第1話
法螺吹きトメさん
高校はなんとか卒業した。 都内でもレベルの低いとされる私立高だった。 勉強は嫌いだった。 当然、大学へ進学するほどの学力もなく、進学したいとも思わなかった。 同級生の殆どはお決まりのように大学か短大へと進学希望が決まっていた。 3年になると、学校も受験対策に入り進学しない生徒は見向きもされなくなり、 授業も受験対策が大半を占め、就職組は阻害されていた。 邪魔者扱いされていたと言ってもいい。 当たり前の如く、進学を前提としたスケジュールの説明、カリキュラム、ホームルーム さえ、すでに自分の居場所はなかった。 先生方は各々受け持った生徒を”どこの有名大学に押し込むか”が最重要課題であり 進学しない生徒がいると、自校の進学率が下がるという理由で無理にも進学を奨めていた。 聞いたことも無いような大学名を何校も聞かされ、説得されたが、あと4年も好きでも ない勉強に費やすことには抵抗があった。
四月に修行先がきまり5月には北陸の寺に行かされた。 アパートがきまり、すぐに作務についた。 本堂まわりを雑巾掛けをしていると、なぜか”トメばーさん”の顔が浮かんだ。
トメさんはいつも公園のベンチで弁当を喰っていた。 毎日3時近くに昼飯を同じ場所で食っている。 入れ歯のくせに器用に梅干を転がし長々と色が抜けるほど舐めたあと、 種を吹き飛ばし鳩に当てる。トメばーさんの日課となっていた。 あまり外した所を見たことが無い、命中率は90%以上だろう。 毎日、お花茶屋駅か堀切菖蒲園駅の近くの弁当屋の売れ残りを値切って買ってきていた。 時には只で恵んでもらっているみたいだった。
この日も弁当を食べ終わり”種”を吹き出した。 今日の弁当は小梅が2個入っていたらしく、”プッ、プッ”と連射したところ 入れ歯も一緒に飛び出した。 慌てて拾おうとした”トメ”さんの目の前に狙いすませたカラスが”サッ”と 入れ歯を咥え飛び去った。 「”コノヤロー”」 入れ歯を失ったトメさんは叫ぶが、まともな声にならない。 歯がなくなり凹んだ口元には皺が寄り、”梅干”ババアが完成していた。
「アッハハハッ!」 思わず吹き出した俺を睨み、トメさんが云う。
「おめー、寺の馬鹿息子の”シュウ”だんべ?、父親(つつおや)に似て”ばっがづら”だ〜。顔も、”バガ”も遺伝するんだや。」
「ばーさん、よく言うよ、”梅干の種”ばかり飛ばしてっから、テメーが梅干になっちまいやがった。ウワッハハハッ。」
「オレは歯取られたけんど、オメーは入れ歯どこっか、最初から脳味噌すら持ってねーから幸せもんだや。取られるもんねーやさ、 どーせ上の学校さ入(へ)ーれねーんーだろ? でもよ、馬鹿は、馬鹿で、ええんだ、利巧よりはええ。」 こんな台詞を吐き出すように言い、ばーさんは立ち上がると公園から出て行った。
2学期もおしせまり、学校では午後は進学説明会になっていた。 俺としては用がない。 時間つぶしに公園に行って見ると”トメさん”はちびっ子を集め”説教”みたいな事をしていた。 近くに寄り聞いてみた。 「オメーら、ここに、ほれ飛んできた”蜂”はどっから来たかわかっか?」 ばあさんの投げ捨てた弁当箱に、ミツバチが一匹たかっていた。 年寄りが子供集めてなにやら説教している姿に、訝って2.3人の親も後ろから様子を伺っている。 一人の子供が答えた。 「おばあちゃん、蜂はね、おうちがあるんだよ、箱のおうちから来て、またおうちへ帰るんだよ。」 「そうかい、じゃ箱のおうちはどっちに有るんだい。?」 「んー、わかんない。おばあちゃんは、わかるの?」 「あーわかっとも、西のほうさ。」 「なんで、西におうちがあるってわかんの?」
「ニシがハチって言うだろう。」
「うッはははは、でもくだらないよ、その親父ギャグ。」
「そうかいじゃ次の話をしようかね。」 「戦争の時、この町にも空襲があったんだよ。知ってる子いるかい?」
「ぼ、ぼくおじいちゃんから聞いたことある。」
「何回も爆撃されてこのおばあちゃんの友達も何人も死んじゃったんだ、 もうそれはそれは低く飛んできてね、日本人を舐めてかかっとった。 悔しくてね、ある晩に堀切小学校の屋上でB-29が来るのを待っとってね、 長い棒で(エイ!)って一機叩き落してやったんだ。見事、荒川に墜落さね。 墜落する僅かな時間で脱出したアメリカ兵がいてね、飛び降りたんだわ、 落ちたところが菖蒲園さ、その兵隊、怪我しながらも近づいた住民に刀(かたな) 向けて抵抗したんだわ、そしたらカッコイイ若い男が現れて、(俺にまかせろ)って その男も刀抜いて、斬りかかったんだ、凄い勝負となってね。 だから元々あそこは”勝負園”っていったのさ。」
「えー、本当???」
「見事、斬り合いに勝った男は、町から表彰されることになったんだよ。 そんで、調べたらその若い男は柴又に住んでることが判かった。 名前はたしか”車 寅次郎”って言ったんだ。」
ここまで来てようやく子供達も騙されているのに気がついた。
「ギャーうっそー!!」 「嘘つくな、おばあちゃん!!嘘をついてはいけないんだよ!」
「おばあちゃんは嘘はつかないよ、法螺吹いてるだけさ、じゃ次の話をしようかね。」
駄洒落かギャグともつかないトメさんの大法螺話に不思議と子供達は惹きつけられていた。
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