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作品名:「スナックP」に集う人々 作者:カズロン

第2回   K子の章
私が駅のホームで電車が来るのを待っていると、あの男が線路の向こうの坂から降りてくるのが見えた。私は急いでホームの階段を駆け下り改札口を出てガードをくぐりその道に出た。男がスナックの階段を上ろうとしていた。

私は男の後を追い階段を昇った。ドアを開けると男がカウンターの中のママに何か話し掛けている所だった。男の肩に手を掛けた。振り向いた男の顔を平手で思い切り叩いた。「パン」と乾いた音がした。

私は言った「あんた、何してるのよ!」男はニヤニヤしながら言った「よう久しぶり」、カウンターの中のママが驚いた顔をして私を見ていた。何処かで見覚えのあるママの顔を見て、このスナックが一度K君に連れられて来た所だと気がついた。

私は言った「あんた、私を騙したのね」、男は言った「騙した?騙すのはお前らホステスの専売特許だろう」、「たまには客に騙されることも有るさ」私は言った「真剣だったのに」男は言った「おいおい止めてくれない」「ホステスにそう言われて信じる男もいるかも知れないけれど俺には通用しないよ」と。

続けて男が言った「お前が寝てくれと言うから寝て遣っただけだろう」「お前、自分で布団敷いて下穿きまで取っただろう、忘れたのかよ!」返す言葉が無かった。悔しさで自分の顔が歪むのを感じた。

今日まで騙されたとは思いながらも、男にも、私に対して幾ばくかの愛情のようなものが有るのではないかと思っていたのだが・・・男は私を通りすがりの公衆便所のように扱っていたのだと言うことを思い知らされた。そしてこの場所から消えて無くなりたかった。

われに返った私は、ママに哀願した「お願い、K君には黙っていて」と。ママは返事をしなかった。逃げるようにそのスナックを出た私は悔しさと、後悔に苛まれていた。電車の中で涙がぽろぽろ落ちた。そばに居たサラリーマンが訝しげに私を見ていた。

私がその高校に受かった時の父の喜びようは尋常でなかった。私の高校は学区内で1,2位を争う上位校であった。父は「頑張って国立大学を受けろ」と言って私を励ました。中学時代、中の上の成績だった私がその高校を受けると言った時、「無理だ」と言って、担任と母は反対した。父が担任に談判して受験することが出来た。

しかし学校に入るとビリから何番目と言う成績で、大学進学と言うどころの話ではなかった。母や教師の言うことを聞けばよかったと後悔した。同じ位の成績だった親友のF子は中程度の都立高校に進学してトップクラスの成績で「六大学は間違いない」と言われているそうだ。父は「大学がだめなら手に職を付けろ」と言い、美容専門学校に行くことを勧めた。他に考える道もないので父の言うことに従った。

一年間の美容学校生活を終えると学校から紹介された山手線A駅から5分ぐらいの小さな美容室でインターンを始めた。同じ頃、4歳年上の腹違いの兄が結婚することになり実家に住むことになった。私の為を思ったのか、或いは、唯でさえ複雑な家庭で、嫁、姑、小姑の争いを避けようとしたのか、母は私に一人暮らしを勧めた。父は反対したが最後に折れた。

A駅近くにアパートを借りた。家賃は実家で負担してくれていたが、見習いの給料で一人暮らしは厳しかった。そんな時、同僚の1年先輩のA子が「良いアルバイトが有るのだけれど遣ってみない」と言った。それはバーのホステスの仕事だった。聞くと、この美容院の先輩は皆同じ店でアルバイトをしていると言う、A子は言った「男の酒の相手をするだけで、お金が稼げて、時には贈り物が貰えるいい仕事だ」と。

この仕事に就いて気が付いたことは、美容師と言うのは全く男と接する機会のない職業だと言うことだ。客は女だし、男の美容師などは殆どいない。休日は火曜日で、同級生と遊びにも行けない。R大学に進学したF子などはもう彼氏が出来たらしい。このアルバイトで彼氏が見つかるかも知れないと思い、A子の話に乗った。

