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作品名:K君の結婚 作者:カズロン

第6回   ジャコビニ彗星
最初の宿泊場所は軽井沢だった。その前に埼玉の工場建設予定地に立ち寄った。250坪程の予定地には土が入れられ、整地が済んだ所だった。この土地は6年ほど前にK家が手に入れた農地だった。此処に建物を建てるには農地委員会の許可が必要だった。何度も許可申請を出したのだが、なかなか許可が下りなかった。それが突然下りた。しかし1年以内に建物を建てなければ許可が取り消されてしまうので、取敢えず「工場の建物だけを建てて置こう」という事になった。機械設備や住宅は資金にめどが立ってから始める事にしていた。「此処に住むかも知れないけれど、大丈夫か」とK君が言うと、彼女は「頑張る」と言った。「こんな辺ぴな所に彼女は居られるだろうか」とK君の方が心配になった。

その頃、高速道路は、まだ出来ていなかったので、軽井沢に着いたのは3時過ぎだった。まだ明るかったので「鬼押し出し」に行った。日が翳り始めて薄ら寒く感じた。早々と引き上げてホテルに入った。H温泉ホテルと言う、そのホテルの別館に泊まった。通された部屋は吃驚するほど大きな部屋だった。30畳程のその部屋は団体さんでも泊まれそうだった。お風呂も付いていた。電話で、値段を言って決めた為だった。

結婚式の前日10月9日はジャコビニ彗星が来て、大流星雨が見られるはずだった、しかしそれは不発に終わった。その事は後年、ユーミンが「ジャコビニ彗星の日」と言う歌を作りヒットさせた。10月11日の晩はK君にとってジャコビニ彗星と同じで不首尾だった。もっともジャコビニ彗星は不発だったが、K君はその反対だった。こんな時の男の惨めさは筆舌に尽くしがたい。「あのK応と比較されているのではないか」とか思って、彼女に軽蔑されているような気がして居た堪れない気分だった。彼女は労わりのつもりか、その事には全く触れなかった。

次の泊まりは妙高高原だった。M高原ホテルと言うホテルに着くとウエディングマーチが聞こえてきた。フロントで「今日は結婚式があるんですか?」とK君が聞くと、フロントの従業員は「いえ、お客様が新婚旅行だとお聞きしたものですから」と答えた。「それはどうも」とK君は言った。K君はちょっと気恥ずかしかった。宮様が泊まったと言うその部屋は調度なども立派で良い部屋だった。彼女も気に入った様子だった。その夜、彼女はベッドの上に旅行かばんの中から出した大きなバスタオルを敷いた。「何をしているの?」とK君が言うと、彼女は「嗜みだから」と言った。そう言えば昨日の晩も敷いてあった気がした。昨日は「そのお陰で恥を残さないで済んだのだ」と思ってK君は彼女に感謝した。彼女に「辛い思い」をさせてその儀式は済んだ。

「何か変だ」とK君は思った。そこで禁を破って聞いた「そのK応とどの程度の付き合いだったの?」と。「付き合いって?」と彼女は言った。「別に付き合ってなんか居なかったわ、同期で入社して一緒に研修を受けて、私が一方的に好きになって、何時か振り向いてくれると思って・・・」と言った。「デートもした事無いの?」とK君が聞くと、彼女は「社食で食事した事は有るけど」と言って笑った。「他の人と付き合ったことは無いの?」とK君が聞くと、「有るわよ、この美貌でしょう、男が放って置かないわ、冗談だけれど・・・」と言ってまた笑った。「他の人とデートしても、彼が良いと思ってしまって続かないのよね」と言った。「彼は君のことどう思っていたの」とK君は聞いた。「私の気持ちは分かっていたと思う」と彼女は答えた。「彼は幹部候補生だもの、私なんか相手にして経歴に傷を付けたく無かったんだと思うわ」と言った。「7年間も青春を無駄にしたと言うのはそう言う意味なのか」とK君は理解した。「でも彼は紳士だったんだね、君の気持ちを利用して遊んで捨てても良かった訳だから」とK君はK応にエールを送った。

「ところで」と彼女が言った「と言う事は、貴方は私がその彼と深い関係に有って捨てられて貴方と結婚したと思っていた訳ね」と。「失礼ね、私、そんなふしだらな女じゃないわよ」と言った。「申し訳ありません、今日、分かりました」とK君は答えた。と同時に自分はこの女の最初の男なんだと言う感動がこみ上げてきた。自分はそんなものをありがたがるような前近代的な男では無いと思っていたのだが・・・「これは理屈では無く、感情なのだ」とK君は思った。

「でも、そんなふしだらな女だとしても、私と結婚しても良いと思ったんだ、それはそれで嬉しいよ」と彼女が言った。K君は「この妻を泣かせるような事は絶対にすまい」と心に誓った。―のも束の間―、初めての夫婦喧嘩をやらかした。次の日は泊まるところを決めていなかった。K君はその前年まで群発地震の続いていた松代に行って見たいと思っていた。そこで松代へ行こうと提案した。嫁さんは「そんな地震の来るところは嫌よ」と言って反対した。「行く」、「行かない」で喧嘩になった。お互い譲らず、喧嘩はエスカレートして行った。

嫁さんが言った「松代に行くなら、私は東京に帰る」と。そこは丁度、長野駅の近くだった。K君は長野駅に車を付けて「帰るなら、帰れよ」と言った。嫁さんは悔しそうにしていたけれど車から降りようとはしなかった。K君は車を走らせながら「ごめん」と謝った。お昼時になってドライブインが見えたので、「飯にしよう」と言って、そこに入った。K君は一生懸命ご機嫌を取った。嫁さんはまだ口をきかなかった。

ドライブインを出ると直ぐに、「大町、黒部ダム方面」と言う案内標識が見えた。「黒四ダムに行って見ようか?」とK君が言った。嫁さんはまだ怒っていたが、黙って頷いた。その山道は狭いけれど完全舗装の素晴らしい道だった。走っても走っても対向車が来なかった。嫁さんが「怖い」と言ってK君の膝に手を伸ばしてきた。大町に着くまで二時間半位の間に、2,3台の車にしか出会わなかった。大町には4時ごろ着いた。観光案内所で泊まるところを紹介してもらった。「(K四ホテル)と言う、出来たばかりのホテルが有るのですが、どうでしょうか?」と案内所の人が言った。「そこで良いです、お願いします」とK君は言った。案内所の人がそのホテルに電話してくれた。30分ほど掛かってホテルに着いた。出来たばかりの真新しいホテルだった。綺麗な部屋にK君の嫁さんは大喜びした。二人は仲直りした。

翌日、K君たちは、黒四ダムを見学した。ダムの手前の駐車場に車を置いて、トンネルを通って、トロリーバスでダムに行った。良くこんな山奥にこんな凄い物を作ったなとK君は思った。嫁さんも「凄い、凄い」を連発していた。次の泊まりは松本だった。古い日本旅館で、次の間付きの広い部屋だった。K君は殿様になった様な気分だった。二人は殿様と奥方様の真似をして笑い合った。K君が「これで側室が居れば」と言って、嫁さんに怒られた。二人で桧のお風呂に入った。


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