」 大尉は僕を見ていなかった。 「そうなんですか・・・残念です」 何故だろう、見たところ怪我はなさそうだし、もしかすると病気だろうか。 「・・・結婚するんですよ、わたし」 「・・・・・」 「そのまま、軍属でいたっていいはずなのに・・・私はそうしたかったんですけどね」 「・・・おめでとうございます」 「・・・ありがとうございます」 それっきり僕たちは黙ってしまった。 夕日が沈みそうになったとき、僕は彼女との約束を思い出した。 帰らなきゃならない、けれども大尉をこの場に置いておく事は到底無理だった。 「好きな人じゃないんです」 「・・・え」 「結婚相手」 大尉はもう太陽の沈んでしまった海を見つめながらぽつりと言った。 「だから、私にとっては・・・おめでたくなんて、ないんですよ」 暗くてよく見えなかったけど、こっちを向いて微笑んだ大尉の目には涙がたまっていたように見えた。 儚い笑顔、それがどうしても頭から、離れないんだ。 僕は思わず、大尉を抱きしめて、そしてキスをした。 三秒くらい、間が空いて大尉が僕を突き飛ばした。 暗くてよく顔が見えなかったけれど、やっぱり泣いていたと思う。 「やめてください・・・少尉」 大尉の言葉は拒否ではなかった。なぜなら、キスをしていた三秒間、大尉はその手を僕の肩に触れて少しだけ、目を閉じていたんだから。 「ああ、もうだめだわ・・・私・・・」 大尉は僕を少しだけ見つめると、何か呟いて、それから、さようなら、と言って走っていってしまった。 ああ、そうだ、彼女と約束をしていたんだっけ・・・ けれども僕は帰る気にならず、しばらくそこに立ち尽くしていた。
案の定彼女にはこっぴどく叱られたけど、そんなことはもうどうでもよかった。 僕の胸中では、激しい後悔の渦がまるで台風のようにぐるぐると暴れまわりながら僕を苦しめていた。 あのとき無理やりにでも大尉を捕まえて、抱いて、自分のものにしてしまえばよかったんだ。 大尉とあのままどこか遠くへ逃げていっていれば、よかったんだ。 帰りの飛行機の中で、僕はずっと雲を眺めていた。 もしかしたら、この下で、大尉が別の男の物になっているのかもしれない。 そう思うだけで、ああ、なんていうのかな、嫉妬が止まないんだ。 僕ってこんなやつだったっけ。 彼女が横から話しかけてきても「おれ眠いんだよ」って、言ってさ。 眠くなんかないのに。
僕が休暇を終えて、仕事に戻ったとき、大尉はもう別地での任務に就いていた。 そうか、もう会えないんだな。 一枚だけ基地に残っていた大尉の写真を僕は軍服の胸のポケットにしまった。 写真の中で、大尉はやっぱり儚い笑顔をこちらに向けていた。 同僚に、大尉がどこに移動になったのか聞いてみたけれど、誰も知らなかった。 あの後、僕は彼女を両親に紹介した。金髪の彼女を両親はいたく喜んだ。 彼女の両親にも僕は気に入られ、来年僕たちは結婚することになった。 成り行きってこういうことなんだな、と思う。 彼女には申し訳ないけれど、僕が一番すきなのはやっぱり大尉なんだと思う。 いつまでたっても、この写真が捨てられないんだ。 ずっと、ポケットに入れっぱなし。 宝物に なってしまった。
****************************** 設定的にはファンタジーとかSFですね。どう考えても@筆者
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