そのバーは美容院からA駅を通り越して500メートル位行った所の路地の奥に有った。店の名は「夜の川」、アルバイトは美容院の先輩2人とA子、私を入れて4人、この店専属の従業員はバーテンの男の人1人と2人の女の人、ママを入れて4人だった。

その日から「夕子」と言う源氏名を貰い店に出た。久しぶりに男の人と会話が出来て楽しかった。客は若い人が多かった。毎日が楽しく美容院の仕事にも張り合いがもてた。特に夜の仕事は楽しかった。私は素人らしさが受けて店の人気者になった。月の終わりに貰ったアルバイト料は指名料と言うのを含めて美容院の給料より遥かに多かった。本当にA子の言う通りだった。

A子の客のM君が私を指名した事からA子と確執が生まれた。それまではA子とは仲がよかったのだが、そのことが有ってから美容院のほうでも嫌がらせを受けるようになった。沖縄出身のHさんは私の味方をしてくれたが、もう一人のOさんはA子の味方だった。しかし大抵の客は私を指名してくれた。そんな時、客に「愛(A子の源氏名)ちゃんを指名してあげて」と言うとき、私は優越感に浸っていた。客は「夕子ちゃんは優しいね」と言って私の株がさらに上がるのだった。

ある日その男が店に現れた。話題が豊富なその男は店の女の子達にも人気が有った。男の名はSマモル、ジャズメンだと言っていた。本当かどうか解らなかった。私はジャズのことは解らないが、ジャズメンと言うのが何となくおしゃれな感じがした。何度か通ってくるうちに外に誘われた。店が終わった後でお寿司をご馳走になった。その後、スナックに誘われた。その店にはピアノが有った。彼はそのピアノでジャズを弾いて見せた。とても巧かった。

「俺、バンドではトランペットを吹いているんだ、今度聴きに来てよ」と男は言った。「音楽はどこで習ったの?」と私は聞いた。「これでも俺はG大のピアノ科を出ているんだ」と言った。「実家は薬屋なんだ」とも言った。ちょっと暗い顔をして「なかなか芽が出ないから、そろそろジャズから足を洗って店を継ごうかと思っている」、「もう、年だし」と男は言った。「マモルちゃん幾つなの」と私は聞いた。「幾つに見える?」と男は聞いた。「25歳位?」と私は答えた。「もう28だ」と男は言った。男は童顔で、とても28には見えなかった。

それからも男は店に通ってきた。二人になった時、小声で言った「今日俺のうちへ来ない?」
もうその頃、私は彼と特別の関係に成りたいと思っていた。G大出のミュージシャンならF子達にも自慢できると思った。

彼のアパートはA駅の隣の駅、B駅近くに有った。部屋はあまり生活感が感じられなかった。「家財道具がないのね」と私が言うと、「食事は外食だし、寝に帰るだけだから」と彼は答えた。彼は窓を開けて窓枠に腰掛けていた。ひんやりとした夜風が気持ちよかった。

部屋に入るといきなり押し倒されることを覚悟していた私は拍子抜けしていた。彼は窓枠に腰掛けながら「何しているの早く布団を敷きなよ」と言った。私が躊躇していると、「ここまで来て何だよ」と言って声を荒げた。私は覚悟を決めて布団を敷いて、下穿きとストッキングを脱いで丸めてバックに入れた。そして布団の上に横たわった。

「初めてだったんだね、大切にするからね」と彼は言った。私は幸せだった。それから何度か彼の部屋で会う瀬を重ねた。私は言った「そろそろ此処に越して来ても良いでしょう?」と、彼は「良いよ」と答えた。

その日から後、彼は店に姿を見せなくなった。「どうしたのか、事故にでも逢ったのか」と思い、とても心配になった。店のドアが開くたび彼かもしれないと思ってしまう。気がそぞろで客との話も盛り上がらなかった。客からは「夕子ちゃん何時もと違う、ちょっとおかしいよ」と言われる始末だった。

