突然私は車に乗せられた。此の侭、収容所に連れて行かれるのかと思ったが、車は政府の建物に着いた。そこで待っていたのはH首相だった。私が部屋に入ると「お久しぶり、15年ぶりね」と言った。私は黙っていた。「怒っている?この人は私の妹で純粋なネアンデルタール人よ」と彼女は言った。周りに居た行動隊の若者は混乱して、困ったような顔をした。「なぜ首相の妹がネアンデルタール人なのだろう」と思ったようだ。「この人は私の古い知り合いで、妹分だったの」と彼女は言い直した。彼らは納得したような顔をしたと同時に私を蔑みの目で見た。このネアンデルタール人に対する侮蔑の感情がネアンデルタール人の遺伝子を持っていると烙印を押された人に対して酷い事をしても、彼らをなんら罪の意識を持たない人間にしているのだ、そしてこれはナチスの若者がユダヤ人に持った感情と同じなのだろうなと私は思った。
「二人だけにして」と彼女は言った。「それは危険です、このネアンデルタール人が何をするか分かりません、立ち合わせて下さい」と彼女の護衛官が言った。「大丈夫よ、彼女は心配ないから・・・」と、また彼女が言った。「でも、何か有ったら私達の責任問題に成ります」と彼は食い下がった。「もし二人だけになるのなら、このネアンデルタール人に手錠を掛けさせて下さい」と護衛官は言った。「仕方がないわね・・・ごめんね」と彼女が私に向かって言った。私は後手に手錠を掛けられ、椅子に座らせられた。護衛官達が部屋を出て行くと改めて「ごめんなさい」と彼女は言った。
「私達は目的遂行の為に、この国を手に入れたわ」と彼女は言った。「目的?」私は尋ねた。彼女はそれには答えず続けた。「私の仲間が世界の大部分の国を掌握したわ、あと25年したら世界の人口は100億人になると言われているけれど、我々は5年で世界の人口を10%から15%ずつ減らし、5年ごとにそれを繰り返して2050年までに世界の人口を今の半分、40億人程度にする心算なの」と彼女は言った。
「貴女は私を悪魔だと思っているのでしょうね」と彼女は言った。「・・・」と私。「いいわ、言い訳はしたくないけど・・・これは人類存続のためなの」と彼女は言った。「此の侭人口爆発が続けば人類は食料の奪い合い、資源の奪い合いから核戦争を起こして人類は絶滅するわ」と言った。「だから人間を間引くと言うのですか?」と私は言った。「そう」と彼女は答えた。「異常です」と私は言った。「尋常な行動をしていたらこの人類絶滅の流れは止められないわ、動物の中には個体数が増えすぎると自ら死ぬレミングのような動物もいるわ」と彼女が言った。「レミングの自殺はディズニーのやらせだった筈です」と私は言った。「そうね、レミングは自殺しなかったわね、でも集団で行進して、その途中で弱いものが脱落して死ぬのは確かでしょう?」と彼女は言った。「・・・」と私。「私たちはその行進をしようとしている訳、そしてその行進について来られない弱者を切り捨てて世界の人口を30億人から40億人の間に収めようとしている訳、その数がこの地球上で人類が安定して暮らせる最大の数だと思うの、出来れば10億人位が一番良いと思うけど・・・」と彼女は言った。「大勢の人を見殺しにして自分達だけが生き残るなんて、そんな世の中に私は住みたいとは思いません、神が人類の絶滅を望むなら甘んじてそれを受け入れれば良いと思います」と私は言った。「貴女は科学者のくせに(神様)を持ち出すわけ?」と言って彼女は笑った。
「貴女は私のコピー、私が喪失した、人間に対する優しさや哀れみの心を持ったコピーなの、だからこの世の終わりまで貴女には生きていて欲しいの、あなたの為に特別の収容所を用意したわ、元気でね」と言って彼女は部屋を出て行った。私は収容所に向かう車の中で彼女は私に何を求めているのだろうと考えていた。
平成21年11月
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