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作品名:ベージュのコート 作者:カズロン

第3回   疑惑
此処からはK君が40年間心に鍵をして誰にも話さなかった物語です。僕も初めて聞く話です。

その日の朝待ち合わせの場所に行くと彼の車を見つけて笑いながら手を振るベージュのコートを着た彼女の姿が見えました。「何処かで見たコートだな」と彼は思いました。K君は去年の今頃目撃した出来事を思い出してしまったのです。

K君が近所の本屋で立ち読みをしていると、座っていた顔見知りの店主がいきなり立ち上がり走って行って店の入り口近くにいた女性客の手を掴み「今入れたものを出せ」と怒鳴ったのです。その女性はベージュのコートの下から本を取り出し、消え入るような声で「買います」と言いました。女性の顔は真ん中から分けた黒い髪の毛が前にさがり、うなだれた顔を隠していました。店主は「買わなくていい、出て行け」と言って、乱暴に彼女を外に押し出しました。K君が「大変ですね」と言うと、店主は「最近はあんなのが多くて困るよ」とはいて捨てるように言いました。

「時間どおりね」と言いながら車に乗り込んできた彼女は「今日はいい天気ね」などと言い、持ってきた水筒からお茶をキャップに入れて「飲む?」と言いました。K君が「いらないと言うと」そのキャップのお茶を飲み干しました。

「似たようなコートは何処にでも有る、髪の毛を真ん中から分けている若い女性はいくらでも居る」K君は自問自答していました。「でも黒い髪を真ん中から分けて、あの時と良く似たベージュのコートを着た女性は何人居るだろうか・・・」、「昨日ね00さんがね・・・・笑っちゃうのよ・・・・」彼女の声が段々遠くから聞こえてくるような感じになってきました。

「どうしたの?気分でも悪いの?」彼女もK君の異変に気が付いて聞いてきました。「何でもない」ぶっきら棒にK君は答えました。「何か悩み事が有るの、話してよ」と彼女、「何でもない」とK君。最初は腫れ物に触るようにしていた彼女も黙り込んでしまいました。二人は食堂に入っても一言も喋らず黙々と食べました。それでもお互い帰ろうとは言わず予定の場所は見て回りました。カメラを持っていったけれど一枚も撮りませんでした。

K君はその時の気持ちは自分でも説明が付かないと言いました。最初は思い出さなくてもいい事を思い出してしまった自分に対しての怒り、証拠もないのに彼女を疑う自分自身に対する嫌悪、その苛立ちを自分にではなく彼女にぶつけてしまう情けなさ。色々な思いが錯綜して気持ちの整理が付きませんでした。


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