何度か彼のアパートにも行ってみた。何時も留守だった。大家に聞いて不動産屋にも行って見たが、彼とは連絡がつかなかった。それでも諦めきれず彼のアパートに行ってみた。すると彼の部屋に電気がついていた。彼がいる、喜んで部屋のドアを叩いた。「何でしょうか?」見知らぬ男が出てきた。中に女の人が居た。「此処はSマモルさんの部屋ではありませんか?」と私は聞いた。「この部屋は今月から私が借りました」とその人は答えた。

ここで初めて私は騙されたことに気が付いた。何もかも嫌になった。お酒の量も増えた。ある日、店から帰ると部屋の電気が点いていた。電気をつけっ放しで出かけたかなと思った。ドアを開けると部屋の中に父が座って居た。テーブルの上に私の源氏名が書かれている名刺が散らばっていた。父は泣いていた。「お父さん、ごめんなさい」、父の涙をみて自分が大変な親不孝をしていたことに気が付いた。

私は実家に戻った。入れ替わりに兄たちが外に出た。バーには電話で断った。「困る」と言われたけれど、そのまま行かなかった。父は美容院も辞めさせたかったようだが、インターンをやった店で美容師の免許が取れたからと言って直ぐ辞めるのは慣例に反するそうだ、オーナーとの話し合いで1年間は続けることになった。

父は門限を決めた。遅くても9時半には家に居ることを約束させられた。私はそれに従った。父は言った「まじめな男を見つけて早く結婚しろ」と。私もそう思った。愛だの恋だのに憧れているとまた騙されてどこまでも落ちていってしまうような気がした。早く自分の居場所を作りたかった。その経験は私を用心深くさせた。

春になった、美容院の前に和菓子屋が有って、そこの従業員の女性が店の客だった。その女性が「うちの馬鹿(若)旦那があんたのこと良いと言ってるよ」と言った。その人が私を見ているのは気が付いていた。顔は拙いが優しそうな人だった。N大学の4年生だと言う、ちょっと若いが、跡取りだと言うから卒業すれば直ぐ結婚しても大丈夫だろうと思った。それに美容師をしている限り、これから先、男と出会う機会はあまり無いだろう。

私は自分からその和菓子店に行って、その人に言った「あたしと付き合ってくれるんだって」、「どこで会う」、彼は顔を真っ赤にしてもじもじしていた。「駅前のxxxでいい?」「じゃあ7時にね」それだけ言うと彼の返事も聞かず美容院に戻った。「返事を聞かないのは拙かったかな」と思った。

本当に来てくれるかなと思いながら仕事が終わって駅前の喫茶店に行くと彼は待っていた。
彼は私より1歳年上の22歳で、苗字はK、名前の方もK、私の名前も字は違うが同じKだ。何か縁がある様に感じた。お互いの自己紹介をして家族関係などを話した。とりわけ彼が関心を示したのは私の高校だった。彼の中学のマドンナが私の高校を卒業したとかで、それだけで私を尊敬してしまったようだ。そのマドンナの名前を言われたが、私の知らない人だった。「君は頭が良いんだね、僕なんか中学のときは劣等児だった」と彼は言った。彼は何事にも自信がない様子だった。

その頃N大は学園紛争で休校になっていた。K君は母親に勧められて夜間の簿記学校に通っていた。美容院の休みの日は映画を見に行くことが多かった。彼は私と一緒に居たくて火曜日はよく夜学をサボった。私は「学校サボっちゃだめよ」と言いながらもうれしかった。私は公務員の家に生まれた豊かではないが厳格に育てられたお嬢様を演じた。「門限が9時半だ」と言うと、彼は必ずその時間に間に合うように送ってくれた。

映画の他にもドライブや遊園地にも行った。しかし二人の仲はそれ以上進展はしなかった。私の叔父が売れない画家をやっていた。その叔父の個展に彼を連れて行った。その日、叔父には逢えなかったが、彼は「君のうちは芸術家の家系なんだ」と言って、益々私を崇めるように成ってしまった。

