『コトシ空港発エアライン2011便、シンネン空港行き旅客機の離陸時間が近づいております。ご搭乗手続きのお済になられていないお客様は、お近くの――』
アナウンスに促され、ロビーのソファから立ち上がる。頭上の電光掲示板は今年の最終便の離陸時間が迫っていることを告げる。 あまりゆっくりしている時間はなかった。買ったばかりの旅行鞄を提げて、ゲートへと向かう。 「これは新井年明さま、今年はずいぶんゆっくりですね」 ゲートではすっかり顔なじみの空港係員が出迎えてくれる。 「今年は少し思うところがあってね。感慨に耽っていたらこんな時間になってしまったよ」 「ははーさてはいい事がありましたね?」 彼の人を選ばない笑顔はいとも容易く心の壁を越えてくる。 「いや、今年は失ってばかりだった。勤めていた会社を退職してね、友人も一人長期赴任で海外にいってしまった。だがなにより、飼っていた愛犬を病気で亡くしたことが一番堪えたね」 「これは……失礼なことを聞いてしまいました」 彼は心底申し訳なさそうに帽子を下げた。 「いいんだよ。諸行無常、ずっと続くものなんてない。だから私たちは生きていると実感できるのだから」 「そう言ってもらえると助かります。では、さくっと測ってしまいましょう」 言って体重計へ促す。学校の保健室に置いてあったような、何の代わり映えもしない体重計。靴を脱いで、それに乗る。時計回りに動く針は、四分の一のところで止まった。 「14・5っと……はい、オッケーです」 「少し重かったかな?」 「いえいえ、お辛いことがあったのにこの数字ですから、感心です」 「あまり面倒なものは持っていきたくないからね」 「まったくです。今年は社会全体が不景気だったせいですかね、皆さん大変重い想いを抱えていかれまして……平均重量が例年の5割増しですよ?」 「それはそれは」 「この調子じゃ来年はどうなることか」 そんな話をしているだけで、重量が15に増えてしまった。 「おっといけない、私が嫌な雰囲気を持ち込んでどうするのか。ささ、次の検査にいきましょう」 誤魔化すように、荷物用の検査機まで案内する。 「大丈夫だとは思いますが、一応形式なので。お願いします」 旅行鞄をベルトコンベアに載せる。ゆっくりと流れ、箱型の検査機へ入っていく。すると甲高い警報音が鳴り響く。 「ん? 何か引っかかりましたね」 検査機から出てきた鞄を開けて、彼は軽く笑った。 「はは、これですね」 彼が握っていたのは一箱のタバコだった。 「いけない、入れっぱなしだったか」 「ダメですよ、今年タバコはお止めになられたのでしょう? こういうものは去る年に置いていっちゃいましょ」 そう言ってポイっと後ろに放り投げる。去るからとはいえ、ずいぶんとぞんざいな対応だった。 「さて、他は何もないようですね。もうあと10分で離陸になりますので、お急ぎください」 「あぁ、ありがとう。君も乗り遅れないようにね」 「ありがとうございます。でも毎年ギリギリになって『やっぱり新年に行きたいんだ!』とすごい剣幕で駆け込んでこられるお客様がいらっしゃいますから。私も最後まで搭乗手続きに付き合わないといけません」 困ったように彼は笑ってみせた。 他人事のように聞こえてしまうが、空港係員も大変だとつくづく痛感する。彼らを困らせないためにも、過去に取り残される気がないのなら早めの手続きを推奨していこう。 腕時計に目をやる。もうあと少しで年が明ける。 帽子を外すと、彼は今年最後の笑顔で私を見送ってくれた。 「Have a nice year!」
|
|