竹さん亡き後、長男ヤス太郎は母親と言う重石が取れて自由になり羽を伸ばした。芸者遊びや女郎買いなどに現を抜かし、その上、一緒に行った友達の分まで払って遣るようなお人よしだった。それでもクニさんは「男は偉い」と言う親の言いつけを守り、夫を立てて、夫に従っていた。セイが請われて18で近隣の農家に嫁いだ。セイは器量良しだった。
長女のセイは姑に取られてしまったが、末っ子のヨシミは自分で育てたのでひとしお可愛かった。ヨシミはとても勉強が出来た。小学校ではづーと級長をやっていた。そんなヨシミはクニさんの自慢だった。ヨシミは死んだ姑の竹さんに一番似ているかも知れないとクニさんは思った。
ある日ヤス太郎が飲み屋で知り合ったと言う男を連れてきた。帰ってくるなり、ヤス太郎は「印鑑を出せ」と言った。「何の話か」とクニさんが尋ねると、ヤス太郎は「この人が絶対儲かる話を教えてくれた」と言った。その男の話は鉱山への投資話だった。ヤス太郎は大分前からその話を勧められていたらしかった。男は「奥さんも目を通して置いて下さい」と言って数枚の書類をクニさんに手渡した。クニさんは平仮名しか読めず書いてある内容は分からなかったが、読んだ振りをして男に書類を返した。
男が帰った後、クニさんが「本当に大丈夫なのか」と言うと、ヤス太郎は「絶対大丈夫だ、儲かったら田畑を買い増して、小作に貸して左うちわだ」と言った。夫は「大丈夫だ」と言うが、男の胡散臭さからクニさんは心配だった。何時もならクニさんが夫の言うことに逆らう様なことは無かったのだが、今度ばかりは悪い予感がした。
クニさんはヤス太郎の留守に書類を持ち出し本家の部屋住みのイト太に見てもらった。イト太は中学を出て鉄道に勤めていた。イト太は「クニさんこれは大変なことですよ、儲かったら山分けで、失敗したら全部ヤス太郎さんが払うと言う内容ですよ」と言った。「払うと言うと、どれ位?」とクニさんが聞くと、イト汰は「田畑五、六枚」と言った。それは全財産の半分を意味していた。クニさんは目の前が真っ暗になった。
ヤス太郎にその事を伝えるとヤス太郎は「何故本家に知らせたんだ」と怒った。さらに「自分にこんな凄い儲け話を教えてくれたのだから、相手にそれ位の礼は必要だ、本家は俺の金儲けが面白くないのだ」と言った。クニさんが「この投資話が失敗したらこの家はどうなるんだ」と言うと、ヤス太郎は「必ず儲かるから大丈夫だ」と言いながらも、自分でも不安になったらしく、暗い顔になった。
クニさんの悪い予感は的中した。次の日から借金取りが押し寄せてきた。ヤス太郎は頭を抱えてノイローゼ気味だった。クニさんは借金取りの矢面に立たされた。
その苦境を本家が救ってくれた。本家の隠居、シゲ太が「分家の田畑とはいえ、先祖伝来の土地を他人に渡すわけには行かない」と息子の当主、イチ太を説得して、借金の肩代わりをしてくれた。これは本家にとっても大変な負担だった。この借金の返済条件は、借金は小作料の形で返済して、その小作料が借金の総額に達したら終わりと言うものだった。
クニさんの家はとても苦しい生活に陥った。そんな中、ヨシミが女学校に受かった。クニさんは嬉しかった。クニさんはどんな事をしてもヨシミを女学校に通わせようと思った。
ある日、ヤス太郎が村の寄り合いから帰ると「ヨシミを女学校に遣るわけには行かない」と言った。その寄り合いで酒に酔った本家のイチ太が言った「迷惑を掛けられた家の娘が女学校に行けないのに掛けた方の娘が女学校に行くとは・・・」と。本家にもヨシミと同い年の娘が居て、同じ女学校を受けたのだが不合格だった。後でイチ太から「あれは酒の席でのことだから忘れてくれ」と言ってきたが、もうもとには戻せなかった。
女学校に行けないことを嘆き悲しむ娘を見てクニさんは「あの時、あの書類が読めたら決して夫に判を押させなかった。私にもう少し根性が有ったなら姑から読み書きを教えて貰えたのに・・・そうすれば娘にこんな思いはさせなかったのに」と昔に遡って後悔した。
ある日のクニさん親子の会話・・・ 「ヨシミ、この字の書き順はこれで良いのかね?」「どれどれ・・・」
終わり
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