「はあ・・・」 由季はため息をついて立ち止った。 一日の授業は終わり、由季は二年の教室のある階へ来ていた。茶道部の入部を取り下げて貰うためだ。 なんて言えば・・・”勝手に入部届け出さないで下さい!” ・・・一年生のくせにこんな言い方生意気? 由季はあたりを見回した。 昨日、自己紹介して貰った時、クラスまでは聞いていないので見つけだすしかないのだ。 「はあ・・・」 由季は二度目のため息をついた。 「こらっ、新井ー!!」 先生の声が廊下に響き渡った。 「今日、日直だろうが!どこ行くんだっ」 「ごめんなさ〜い!もうダメ、バイトに遅れるっ」 廊下を走って由季のほうに向かってくる。 「あれ、お嬢?」 目の前で立ち止ると、新井先輩は窓をあけてサッシに豪快に足をかけた。 「せんぱいっ!?」 ここは2階だ。驚いて由季は叫んだ。 「あはは、だいじょーぶ!ここから屋根づたいに下に降りれるんだあ」 新井先輩は軽々と窓の外のコンクリート屋根に降り立ち、段差のある屋根の上を慣れた足取りで飛んでいった。 「ちょっとー!」 呆然としていると、窓の外に向かって女子生徒が呼びかけた。 見ると辻先輩だ。 「奈津美、携帯忘れてるよーっ!」 身を乗り出して叫んだが、すでに新井先輩の姿は見えない。 「まったく!ほんと抜けてるんだからっ!」 「あの・・・」 「あれ、里見さん、どしたの??」 「あー・・・えっと、新井先輩は・・・」 うまく切り出せず、話をそらしてしまった。 「あ、バイト行ったよー。いっつも無茶ばっかやるから、目立ってしょうがない」 「そうなんですか・・・」 「おまけに美人。サバサバした性格だから男子には人気者だけど、女子には不人気でね〜」 面白そうに辻先輩は言う。 「ついでにモテ男の黒峰くんと幼馴染だからさあ、あはは。携帯も、あとで黒峰くんに渡しておかなきゃ」 携帯にはいろんなストラップがついてあり、ジャラジャラと音がした。 「里見さんのこと気に入ったみたい」 「・・・え?」 なんのことかわからず、由季は顔をあげた。 「奈津美って女子の友達、私しかいないんだよね。どうも周りにいる女子とは合わないみたい。けど、私にはすごい話しかけてきてさぁ・・・最初は鬱陶しいのなんの!ま、今は一番気の合う友達だけど」 辻先輩は、少し懐かしそうに言った。 「茶道部に入ってもらって、あなたと友達になりたいみたい。黒峰くんから聞いたんでしょ?入部させられたこと」 「え、はい・・・」 ”入部させられた”って・・・先輩がそうしたんでしょう、なんて、言えない・・・。 「ねえ、せっかくこうして会えたのも何かの縁じゃない?お稽古で茶道やってたんだと思うけど、部活でやるのとまた違うと思うの。きっと楽しいよ?」 辻先輩は天使のように微笑む。 「みんなで協力しあって、私たちの茶道部をつくっていこう!」 「・・・そう、ですね」 「やった!じゃあ、さっそく」 辻先輩がポケットの中を探って鍵を取り出した。 由季の手の平のうえにポトリと落とす。 「部室の鍵!来週の火曜、部活だから。部活ある時は昼休みに部室行って、準備しなきゃなのよ〜。教えるから開けて待ってて!」 「ええっ!?」 「んじゃ、またねえ」 しまった、と思っても、もう後の祭りだ。 にこやかに辻先輩は歩いていく。その背中には黒くて小さな小悪魔の羽が見えた気がした。
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