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作品名:灰色のバス1939>2010>2025 作者:カズロン

第5回   冷たい風
最終日の夜お別れパーテーが有った。「私たちは(選ばれた人間)です、私たちは力を合わせて純粋なホモサピエンスの世界を創らなければ成りません」などとH女史が演説していた。私はその会場を抜け出して立ち入り禁止区域に潜り込んだ。私は何としても細菌研究施設の証拠が欲しかった。あの換気装置の付いた部屋のドアを開けた。「無い!」と思わず叫んでしまった。その部屋はガランとして何も無かった。振り向くと彼女が立っていた。「何か見つかったかしら?」と笑いながら言った。「此処には貴女が想像しているようなものは何もないわよ」と言った。「将来、国の許可がおりれば貴女の思っているような施設が出来るかもしれないけれど・・・他の部屋も見る?」と彼女が言った。納得できなかった私は頷いた。彼女の後に付いて2,3の部屋を見たが最初の部屋と同じだった。

「此処は研究所と言っているけど、実は唯の研修所なのよ」と彼女が言った。「貴女が此処を探りに来た事は最初から分かっていたわ(貴女の取り込みに失敗した)とOが死ぬ前に報告して来たわ」と言った。「それなら何故呼んだのですか?」と私は聞いた。「貴女に会って見たかったし、見られて困る事も無いから」と彼女は答えた。「私たちの目的は貴女の想像通りだけれど、私たちは法を侵すつもりは無いから・・・」と言った。「私たちは(選ばれた人)を大勢増やすの、そして彼らを核にして世論を操作するの」と言った。「世界経済は益々困難な状況に陥ると思うわ、例えば、そんな時(選ばれた人)を使って各国政府に国連の援助の見直しを働きかけるわけ、そうすれば必然的にあの地域に飢餓が広がり、自然淘汰が起きるわ」と言った。

「そんな酷い事を良く考えますね」と私は言った。「酷い事?自分達が死ぬかもしれないのに他人を助ける人はいないと思うけど・・・貴女はリチャード・ハーンスタインとチャールズ・マーレイのベル曲線を知っているでしょう?」「ええ、・・・」と私は答えた。《リチャード・ハーンスタインとチャールズ・マーレイは1995年ベル曲線を発表した。これは知能指数の高い子供は上流階級に多く、知能指数の低い子供は下層階級に多い、しかし下層階級の出生率が上流階級の出生率を上回るのでアメリカ全体の知能指数の平均が10年で1%の割合で下がると警告した。その為には貧困層に対する公的助成を打ち切り、貧困層の出生率を下げるべきだと主張した》

「私たちは彼らが主張するような遣り方、要するに社会政策的な遣り方で目的を実現しようとしているわけ・・・法的になんら問題はないと思うけど・・・」と彼女は主張した。「人間は弱者を助けるから人間だと思います、弱者を切り捨てるなら動物と同じです」と私は言った。「人間が動物以上のものだと思うのは貴女の思い上がりよ、人間も動物よ」と彼女は言った。「貴女の言う事は矛盾していると思います」と私は言った。「何が?」と彼女は言った。「だってネアンデルタール人よりホモサピエンスの方が優れていると思っているのでしょう?」と私が言うと「それが何故矛盾しているの?私たちは動物と同じ生き方をしようと言っているの、力の強いもの能力の優れたものが生き残り、弱者は淘汰されて然るべきだと主張しているわけ」と彼女が言った。「アメリカの保険制度改革が進まないのはこのような底流があるからよ、アメリカ人の50%以上がこの法案に反対しているわ、要するに弱者に税金を使うなと言う事よ、日本でもノーベル賞学者のE・玲於奈博士が小学校入学時にDNA検査をしてその遺伝情報に合わせて教育をおこなうべきだと主張したわ、このような動きは世界的に広がっているのよ」と彼女は言った。「それでも私はその考えには同意できません」と私は言った。「まあ見解の相違だけれど」と彼女は言った。私は厳しい時代の風が吹き始めているのを感じていた。


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