映画のことで、K君と言い争ったことが有った。オードリー・ヘップバーン主演の「いつも二人で」と言う映画を観たときだった。ヘップバーン扮するヒロインが浮気をする。彼女の夫がそれを許す。私がその主人を「素敵な旦那だ」と言ったことにK君が反発して、「僕は浮気をするような女は許さない」と言った。「あなたは妻の唯一度の過ちも許せない程心が狭い人なの」と私が言うと、K君は困って「僕たちは、あの二人のようにどんな障害も二人で乗り越えて行けるような関係を築こう」と逃げた。私は本当にその様な事になったら、この人は許さない人なのかもしれないと思った。

ある日、美容院に髪の長い綺麗な女性がやって来てカットを頼んだ。私が担当した。その時、私に電話が掛かって来た。バーの客だったM君だった。バーを辞めてからその時の客と付き合った事は無かった。適当にあしらって電話を切った。その女性は帰り際、「前のKです」と名乗った。K君が「J美大学に行っている従妹が下宿している」と言っていたのを思い出した。K君にM君のことを聞かれるかも知れないと思ったが、K君は「(従妹が)行ったみたいだね」と言っただけで、それ以上は何も言わなかった。

K君はいつも私を女神のように扱ってくれた。それはそれで嬉しいのだが、時にはそれが重荷になることも有る。私が女神でいる限り彼は私に手を出すようなことは無いだろう。それでは何時まで経っても結婚には至らないだろう。私は良家の子女を演じ過ぎた。隠し事をするのにも疲れた。何とか普通の女に戻ろうと思った。

映画を観た帰り、私を送ってゆくためにA駅から駐車場まで歩いた。以前、住んでいたアパートの前に来た。思い切って本当のことを話してしまおうかと思った。でも、いざと成ると言えなかった。駐車場で彼が一服した。「私にも一本頂戴」と言って、K君からタバコを貰った。彼は私のタバコに火を点けてくれた。そして言った「水商売の女性みたいだね」と。私は慌ててタバコをもみ消した。「本当のことは言えないな」と思った。

「大学の同級生が会いたいと言っているので会ってくれる?」とK君が言った。どうやら彼の友人たちは彼に付き合っている女がいるのが信じられないらしい。A駅近くのレストランでその友人たちと会った。友人と言うから男だと思ったのだが、男の人と女の人だった二人は同級生でもあり、恋人同士だと言った。その女の人は上品なワンピースを着ていて良い所のお嬢様と言う感じだった。四人で食事をしながら世間話をした。

食事の後、K君の運転で、その女の人を送って行くことになった。その女の人の家がどこに有ったのかは、地理音痴の私には解らなかったが、彼女を降ろした家は低い大谷石の上に盛り土がしてあり、その上に良く刈り込まれた丸い植木が植わっている塀に囲まれていた。それを見て私は少なからず動揺した。その男の人を近くの駅で降ろした。「何を動揺しているの、彼女が偉いわけではないだろう」「彼女の親が成功したと言うことだけだ」とK君は言った。でも私は本物のお嬢様を見た気がした。

秋になった。何時も通り、家の近くまで送ってもらった。私は言った「今日は少しドライブしない?」「良いの?門限に間に合わなくなるよ」と彼は答えた。「大丈夫」と私は言った。この辺の若者のデートスポットと言われている自衛隊の塀の所に案内した。私が深呼吸をしたり、ため息をついたりして誘ってもK君は行動を起こさなかった。「なんと言う意気地なしだ」と私は思った。

そこで、K君は私にとって特別の人だということを証明するために私は首から掛けていたカメオのペンダントを外して、「これを私だと思って預かって」と言った。「彼が男として、やるべき事をやれば、こんな手の掛かることをしなくても良いのに」と私は思った。

次の日K君から電話があって店へ寄ってくれと言う、店で渡された包みを開けると誕生日祝いと書いてあって、中にカメオのブローチが入っていた。誕生日は少し先だった。「どうせなら誕生日に渡せば良いのに」と思った。

