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作品名:お竹さん(前編) 作者:カズロン

第5回   高瀬船
翌朝、銚子から倉賀野へ向かう高瀬船に乗った。これは江戸時代から使われている和船で、高瀬船と呼ばれる平底のかなり大きな船だった。(高瀬舟と言えば森鴎外の高瀬舟が有名だが、利根川の高瀬船は京都の高瀬舟が「舟」の字を使うのに対して、京都のものより数段大きい為「船」の字を使う)酒や醤油、干し魚などを積んでいた。乗客の中に銚子に嫁いだ娘の産んだ初孫に会って、倉賀野に帰るという夫婦と知り合った。倉賀野は利根川水運の終点だそうだ。(倉賀野で降ろされた物資は陸路で信州、越後各地に運ばれたと言う)

高瀬船には大きな帆がついていた。風が吹いているうちは流れに逆らって進む事が出来るが「風が止んだら如何するのだろう」と思っていると、風が止んだ。すると何処からとも無く何人もの男達が土手に出てきて、船から投げ下ろされた綱を引いて船を進めた。女中の言ったように夕方本庄に着いた。船着場は様々な物資がうず高く積み上げられて大変な賑わいであった。

突然「竹さんですか」と名古屋なまりで声を掛けられた。「はい」と竹さんが答えると「迎えに来た「イネ」ですと相手は言った。竹さんは国のなまりを聞いてホッとした。「待たせましたか?」と竹さんが言うと「あそこに帆柱が見えたら迎えに出れば間に合いますから・・・」と川の曲がり角を指して言った。道すがら、イネさんは竹さんの村から少し離れた所の村から来ていると言った。竹さんより1歳年上の16だった。他に同郷の者が何人かいる事などを話した。

船着場から暫く行った所に7、8棟の大きな建物が見えてきた。建物の屋根の上には三つの「屋根」の様なものが載っていた。「あれは?」と竹さんが聞くと、「あの下の二階が作業場で、あれで作業場の温度の調節をしている」と教えてくれた。さらに一階が自分達の寝泊りする所だとも言った。奥様の葉書の事を言うと、イネさんは「誰かに頼んで、出してあげる」と言って、葉書を預かった。昨晩のうちに、竹さんはその葉書にお礼の言葉を書き添えておいた。

工場の門を潜ると事務所の建物が有った。そこで職場長(工場長)に会った。職場長は「良く来てくれた本来なら社長に会わせるのだが、今社長はイタリアに居る、社長が帰国したら会って貰うから・・・」と言った。(当時の社長は田島弥平)そしてイネさんに「部屋に案内してやりなさい」と言った。その大きな建物の一つに連れて行かれた。20畳ほどの部屋が一階の入り口近くに有り、大きな押入れが付いていた。予め送っておいた蒲団と着替えを入れた行李が届いていて、その押入れにしまって有った。「蒲団は干しておいたから」とイネさんが言った。竹さんは「有難う御座います」と感謝の言葉を言った。


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