私の古くからの友人、K君が訪ねて来ました。餅菓子屋をやっていた彼は、3年前に女房を亡くし、二人の子供も外に出てしまったので、店を人に貸して、店の二階でひとり暮らしをしています。
彼と話していると、突然40年前に付き合った彼女の事を話し始めました。その彼女については若いときにも色々聞かされていました。K君にその彼女を紹介されたときには、僕たち「もてない同盟」の仲間で最初に彼女が出来た彼に対して嫉妬と羨望を覚えたものです。一度しか会っていないけれど、なかなかの美形で彼には勿体ない様な女(ヒト)でした。彼女との馴れ初めは、彼からは近所のおばさんの紹介だったと聞かされていました。
K君の家は山手線のA駅から5分ぐらい、駅前商店街を抜けたところに有りました。家業は餅菓子屋でした。店も構えていましたが、問屋を通じて小売店に販売する卸の仕事が主だったようです。そのため数人の住み込みの従業員が常時3,4人居たようです。
その彼女と付き合い始めた頃(昭和43年4月)、彼はN大の4年生でした。しかしその年の春から学園紛争が激しくなり、大学は閉鎖されていました。遊んでいても仕方がないということで、母親のすすめも有り夜学の簿記学校に通い始めたところでした。
彼は長男なので、家業を継ぐ事は決まっており、大学に通いながら家の手伝いもしていました。K君には専門学校を卒業して勤めはじめた2歳年下の弟と、高校生の弟が居ました。
K君は身長173センチ、当時の体重は65キロで体格はまあまあなのですが、大きな口と分厚い唇で、その上少し出歯で、顔立ちはお世辞にも良いとは言えません。
彼が言うには「最近3日続けて彼女の夢を見た、もしかしたら彼女は死んだのかも知れない」と言うのです。3日続けて夢に出たからと言って殺されてはたまらないと思ったけれど、とりあえず彼の話を聞くことにしました。
当時、彼の家の斜前に薬屋が有って、薬と共に化粧品も販売していました。化粧品会社から常時数人の女性販売員が派遣されてきていました。K君は顔に似合わず「化粧の濃いひと、髪の毛を染めている人は駄目だ」と公言していました。化粧品会社なので、殆どの販売員は化粧が濃く、髪の毛を染めている人が多かったのでK君はその人たちには関心がなかったと言うことです。
しかし最近、化粧も薄く、真ん中から分けた黒い髪の毛を肩の上できちんと揃えてとても清楚な感じの娘(こ)が派遣されて来て、彼も心がときめくのを感じ、店の前を通る彼女に見とれていたようです。そんな様子をその近所のおばさんに見られていたのかも知れません。
|
|