暗くて深い、闇の中。その先にどんなものがあるのか、そんなことを考えたこともあったが、今はもう、どうでもよかった。 車窓の風景はどこまでいっても漆黒の闇を映すばかりで、まるで静止画を見せられているような錯覚に陥る。それでも動いていると認識できるのは、その箱が心地よい揺れとリズムを刻んでいるから。 不意に列車が鈍い揺れと共に停車する。辺りを見渡しても、およそ駅のようなものは見当たらない。闇の中に、列車が浮かんでいるだけだった。 前の扉が開く。女の子が一人、大事そうに切符を握り締めて乗り込んでくる。他に乗り降りする客はいない。 しばらくすると扉は閉まり、列車は再び闇の中を走り出した。 次はいつ停まるのか、どこへ行くのか。 考えようとして、もとの闇に視線を戻した。 「まだ、乗っていたんですね」 久しぶりに声をかけられ、振り向く。大事そうに切符を握り締める、あの女の子だった。隣に座り、見上げるように顔を覗かせていた。 「……あぁ、君か。今回はずいぶんと早く終わったんだな」 そう言ってやると、困ったように苦笑いした。 「弱い体に生まれちゃって。今度は運動ができる体がいいな」 この子はまだ、生に飽きていないようだ。だからそんなに、大事そうに切符を握り締めているのだろうか。 列車にブレーキがかかり、甲高い金切り声がこだます。 女の子は逸る心を抑えきれず、座席から飛び降り扉へと向かう。 「あなたは、まだ降りないのですか?」 あどけない瞳で振り返る女の子に、両手を振っておどけてみせた。 「残念ながら、切符を失くしてしまってね」 左ポケットにしまっておいた切符を、さりげなく握りつぶす。 「それに――」 闇の先へ、遠い目をする。 車窓に映る自分の顔が、ひどく滑稽に見えた。 「どう生きたってこれに乗ることになる。今はどうすればこれに乗らずにすむか考えているところだ」 列車は静かに走り出す。
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