翌日、塩尻峠の頂上付近で突然、水温計の針がレットゾーンを指した。ファンベルトが切れたとK君は思った。「ファンベルトが切れたみたいだ」と言って、その先に有ったレストランの駐車場に車を入れた。「今ボンネットを開けても、エンジンが熱くて作業出来ないから、冷えるまでお茶でも飲んで待とう」と言ってK君達はレストランに入った。「大丈夫?」と嫁さんが聞いた。「大丈夫、予備が載っているから」とK君は言った。
30分ほどしてボンネットを開けてみるとファンベルトは影も形も無かった。トランクを開けて予備のベルトを探した。無い、ある筈のベルトが無い、困った。騒いでいる二人を見てレストランの店主が出てきた。「クラウンので、良かったら分けてあげましょう」と言った。取り付けて見るとやはりブルーバードには大きすぎた。外れる事は無さそうだが、明らかに滑っている。しかしファンとダイナモは一応回っている。店主に3000円渡すと「多すぎる」と言われたが、K君は「助かりました、タバコでも買ってください」と言って取ってもらった。店主が「これからは下りだから多少滑っても大丈夫だと思いますよ、市内に入れば開いているスタンドもあると思いますから」と言った。あいにくその日は日曜日だった。
下り坂では店主の言う通り、ちょっと針は高めだがレッドゾーンには入らなかった。しかし平地になるとたちまち針はレッドゾーンを指した。ガソリンスタンドを探したが、開いているスタンドは無かった。ボンネットからけむりが出てきた。嫁さんが「車が燃えている」と言った。「大丈夫だ、オイルが焦げているだけだ」とK君は言った。「此の侭行くとどうなるの?」と嫁さんが聞いた。「エンジンが焼付く」とK君は言った。「焼付くって?」と嫁さんが聞いた。「壊れる」とK君は言った。限界だと思ったK君は閉まっているガソリンスタンドに車を入れた。中から人が出てきた。「助かった」とK君は思った。ベルトを交換して貰って、オイルと水を足してもらった。
そのハプニングのお陰で目的の山中湖に着いたのは5時を回っていた。山中湖の観光案内所は閉まっていた。K君が車から降りて案内所の中を覗いていると、「泊まるところを探しているの」とおじさんが声を掛けてきた。「ええ」とK君が答えると、「どんな所が良いの」とおじさんは聞いた。K君が車の中の嫁さんに「どんな所が良い?」と聞いた。嫁さんは「トイレとお風呂があって、ベッドの部屋が良い」と言った。「ベッドの部屋ねー」と言ってから、側の公衆電話から何処かに電話していた。おじさんは「手数料1000円頂きます」と言った。K君は釈然としなかったけれど、1000円払った。
おじさんに紹介された山中湖湖畔のその旅館にK君達は入った。確かにトイレも風呂も、ベッドも有った。しかし余り綺麗ではなかった。嫁さんが「汚い」と言った。食事が出た。品数だけは沢山有った。しかしどれも大衆食堂で出るようなものだった。食事の後で嫁さんが「汚いから」と言って風呂とトイレの掃除を始めた。翌朝、宿泊料8000円を支払い、K君達はその旅館を後にした。その旅館から国道に出る道のところに、その旅館の看板が出ていた。「釣り宿XX、2000円より」と書いてあった。二人は顔を見合わせた。
|
|