竹さんは其の侭上岡の家に入った。結婚式を挙げる前に実質的な結婚生活が始まった。竹さんとしてはこのような形での結婚の形態は取りたくなかったが、実家が遠く、仕方なかった。
嫁入り道具は自分の貯金で揃えた。一応結婚式を挙げることになり、その旨カツ叔父に連絡した。するとカツ叔父から結婚式に出席すると言う連絡が来た。カツ叔父は結婚式の前々日に到着した。5年ぶりに会う叔父は少し老けていた。竹さんを見ると「いい娘(むすめ)になったなあ!」と言って目を潤ませた。
カツ叔父は舅とヤス次の前に「これはこの娘(こ)の持参金です、三百円有ります、お納め下さい」と言って預金通帳と印鑑を差し出した。舅は驚きながらも「ヤス次は結婚式が終わったら分家させて一家を構えさせるつもりです、これはこのまま竹さんに預けます」と言いながら、通帳と印鑑を押し戻した。ヤス次が持参金付きの嫁を貰ったと村で評判になった。
カツ叔父は家督相続の為の書類を持ってきていた。「あの金は一所懸命作ってきた、少ないけれどあれで勘弁してくれ」と言った。竹さんは「そんな事無い、あんな大金・・・」と言ってカツ叔父に感謝した。竹さんは書類に判を押した。結婚式が済むとカツ叔父は高瀬船で名古屋に戻って行った。竹さんとヤス次は船着場まで見送った。段々小さくなってゆく高瀬船を見て、竹さんは生まれ故郷が遠ざかって行くのを感じていた。
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