K君から電話が有った。昨日のことだった。あの男の事は口が裂けても言えない。「昨日、Pに行ったんだって、何しに行ったの?」「ママが言ったの?」と私、心で(あんなに頼んだのに)、「誰でも良いだろ」とK君、「貴方が居ると思って」と私、「僕が夜学に行っていることは知っているじゃない」とK君、「それであそこで何をやらかしたの?」とK君。

「本当のことを言えよ」とK君、「コーヒーを飲んだだけよ」と私、そして「そんなに私のことが信じられないのなら当分会うのを止めましょう」と私は苛立ったように言った。「分かった、もう終わりだな」と言って、K君は電話を切った。怒らせてしまった。如何したらいいか考えが纏まらなかった。

多分、私がバーでアルバイトをしていた事は追っ付け分かるだろう。その時どう申し開きをするかだ、正直に「父に怒られて今は遣っていない」と言うか、それとも「一人暮らしの美容師なら生活の為に誰でも遣っている、そんな事を問題にする貴方のほうが可笑しい」と言って開き直るかだ。「まあ、今度会った時にK君の出方を見て考えよう。しかしあの男の事を知られたら・・・」と、それが不安だった。

K君の家の前でK君に会った。私が笑いかけるとK君は私を無視した。今まで私を女神のように崇めていたK君が・・・信じられない。K君は全てを知ってしまったのか・・・だとしてもK君が私から離れられるわけは無い。少し時間を置こう、そうすればK君が折れてくるだろう。

あれから3ヶ月経った。今銀行に居る。目の前にK君が居る。K君は伝票を書いている。また私を無視するだろうか?私は彼の前に立った。K君が顔を上げた。そして言った「やあ」と。心で(勝った!)私は言った「元気」と。K君が言った「今日は混んでるね」と。「そうね」と私は答えた。そして「じゃあ、またね」と私は言って、銀行を出た。もう大丈夫だ、彼はきっと電話してくるだろうと確信した。

案の定K君は電話して来た。その電話が彼だと思ったので、私は左手で一本指を立て、それを唇にあて、右手を振った。母は言った「今まで居たのですけれど、出かけたようです」と。「なんて、言ってた?」と言うと、「また電話するって」と母は言った。次の電話では少し優しくしてやろうと思った。

次の日、K君は律儀に同じ時間に電話して来た。私は出来るだけ明るく「お久しぶりー」と弾んだ声で電話に出た。彼はむっとした声で言った「近くに居るのだから昨日のように挨拶くらいしようよ」と、そして「じゃあ」と言って電話を切ろうとした。私は慌てた。何故か「です」言葉になってしまった。ここで電話を切ったら終わりだと思った。「OOさんはお元気ですか?」などとどうでも良いことを言っていた。何がK君を怒らせてしまったのか分からなかった。30分程して「友達を待たせているから」と言ってK君は電話を切った。私のシナリオが狂ったのを感じた。その後K君から電話は無かった。

2月になったある日、K君の家でテントの張替えをやった。K君がその業者の手伝いをしてテントを引き上げるため、二階でロープを持って待っていた。私は「電話してよ」と言うメッセージを込めて、大きな声で叫んだ「大変ね!」と。でも、やはり電話は無かった。

3月はオーナーと約束した1年が終わる月だ、私はすでに池袋の大きな美容院に就職が決まっていた。私が今月でこの美容院を辞める事をK君に伝えようと思った。そば屋の店主に私はわざと大きな声で言った「色々お世話になりました。今月で辞めるんです」と。K君に伝わったかどうか分からないが、伝わったとしても、電話は無いだろう。何が悪かったのか、今もよく分からない。

5月にHさんがK君の店に行ってくれた。私の電話番号を聞いたが「電話帳を書き換えたので彼女の電話番号は分からない」と言われたそうだ。K君にとって私はもう過去の女なのかも知れない。

Hさんから電話が有った。「K君の店にあの男が居てK君と話していた」とA子が言っていると言う。本当だろうか?もし本当だとしたら滑稽な話だ。滑稽すぎて涙も出ない。


この章おわり


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