Sコウイチ君の家から49日のお返しと戒名がK君のところに送られてきた。その後のMさんの消息をK君は知らない。彼女がどんな人生を送ったのか分からない。これが本物の小説ならK君とMさんの絡む物語に発展するのだろうけれど、この文章はあくまで小説モドキなので尻切れトンボの結末で、お許し願いたい。
話は少し戻るが、1年生の年度末試験の最中、K君の母方の祖母が亡くなった。K君は物心ついた時から小学校に上がるまで、埼玉の母親の実家で、その祖母と弟と3人で暮らした。K君の両親は東京で働いていた。その日、2月11日は第二外国語のドイツ語の試験だった。そんな訳で試験勉強と言うどころの話では無かった。しかし「受けるだけは受けてみよう」とK君は大学に行った。
答案用紙を見て案の定お手上げだった。K君は諦めて名前と学籍番号を書いて「ボー」としていた。隣の席は同級生のYさんだった。そのYさんが答案用紙を寄せて「早く写せ」と言う仕草をした。普段なら「ラッキー」と思って遣ったかも知れないが、祖母の死んだ日に不正を行う事に躊躇いが有った。K君は「結構だと言う仕草をした」、彼女は「なぜ写さないのか」と意地になった様だった。「此の侭では彼女にも迷惑が掛かる」と思ったK君は答案用紙の上に顔を伏せて寝た振りをした。そして本当に寝てしまった。
試験官の先生に肩を叩かれてK君は目が覚めた。Yさんも居なかった。後にYさんに理由を話して納得してもらった。「これで春休みは無くなったな」とK君は思った。必修科目の語学を落とした場合、春休みの補習授業に出なくては成らない決まりだった。補習授業は自分だけかと思ったが、仲間のS君もドイツ語を落としていた。K君は仲間が居て心強かった。S君は葛飾区の中小企業主の三男だった。
二人とも補習授業はまじめに遣った。試験も満点に近い点だった。しかし補習の場合「優」は貰えない決まりだった。二人とも「ガッカリ」した。その補習授業を切っ掛けにK君とS君とは仲間内でも特に親しくなった。その年の暮れにK君が「成人式の背広を作る」と言うと、「従姉妹が日本橋のM越デパートに居るから、社員割引して貰えるかも知れない」とS君が言った。彼にとってその従姉妹は自慢の従姉妹らしかった。
K君がその話を母親にすると、母親は「デパートは値段が高いと言う事だから」と言って、十分な金額を持たせてくれた。K君の家ではデパートなどと言うところで買い物をする習慣が無かった。K君はS君に連れられてM越デパートに行った。S君がその従姉妹に面会を求めたが、食事に行っていると言う事で会えなかった。結局K君は、上等なものだが高い背広を買う羽目に成ってしまった。そして、美しいと言うS君の従姉妹の顔を見る事も出来なかった。
S君の親戚の人が手術をするという事で、K君達友人はS君に献血を頼まれた。そのお礼にと、上等な靴下を貰った。その靴下を選んだのが、その幻の従姉妹という事だった。大学を卒業して2年程経った頃、S君の家に遊びに行った事が有った。夜、帰ろうとすると車の調子がおかしくなった。S家の工場の入り口に車を止めて修理を始めた。原因は点火プラグの汚れだった。
その工場の敷地の一角に小さな2階屋が建っていた。S君が「此処に例の従姉妹が住んでいるんだ」と言った。S君の父親の妹一家で、その従姉妹達の父親は5年前に亡くなったという事だった。「近所では美人姉妹と言われているのだけれど、うちの母親が縁談を持っていっても皆断わってしまうんだ」と言った。K君はどんな美人か、一度、拝ませてもらいたいものだと思った。
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