フランス、イギリスは、ポーランドは同盟を結び、この三国の何れかの国が攻撃されたら、所謂、集団自衛権を行使する約束が有ったのだが、この集団自衛権が機能しなかったわけだ。ナチスドイツはポーランドを降し、次にフランスを降し、イギリスを追い詰めた。つまり、ナチスドイツは各々の国を各個撃破して行った訳だ。それはフランス、イギリスの戦争を忌む世論の動向が大きく影響していた。もし、イギリスとフランスが宣戦布告と同時に集団自衛権を行使して、ドイツ軍の主力がポーランドに有るうちにドイツに攻め込んで、ベルリンを陥落させていれば、ナチス政権は崩壊して、この戦争があの悲惨な第二次世界大戦に拡大することは無かっただろうと言われている。
もしこの時、ナチス政権が崩壊したとしたら、1940年9月の日本とドイツの同盟も結ばれず、おそらく真珠湾攻撃(1941年12月)もなかったのでは無いか、日本もこの時、アメリカの要求を飲んで、引き返すことが出来たのではないか、歴史にifは無いと言うが・・・ただ、その時ソ連がどう出たかは分からない・・・推測だが、ソ連のポーランド侵攻が二週間以上遅れたのは日本との紛争が原因だと言う見方もあるが、或いはフランスやイギリスの出方を窺っていたのかも知れない。フランスやイギリスの介入がない事を確認して、ソ連はポーランドに侵攻したのかも知れない。ナチスドイツのポーランド侵攻から3カ月後、1939年11月30日、ソ連はフィンランドにも侵攻した(冬戦争)。国際連盟はこれを侵略と断定して、12月14日、ソ連を国際連盟から追放した。(1934年、ソ連国際連盟加盟)こうしてヨーロッパの戦火は拡大して行ったのである。冬戦争を題材にした映画に、フィンランド映画「ウインター・ウォー」がある。
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