その公園は、僕の子供時代そのものだった。 家から程近い公園。角を二つ曲がって少し行った先に、その小さな公園の入り口が広がる。舗装されたアスファルトから、突然黄土色の土に変わる敷地。三方を住宅の塀に囲まれ、道路に面した側をレトロな木の柵が囲っていた。ジャングルジムしかないそこは、ギリギリ公園の体裁を保っているに過ぎなかった。それでも社会も何も知らなかった僕らにとって、そこは世界そのものだった。 学校が終わればその足で、毎日のように公園に遊びに行った。僕を含めた基本の五人に、日によって何人か他の友達が遊びに参加する。ジャングルジムしかなかったけれど、人手とその空間さえあればなんだってできた。鬼ごっこにけいどろ、サッカーにドッジボール。かくれんぼと缶蹴りだけは、隠れるところが乏しくてできなかった。でも独自にそれらに近いゲームを編み出し、コロコロとルールを変えながら遊んだ。あの頃の僕らは、遊びの天才だった。 唯一の遊具だったあのジャングルジムも、なくてはならない存在だった。けいどろをやれば難攻不落の刑務所だったし、缶蹴りもどきをやれば高くそびえる山そのものだった。その頂は勇気と権威の象徴で、初めて女の子に告白したときだってそのてっぺんで声を張り上げた。失恋も玉砕もなく、そこで恋を謳ったその事実そのものが、僕らにとっての武勇伝だった。 魅力も楽しみもなかったけれど、そこには確かに自由があった。幼かった僕らには、それで十分だった。
でも、自由な世界は、いとも容易く取り上げられた。 あるときジャングルジムの上から、子供が足を滑らせて落っこちた。もちろん僕ら熟練の仲間内からではなかったけれど、その子は落ち方が悪く腕を骨折してしまった。その子の親からの申し出もあったのだろうけど、市はその一件を重く見て、公園からジャングルジムを撤去してしまった。 唯一の遊具を失った公園は、ただの空き地へと姿を変えた。やがてその空き地も粗相の悪い連中の溜まり場となってしまい、敷地自体が閉鎖されてしまった。 公園が失われるまでに、一年もかからなかったと思う。そんな僅かな時間でもって、僕らにとっての自由の空間は奪われていってしまった。
あれから15年。街はコンビニが増えたこと以外大して様変わりしていなかったけれど、公園があったあの空間だけは大きく変わった。空き地となっていた敷地には近代的な二階建てのアパートが建ち、黄土色した土の香りはコンクリートの冷たい香りへと変わってしまった。 その無機質なコンクリートの壁を見上げて、空虚な心の底をなぞった。少しずつだけど街は変わり、思い出の場所は誰かのための住処へとその姿を変えた。子供はテレビゲームという新たな遊具に出会い、外で遊ぶことをしなくなった。僕らも僕らで大人になり、自分を含めあの頃いつも一緒だった連中は皆この街を出た。変わらないと思っていた世界は、とめどない時間の流れの中で着実に変化してしまった。それはあの日、あの公園からジャングルジムが撤去されたときからだったかもしれないし、本当はずっと前からそうだったのかもしれない。 でもそんな変わり続ける世界の中で、今も僕はここに佇んでいた。空虚な心を引っ提げて。それは僕の中に、変わらない思いや思い出があるから。 いつか読んだ本の中で、人が魂を生み出すことは最大の禁忌だと書かれていたけれど、それは人の手に余る所業とか神様への冒涜なんかではなくて、人が簡単に生み簡単に棄てる生き物だからだと思う。好き勝手生み出すくせに、自分たちで生み出したものでさえ容易く廃棄する。子供のためにと作ったジャングルジムを、子供が怪我したからと取り除く。そうやっていつか、ハサミすら取り上げるような、そんな世界になっていくのだと思う。あまりに僕らは無責任に魂を扱い、その尊さを軽んじてしまっているのではないか。 だからそのことに気付いたとき、こんな風に空っぽな心に胸を痛めることになるのだ。 郷愁に浸りながら、踵を返す。 「おい、待てよ賢治!」 「えっ?」 振り向きざま、風のようにすれ違う五人の子供たち。耳に残る、懐かしい親友の声。おもむろに叫ばれた、自らの名前。そしてすれ違いざま目を合わせた、先頭を駆ける男の子。あれは紛れもなく――。 アパートの方に駆けて行った子供たちの姿は、もうどこにもなかった。陽炎のように消えた、ひどく懐かしい幻。それはこの場所が見せてくれた、ほんの一瞬の夢だったのかもしれない。 胸のドキドキに、空っぽだったはずの心が溢れ返す。こそばゆい懐かしさに、目頭が熱くなる。不思議な陶酔感のまま、来た道を戻った。 今日は何をして遊ぶのかな。
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