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作品名:ほろ苦く、甘く。 作者:なりた十緒子

第10回   10
「はあ・・・」
由季はため息をついて立ち止った。
一日の授業は終わり、由季は二年の教室のある階へ来ていた。茶道部の入部を取り下げて貰うためだ。
なんて言えば・・・”勝手に入部届け出さないで下さい!”
・・・一年生のくせにこんな言い方生意気?
由季はあたりを見回した。
昨日、自己紹介して貰った時、クラスまでは聞いていないので見つけだすしかないのだ。
「はあ・・・」
由季は二度目のため息をついた。
「こらっ、新井ー!!」
先生の声が廊下に響き渡った。
「今日、日直だろうが!どこ行くんだっ」
「ごめんなさ〜い!もうダメ、バイトに遅れるっ」
廊下を走って由季のほうに向かってくる。
「あれ、お嬢?」
目の前で立ち止ると、新井先輩は窓をあけてサッシに豪快に足をかけた。
「せんぱいっ!?」
ここは2階だ。驚いて由季は叫んだ。
「あはは、だいじょーぶ!ここから屋根づたいに下に降りれるんだあ」
新井先輩は軽々と窓の外のコンクリート屋根に降り立ち、段差のある屋根の上を慣れた足取りで飛んでいった。
「ちょっとー!」
呆然としていると、窓の外に向かって女子生徒が呼びかけた。
見ると辻先輩だ。
「奈津美、携帯忘れてるよーっ!」
身を乗り出して叫んだが、すでに新井先輩の姿は見えない。
「まったく!ほんと抜けてるんだからっ!」
「あの・・・」
「あれ、里見さん、どしたの??」
「あー・・・えっと、新井先輩は・・・」
うまく切り出せず、話をそらしてしまった。
「あ、バイト行ったよー。いっつも無茶ばっかやるから、目立ってしょうがない」
「そうなんですか・・・」
「おまけに美人。サバサバした性格だから男子には人気者だけど、女子には不人気でね〜」
面白そうに辻先輩は言う。
「ついでにモテ男の黒峰くんと幼馴染だからさあ、あはは。携帯も、あとで黒峰くんに渡しておかなきゃ」
携帯にはいろんなストラップがついてあり、ジャラジャラと音がした。
「里見さんのこと気に入ったみたい」
「・・・え?」
なんのことかわからず、由季は顔をあげた。
「奈津美って女子の友達、私しかいないんだよね。どうも周りにいる女子とは合わないみたい。けど、私にはすごい話しかけてきてさぁ・・・最初は鬱陶しいのなんの!ま、今は一番気の合う友達だけど」
辻先輩は、少し懐かしそうに言った。
「茶道部に入ってもらって、あなたと友達になりたいみたい。黒峰くんから聞いたんでしょ?入部させられたこと」
「え、はい・・・」
”入部させられた”って・・・先輩がそうしたんでしょう、なんて、言えない・・・。
「ねえ、せっかくこうして会えたのも何かの縁じゃない?お稽古で茶道やってたんだと思うけど、部活でやるのとまた違うと思うの。きっと楽しいよ?」
辻先輩は天使のように微笑む。
「みんなで協力しあって、私たちの茶道部をつくっていこう!」
「・・・そう、ですね」
「やった!じゃあ、さっそく」
辻先輩がポケットの中を探って鍵を取り出した。
由季の手の平のうえにポトリと落とす。
「部室の鍵!来週の火曜、部活だから。部活ある時は昼休みに部室行って、準備しなきゃなのよ〜。教えるから開けて待ってて!」
「ええっ!?」
「んじゃ、またねえ」
しまった、と思っても、もう後の祭りだ。
にこやかに辻先輩は歩いていく。その背中には黒くて小さな小悪魔の羽が見えた気がした。


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